絶望への帰還
「――なにかあったのか?」
魔王サタンとの激闘を終え、シュウゴたちがカムラに帰還すると、町は大変なことになっていた。
神殿の遺跡から出て、近くの浜辺に停泊していたカイシンから第二教会に転移したシュウゴたちだったが、教会にはいつもいるはずの神官の姿がなかった。
違和感を覚えたシュウゴはすぐに教会を出て、深手を負ったニアを診療所へ運ぶようデュラへ指示を出すと、駐屯所へ向かう。神殿の遺跡に関する報告をグレンにするためだ。
デュラに背負われ苦しそうに唸るニア。彼女はヒュドラの血のおかげでなんとか一命を取り留めたが傷は深い。深く斬られた胸部から腹部にかけての裂傷は、彼女の再生力で出血こそ止まっているものの、聖なる力によって焼けただれているのだ。
デュラは診療所へと駆け出すと、メイもシュウゴも心配そうにその背中を見送った。
メイが両腕で大事そうに抱えているのは、サタンの羽織っていた薄紫のマントで包まれた槍――『聖槍グングニル』だ。
どうやら直接触れなければ、聖なる力で弾かれることはないようだった。
「――なんでしょう? これ……」
南へと駆け足で向かっていると、メイが不思議そうに首を傾げた。
それも無理はない。
あまりに異様な光景に、シュウゴも激しい違和感を感じていた。
「たぶんアラクネの糸だろうな。でもなんでこんなところに……」
カムラの町中に、太く束ねられたアラクネの糸が張り巡らされていたのだ。レーザーカノンのケーブルの芯にも使われているもので、剥き出しの状態となっている。
(いったいなにが起こってるんだ?)
嫌な予感がした。
シュウゴはすぐに足を止め、今しがた通り過ぎたばかりの領主の館へ振り向く。
「お兄様?」
「まずは領主様に会って、この状況のことを聞こう」
そう言ってシュウゴは領主の館へ戻る。
先にそうしなければならないという直感があった。クエストのことなど、今は些細な問題だ。
「――おぉっ!? せ、設計士殿!」
シュウゴが領主の館の一階に足を踏み入れると、テーブルを囲んで座っていた討伐隊の総務局長と目が合った。
彼が歓喜に満ちた声を上げて立ち上がると、その向かいにいた討伐隊参謀と広報長官が安堵の表情を浮かべ頬を緩めた。
それにしても、彼らはよほどの心労が溜まっているのか、顔色が非常に悪い。
バラムも総務局長の横にいて、「よく帰ってきてくれた」と呟いている。
「総務局長、お疲れさまです。領主様に用があるのですが、二階にいらっしゃいますか?」
「いえ、領主様は今、砲台を設置している高台ですぞ。それより、設計士殿はカムラの現状を把握しておられるか?」
シュウゴは僅かに眉を寄せた。
ヴィンゴールが高台にいるというのは、いったいどういうことだろうか。町のトップがそんなところにいるのには、違和感を感じずにはいられない。
そして彼らの神妙な表情を見るに、やはり尋常ではない窮地に陥っているのだと理解する。
「いえ、いったいなにが起こっているんですか?」
シュウゴが問うと、まずは座るよう広報長官に促され、メイと並んでバラムの横に座る。
まずは参謀が説明を始めた。
ダンタリオンの襲来、グレン率いる第一陣の全滅、今なお第二陣が決死の覚悟でダンタリオンの足止めをしていること。そして未だにレーザーカノンは完成していない。
それらの絶望的な事実を聞いて、みるみるうちにシュウゴの顔が青ざめていった。
「――ダンタリオンが……」
「先ほどフリージアからの援軍が到着し、第二陣の援護に向かってくれたが、いつまで戦えるかは分からない」
「レーザーカノンの完成は見えているんですか?」
「いや、調整は終わりそうなんだが、発射するための出力がどうしても足りないようで……今はシモン殿が必死に対応しているところだ」
「シモンが……もしかして、外に張り巡らされている糸も?」
「その通りだ。理由は分からないが、シモン殿が手の空いた作業員たちを走らせて町中に糸を繋いでいる。だがどうも、それだけでは足りないようで……設計士殿、本当に心苦しいが、あなたの叡智を今一度貸して頂きたい」
参謀がそう言って立ち上がりシュウゴへ頭を下げると、総務局長と広報長官も立ち上がって頭を下げた。
バラムもテーブルに両手をつき「頼む!」と深く頭を下げた。
カムラを守りたいという彼らの気持ちを受け取ったシュウゴは強く頷く。
「もちろんです。必ずなんとかしてみせますよ! 行こうメイ」
「はいっ!」
シュウゴはすぐさま領主の館を出た。
高台へ急ぐ。
親友だけにカムラの命運を背負わせるわけにはいかない。