待ちわびた騎士
それから一週間、掲示板で情報を集めたり、商業区の品を確認したり、前々から設計を進めていた内容に修正を加えたりと、シュウゴは平和な日々を過ごしていた。
ただ、あの日シュウゴを助けたデュラハンの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。
無意識に洞窟の情報をかき集め、次に洞窟に行ったときどのルートで進むかなどを考えてしまう。
その日も広場の掲示板を眺め、新しい情報がないか探していた。
洞窟は今ではすっかり人気スポットになったが、危険性もそれだけ高い。
以前、シュウゴが途中で遭遇した魔物はイービルアイ、ジャックオーランタン、アビススライムだけだったが、別のルートでは、クラスCモンスターの巨大な一つ目鬼『サイクロプス』やクラスBモンスターの巨大悪魔『ミノグランデ』などが目撃されている。
マップ解析も進み、今では討伐隊の公表した地図に、採取ポイントや採取可能アイテムを書き込んだ地図を売る情報屋も現れてきた。
だが、いまだに洞窟の最奥に挑戦しようという無謀な者はおらず、デュラハンのその後は分からないままだ。
「……って、これじゃあ恋する乙女だよ……」
シュウゴはげんなり肩を落とし頭を抱える。やはりどうしても気になるのだ。
この一週間で忘れられるのではないかという期待もあったが、言いようのないモヤモヤが胸に残っていた。
なぜ、ここまでデュラハンのことが気になるのか、それは――
(寂しそうだったから、かな)
初めて小部屋でデュラハンを見たとき、どこか寂しそうだった。
あんな場所に長いこと一人で敵を待ち続ける孤独。
これがそこら辺の魔物で、獲物を喰らうためなどであれば共感できないが、彼は一人の騎士だった。
もしその心が人の形を失っていないのだとしたら、孤独への恐怖は計り知れない。
シュウゴはそんなことをしばらく考えながら、一日を終える。
シモンから左腕の完成を知らされたのは、ちょうど十日が経ってからだった。
「悪いね、遅くなってしまって」
「いやいや、こちらこそ無理を言ってお願いしたんだから、構いやしないさ」
シュウゴはシモンに左腕を装着してもらい、手をグーパーに軽く開閉した。
稼働は良好。
次に、シモンの書いた説明書を読み、床へと腕を放ってみる。
――バシュンッ!
手は肘から勢いよく飛び出し、床にハイタッチする。
肘の断面からは太く白い糸が伸び、外れた腕に繋がっていた。
糸を通して魔力を流し込むと、外れた手の指も思い通りに動かせる。
肩辺りに風魔法を集中すると糸が勢いよく巻き取られ、腕が下から引き上がり分断面に綺麗にはまった。
「こりゃ凄いな……」
自分の理想通りの動きに、シュウゴは驚嘆の声を漏らした。
「おいおい、自分で考えた設計だろぉ? それともこのシモン様じゃ、技術が足りないとでも思ったか?」
シモンが「あぁん?」と半眼でシュウゴを睨みつけると、シュウゴは苦笑した。
「もちろん、最初から信じてたよ」
「どうだかな。それより君、テンション低いねぇ」
「え?」
シモンが突然声のトーンを下げると、シュウゴは目を丸くし頬を引きつらせた。
シュウゴが「そ、そんなこと……」と口ごもると、シモンは部屋の奥からガサゴソとあるものを取り出した。
「ほれ、持ってきな」
「っと」
シモンが放り投げたそれをシュウゴがキャッチすると、その腕に収まったのは騎士が被るような兜だった。
頭がすっぽりと入り、顔面の部分はスライド式で完全に覆ったり顔を晒したりできる。
しかしシュウゴには発注した覚えがなかった。
「シモン、これは一体……」
「ったく、君って奴はぁ」
シモンは深いため息を吐き、眉をしかめるシュウゴに言った。
「探しに行くんだろ?」
シュウゴは目を見開き息を呑む。
そのときようやくシモンの意図が分かった。
もしデュラハンを見つけてカムラへ連れてきたとしても、首も肉体もないのではまず転石の前にいる神官が不審に思う。
ならば、兜をかぶせて洞窟内で合流した騎士だとすれば問題ない。
神官はあくまでクエスト出発の際の転石使用料を取るだけであり、クエスト内容の管理などしていないからだ。
それでもシュウゴには迷いがあった。
「で、でも……」
「君の言っていたデュラハン、例の手記に書いてあったよ」
シモンはその内容について、シュウゴへ語る。
「――っ!! シモン、ありがとう!」
シュウゴは弾かれたように頭を上げると、左腕の代金と兜のお礼として相場以上の金を置き、すぐさま鍛冶屋を出た。
シュウゴは家ですぐに装備を整えると紹介所へ行き、適当な依頼『洞窟での鉱石採取』を受注して孤島の洞窟へ向かった。
洞窟へ転移すると即座に腰バーニアを噴射し、推力走行で以前通った道を駆け抜ける。
「邪魔だぁっ!」
まるで流星の如く、圧倒的な機動力を発揮し、迫る魔物たちを斬り捨てていく。
どうやらそれぞれの道の魔物の生態系は変わらないようで、ジャックオーランタンやイービルアイは再出現していたものの、サイクロプスやミノグランデは現れない。
以前苦戦したトラップ部屋を回避し、最短ルートを突っ切り、エーテルで魔力を回復しながらひたすら進む。
やがて、ものの十数分で目的の小部屋へと辿り着いた。
息を切らしたシュウゴが前を向くと、彼はいた。
「デュラ、ハン……」
デュラハンの鎧はボロボロだった。
いたるところが凹み、装甲が剥げたり変色したりしている。恐らくケルベロスによるものだろう。
それでも彼は、以前と変わらず奥の部屋の前で片膝をつきランスを地面へ突き立てていた。
高潔な騎士を思わせながら、やはり哀愁が漂っている。
シュウゴの声に反応し、デュラハンがゆっくりと立ち上がった。
そして一歩一歩静かに進みながら、シュウゴの前まで歩み寄ると再び膝を折った。
「お前、ずっと待っていたのか」
――デュラハンは生前、ある主君に心酔し仕えた騎士だった。
しかし最後、主君は乱心し全ての罪をこの騎士に被せ、断頭台に送ったのだ。
騎士は無念さゆえ、首を失っても思念は留まり、この冥界の前で新たな主を探し続けていた。
自分を倒せるほどの実力と、まっすぐな剣を持つ、真に仕えるべき主を。
「…………………………」
デュラハンは片膝を立て、右で逆手に持ち直したランスを地面へ刺し、左手は胸の前へ。そして、深く上体を倒した。
突然のことだったが、シュウゴはデュラハンの忠誠を得たのだと自然に理解できたのだった。
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