覚醒
「――へ?」
――グシャッ!
ニアの視界を鉄球が塞いだ。
血が弾け飛び、ニアの端正な顔を汚す。
「……え? な、なんでぇ……」
ニアは尻餅をつき唖然と呟く。
頭では分かっているはずだが、衝撃的な光景に思考をシャットダウンしてしまっていた。
目の前で呆気なく散った仲間の命。
そのとき生じた感覚がニアの脳を強く刺激し、眠っていた記憶を呼び覚まさす。
「うぅっ!!」
触手が目の前にいるというのに、ニアは頭を抱えてその場でうずくまった。表情は悲痛にまみれ酷く歪んでいる。
今、彼女の脳裏に浮かんでいるのは、かつて竜の山脈が凶霧に覆われたときの光景だ。
――ドクンッ
脳裏に、次々死んでいった竜種の仲間たちの記憶が蘇り、ニアの呼吸が荒くなる。
酷い光景だった。
ただ消滅するだけならまだましで、精神が狂った竜はもはや敵として倒すしかなかった。
凶霧に飲まれる前のニアも応龍の娘として、かつては親友だった者たちを手にかけた。そのとき、鮮血で真っ赤に染まった自分の手を見て、彼女は誓ったのだ。もう二度と仲間を死なせたりしないと。
だがそんな記憶も凶霧に飲まれ、竜人として生まれ変わったことで遠い彼方へ消え去っていた。
――ドクンッ!!
「わ、私はっ……」
追憶によって呼び覚まされた激憤と悲嘆がニアの血を伝い、ヒュドラの血と干渉。
彼女は血が沸騰するかのような感覚を覚え、苦しげに自分の体を両腕で抱く。
「ぐっ……わ、私は……」
ニアの体内で変化が始まっていた。眠っていた応龍の力と反応した、ヒュドラに宿る竜種たちの怨念。
やがてそれは、新たな血流となって全身を駆け巡り――
「――私はぁぁぁぁぁっ!!」
――グギャォォォンッ!!
ニアの憤怒の叫びに、竜の猛々しい咆哮が重なる。
彼女の周囲で風が吹き荒れ、圧倒的な覇気を放つ漆黒の竜人が姿を現した。
その頭上へ鉄球が振り下ろされるが、彼女は飛び上がりすれ違いざまに触手を切断。
漆黒の翼を大きく広げると、黒い霧の発生源へ飛び立った。
(……ニ、ニアちゃん……なの?)
ニアの頭にメイの声が届くが、反応はなかった。
一方、シュウゴは満身創痍でなんとか立ち回っていた。
触手に囲まれながら、レーザーや糸を避け突進してくるデビルテングを受け流す。
それを繰り返すたび、ただただ時間を消費し敵の数が増えていく。
魔力とウイングバーニアの充電が切れるのは時間の問題だった。
「こん、のぉぉぉっ」
殴りかかってきたデビルテングの攻撃を避け、懐に入って大剣の切っ先で胸部を貫く。
シュウゴはそのままの状態で方向転換し、レーザーの収束を終えたイービルアイへ突進する。放たれたレーザーはデビルテングの背を焼くが、そのまま突っ切りレーザーの照射が終わると同時に、デビルテングの背中ごとイービルアイの目玉を貫く。
「キイィィィィィッ……」
背後から複数のデビルテングたちが迫るが、二体の死骸を左腕で掴んで振り回し、オールレンジファングを発射。死骸をおもりにして、ムチのように敵を薙ぎ払う。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
シュウゴは息も絶え絶えだ。
意識も朦朧としてくる。
「っ!」
気付いたときには、背後に鉄球が迫っていた。
反射で背面へ噴射し、前進して逃れる。
だがそこは、イービルアイの射線上だった。
右上を見ると、目玉の収束は完了しレーザーを照射するところだ。
(ダメ、なのか――)
――ギャオルゥゥゥゥゥッ!
そのとき、上空に聞き覚えのない竜の雄叫びが響いた。
「キイィィィンッ」
その直後、イービルアイが断末魔の悲鳴を上げ、墜落していく。
なにが起こったのか、それをシュウゴが認識する暇すら与えられなかった。
彼の周囲を暴風が吹き荒び、魔物たちが断末魔の悲鳴を上げていく。
やがて風が止み、シュウゴの目の前に滞空していたのは、静かに覇気を放つ漆黒の竜人だった。
「……ニア、なのか?」
彼女の左目は普段通りの青眼だが、右目は黄金に輝く縦長の瞳だった。両腕は肘から先が漆黒の鱗に覆われた竜の前足に、両足は膝から下が同じく漆黒の鱗に覆われた龍の後ろ足。背には先ほどまでよりも巨大な漆黒の翼が広げられており、彼女自身の雰囲気も威風堂々としたものになっている。放たれる覇気は、戦闘時のアークグリプスに近い。
いつもの柔らかさが欠片もなくなったニアに、シュウゴが困惑していると、彼女は無言でシュウゴの手を引き後ろへ下がった。
「なっ、なにをっ!?」
そして黒い霧全体を見渡せる位置に移動すると、口一杯に空気を吸い込み――





