戦士たちの産声
「領主様、この一大事、討伐隊の力のみで乗り越えるのには無理があるかと」
「どういうことだ?」
「カムラ領民全員の力を借りましょう」
「っ!?」
その場にいた皆が一様に目を見開く。
シュウゴもキジダルらしからぬ提案に心底驚いていた。いつもは否定的であるのに、どういう風の吹き回しか。
しかし、この厳しい状況でカムラ領民全員の力を借りるなど、不可能だと思った。
「なに、掲示板ででも有志を募ればいいのですよ。装備の作成や船の増強に必要な素材収集、実作業など。職種に限らず協力者を募ります。それで彼らには謝礼を渡しましょう。それだけの資金、用意できますか?」
キジダルはそう言って総務局長へ顔を向ける。
総務局長はやれやれと苦笑し白髪を撫でるが、仕方なしと言うようにゆっくりと頷いた。討伐隊の財務状況もかなり厳しいはずだが、それでも協力を惜しまない姿勢には感動すら覚える。
シュウゴはバラムへ目を向けた。彼も仕方あるまいと深く息を吸い、一歩前へ出た。
「バラム商会も最大限の協力をさせて頂きましょう」
「ありがたい。では、そのように事を進めましょう」
キジダルがヴィゴールへそう告げると、ヴィンゴールは満足そうに頬を緩ませ、深く頷いた。
「ふっ……よく言ってくれたキジダル。さすがはカムラ随一の切れ者だ。それでは皆、よろしく頼む。カムラの未来のために」
それぞれが頭を下げる。
それをもって今回の会議は終了。
各々がまっとうすべき役目を胸に解散する。
シュウゴはキジダルへ顔を向けていたが、彼は決してシュウゴと目を合わそうとはしなかった。
それから数日してすぐに、海の魔物討伐の協力依頼が掲示板へ貼られた。
領民たちの反応はどんなものかとシュウゴは見に行った。
すると――
「おぉっ! 設計士様だ!」
「ありがてぇ」
「ぜひ俺たちにも手伝わせてください!」
広場に姿を見せた途端、シュウゴは領民たちから囲まれた。
だいたいが男だが、知った顔も少なからずある。商会のハンターや、シモンの手伝いをしていた青年、雑貨屋の店員までいる。
皆が活気に溢れた表情で声を弾ませており、予想だにしない反応にシュウゴはたじろいだ。
「み、みなさん、手伝ってくれるんですか?」
「当たり前じゃないですか! 海に怯えて寝て過ごすのは、もう嫌なんです」
「そうだとも。俺の大切な人を奪った魔物を討伐するってんだ。ここで黙って見てるようじゃ男が廃る!」
「僕は物を売るぐらいしか能がありませんが、手を動かすぐらいはできます。なんでも使ってやってください」
理解した。
彼らは皆、ユミルクラーケンになにかを奪われた被害者。これは彼らの無念を晴らすための戦いでもあるのだ。
強大な魔物へ挑むのに、これだけ大勢の仲間がいるのだと考えると、シュウゴの胸にじんわりと温かいものが広がった。
喜びだ。
この上なく頼もしい。
「みなさん……ありがとうございます。どうかよろしくお願いします!」
シュウゴはこみ上げる想いを抑えながら、深く頭を下げた。
すると、彼らの中から一人の老人がシュウゴの前に出る。無精ひげを生やし、白髪を後ろで一つに結んでおり、しわだらけの顔ではあるが、どこか勇ましい面構えだった。
彼は背筋をピンと伸ばし、シュウゴへゆっくり拳を突き出すと、不敵な笑みを浮かべた。
「おう。クソッたれのバケモノに、わしらの海を奪った報い、受けてもらおうじゃないかっ!!」
「「「おぉぉぉぉぉっ!!」」」
カムラの領民たちが今、戦士となり産声を上げた。
ついに、カムラ全体を巻き込んだ一世一代の戦いが幕を開けたのだった。





