感染
それからしばらしくてクエストから戻ったシュウゴは、薬草を紹介所で納品すると、シモンの鍛冶屋へ行った。
大した用はなく、今回行った竜の山脈で採れた鉱石類を渡しただけだ。まだ新装備の開発には手間取っている。疫病の蔓延によって武具加工の技士たちも人手が足りないらしい。
それでもシモンが無事そうだったので、シュウゴは内心で安堵した。
簡単な情報交換を済ませ、すぐに鍛冶屋を出る。
家へ戻ろうと商業区をゆっくり歩いていると、なにやら慌ただしい足音が聞こえてきた。
「なんだ?」
まだ昼を過ぎたばかり。
のどかな時間帯にしては騒がしい。
どうやら誰かが走っているようで、ガシャンガシャンと騎士の鎧がぶつかる音が響く。
聞き覚えがあった。毎日のように聞いている音だ。
足音の方角を見ると――
「デュラ?」
商業区を横切って教会の方へと向かうデュラの姿が見えた。
誰かを抱えて全速力で走っている。
漆黒のマントの長身騎士が全力疾走しているから、周囲の人たちの注目の的だ。
シュウゴは慌ててデュラの元へと駆け出した。
「――デュラ! 待って!」
すぐに近くまで追いついて声をかけると、デュラは足を止めた。
彼は、振り向いてシュウゴを見るとなぜか後ずさる。
不審な動きに戸惑うシュウゴだが、デュラの腕に抱きかかえられているニアを見て目を見開いた。背筋が凍る。
「デュラ、これはどういうことなんだ?」
そう言ってシュウゴが一歩近づくと、デュラは一歩下がった。
「っ!?」
もう一歩近づくと、やはりデュラは一歩下がって距離を詰めさせようとしない。
シュウゴが信じられないといった顔でデュラを見ると、彼は静かに首を横へ振った。
シュウゴの顔が真っ青になる。
「ま、まさか……」
「――柊、く~ん?」
ニアが力ない声でシュウゴの名を呼んだ。目は開けず頬の筋肉だけ少し緩めている。
その直後、「けほっ、けほっ」と苦しそうに咳き込んだ。
『乾いた咳』だ。
「そん、な……」
気付かないようにしていた。
だがそれも限界だ。
シュウゴはデュラに近づいたとき、そのときには見えてしまっていた。ニアの口の端に付着してい血が。
シュウゴの顔が悲痛に歪み、呼吸が荒くなり声も出せなくなる。
もっとも恐れていた事態。それは突然やってきた。
いや、時間の問題だったのかもしれない。
それでもシュウゴの頭は真っ白になり、ただ立ち尽くす以外にできなかった。
デュラはシュウゴへ頭を下げると、診療所の方へと走り去って行った。
「そんな……どうして……」
かすれる声で呟きながら、遠ざかるデュラの背へ手を伸ばす。
だがなにも掴むことはできず、虚しさが胸に残るだけだった。
――状況はさらに悪かった
ニアは疫病に感染していることが確認された。
だというのに、診療所も孤児院も患者が満員なため、自宅で療養するにと言われたのだ。
シュウゴが家で祈るように目を瞑り待っていると、ニアを抱きかかえたデュラが、仕事を早退したメイと共に帰って来た。ニアは相変わらず苦しそうに咳き込んでいる。
デュラは、シュウゴが敷いた布団の上にニアをゆっくりと寝かせる。メイはてきぱきと動き、もらってきた薬を机に置き食事の支度を始める。
シュウゴもニアの看病を手伝おうとするが――
「――お兄様、申し訳ありません」
近づくことさえ許されなかった。
仕方のないことだ。
デュラもメイもシュウゴの身を案じているからこそ、ニアに近づけさせるわけにはいかないのだ。
「くっ」
なにも言えないシュウゴは悔しそうに唇を噛み家を出た。
先ほどクエストを終えたばかりだったが、今自分にできることはより多くの薬草を集めるしかない。そう思い、紹介所へ向かった。
しかし――
「――んなっ……」
シュウゴは、紹介所に入り掲示板を見て絶句する。
一時的にフィールド上での全クエストの受付が停止になっていた。





