継承
「シンお兄様! シュウゴお兄様!」
決着がついたと悟ったメイが、二人の元へわき目も振らず駆け出す。
息を切らせながら立ち尽くしていたシュウゴは、彼女を一瞥すると視線をゆっくりシンへ戻した。
メイはシュウゴの横を走り抜け、仰向けに倒れたシンの元で両膝をついた。
「ごめんアイリス、負けてしまったよ」
「謝るのは私の方です。私のわがままのせいでこんなっ……」
シンがゆっくり顔を向けると、メイは目の端に涙を溢れさせる。
シンはそんな彼女の頭を優しく撫でた。
その手は小刻みに震えており力が入っていない。
「いいんだ。本当はね、少しホッとしてるんだよ」
「え?」
メイが泣き顔を上げシンを見ると、彼は優しく微笑んだ。
無理して筋肉を動かして、それでもアイリスを安心させようとしている。
「君の願いを奪わずに済んだんだからね」
「シンお兄様……」
メイは声を震わせる。
彼は最後まで立派な王であり、そして立派な兄だった。
決して自分の力に溺れず妹のことを一番に考えていたのだ。
「君が自分の願いを語るのなんて初めてだったからね。あんなに小さくて、いつも僕の後ろに隠れていたアイリスがこんなに……兄としてはとんだ果報者だな」
シンが満足げに頬を緩めると、メイはポタポタと涙を流しながら首を横へ振った。
シンは大きく息を吸い、顔をゆっくり上へ向けると目を閉じる。
「――シュウゴ、礼を言うよ。僕にアイリスの願いを奪わせないでくれてありがとう。彼女がここまでになるまで、支えてくれてありがとう。これなら君を、『もう一人の兄』と認められる」
「なっ、なにを……」
認められたというのに、シュウゴは眉を寄せ困惑の表情を浮かべた。感じたのは嬉しさではなく違和感だ。これではまるで、遺言ではないか。
「君になら僕の妹を任せてもいいって言っているんだ。けど、それでも君たちの元は危険だ。これは紛れもない事実なんだよ」
「あ、ああ」
シュウゴはぎこちなく相づちを打つ。
たとえシュウゴが勝とうとも現実は変わらない。
シンの力がないと凶霧に対抗することはできないのだ。
「だから――」
シンは目を開くと、全身に力を入れゆっくりと体を起こす。
メイが慌てて支えようとするが彼は手で制し、ふらつきながらも自らの力で立ち上がる。
「――僕は託すことにしたよ」
「え?」
「それはどういう……」
二人が困惑する中、シンは黙って右手をシュウゴへ左手をメイへ向けた。
その両手に見えない力が集まっていくのが肌で分かる。
「二人には僕の、不死の王の力を継承する」
「まっ、待ってください! それではシンお兄様がっ!」
メイが顔を歪め止めようとするが、体が動かない。
それはシュウゴも同じだ。
「な、なんで……」
「ふふっ、兄からのプレゼントは大人しく受け取るものだよ」
「やめて……」
メイの顔が悲痛に歪む。
なんとなく悟っているのだ。
力を継承してしまえば、シンの不死の力はなくなる。つまり、今度こそ死ぬのだと。
シュウゴにはなにも言えなかった。
「アイリスには魂に干渉し心を通わせる力を、シュウゴには魂に干渉し意のままに操る力を」
「これは……」
シュウゴの体には不思議な力が湧いてきた。
使い方はなんとなく分かるようだ。
メイはポロポロと涙を流しながらいやだいやだと首を横に振っている。
「安心してよアイリス。僕はいつでも君のそばにいるから」
王は最期に微笑み、力の全てを継承し終える。
「か、体が!!」
シュウゴが思わず叫ぶ。
シンのその体は灰色の砂となり、風と共に遠い彼方へ消え去っていく。
「――君の兄でいられて、僕は幸せだったよ――」
最期に喜びに満ちた声で告げると、不死の王は完全に消滅した。
「シンお兄様ぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そしてシュウゴの胸には、シンの意志が宿ったのを確かに感じたのだった。
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