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二人の兄

「怨霊?」


 シュウゴが聞き返す。

 彼は驚愕の事実を知ったというのに平静を保っていた。

 あまりにも予想外すぎてにわかには信じられないのだ。


「そうだ。一体どこから来たのかは分からないけど、無念に死んでいった無数の人々の魂が寄り集まり、巨大な瘴気と化しているんだ。言ってみれば『(たた)り』みたいなものか」


「そんなっ……」


 今度こそシュウゴは絶句する。

 今の話が本当なら、この大陸を覆っている正体不明の霧は人の魂であり、それが持つ怨念のような負の力によって、生物に害を成しているということ。

 にわかには信じられない。

 しかし、汚染された都市に居座るダンタリオンの正体もこれで分かった。あれは強い怨霊が合わさり生まれた怪物なのだ。だから胴体からは人の顔が浮き出し、それが吐き出す粘液に生物が触れることで凶霧と化したのだ。


「ようやく理解したかい? 凶霧に飲みこまれた生物は、その怨念によって精神を(むしば)まれたり、心の弱い者はそのまま取り込まれる。そして、彼らの成れの果てが凶霧の魔物たちだ」


「っ!! それでは……私たちが狩ってきた魔物は、元々は人だったのですか!?」


 メイが立ち上がり、信じたくないというように眉を歪めながら叫ぶ。

 なんとも救いのない話だ。

 結局は人の魂が人を襲い、それから身を守るために犠牲を出しながらも、元同族に手をかける。それではいつになっても怨恨の連鎖は断ち切れない。


「そうだとも。怨念の強さや元来の気質によって個体差はあるが、元々は僕らと同じ人だったもの。アイリスが復活できたのも、凶霧が影響してるからだ。僕のように不死の王としての素養があったわけじゃない」


 シンはメイへ優しく諭すように語る。

 魂に干渉できる彼が語る以上、それが真実なのだろう。シンはレイスフォール家の血筋によって不死の王として絶大な力と共に復活し、メイは凶霧の怨念によって復活できた奇跡のようなもの。


「これで分かったろう? この怨霊の跋扈する世界では、魂に干渉できる僕の側だけが唯一安全な場所だと」


 シンはメイを見つめ畳みかけるように強く言い放つ。

 しかしメイも負けじと強い意志を秘めた紅い瞳で見つめ返した。


「それは分かりました。でも、カムラのみんなが危険な状況で、私だけが安全に過ごすなんて耐えられません」


「アイリス、君はこの国の王女だ。君のいるべき場所はここ以外にない。今はまだ、あの港町の人々と過ごしたことで情にほだされているだけだよ」


 シンは余裕の表情を崩さず厳かに言う。

 それでもメイは怯むことなく、固唾をのんで見守っているシュウゴの前に立つと、気丈に言い返す。


「それでも、カムラにいたいんです。どんなに危険でも構いません。私はまだ、カムラのみんなと……シュウゴお兄様と一緒にいたいんですっ!!」


「っ!?」


 後ろにいたシュウゴには、メイの耳が赤くなっているのが見えた。

 シンは目を見開いて固まっている。初めて動揺を見せたのだ。

 彼はすぐに頬を緩めると呟いた。


「……ふふっ、頑固だね。そこは父上に似たのかな――けど、僕も兄だ。妹をむざむざ危険な目に合わせるつもりはない」


「シン、お兄様……」


 分かり合うことができず、メイは悲し気に眉尻を下げた。

 そして、とうとうシュウゴが覚悟を決めメイの前に出る。


「お、お兄様?」


「……なんのつもりだい?」


「俺も彼女に兄と言われてるんでね」


 シュウゴは、シンに真正面から立ち向かう覚悟ができていた。

 それも当然。

 たとえ仮とはいえ、メイは自分を兄と言って慕ってくれた。そして一緒にいたいと言ってくれたのだ。

 その想いに応えなければ男じゃない。


「短い間だったけど、彼女の兄代わりになってよく分かった。凄くいい子で気が利くし、自分の頭で物事をしっかり考え、いざというときは信念を貫く。あなたが溺愛(できあい)するのもよく分かるよ」


 シュウゴは楽しそうだった。それを聞いたシンも自慢げに不敵な笑みを浮かべる。

 当の本人は「ふ、ふぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げていたが。


「僕にとって自慢の妹さ」


「ああ、俺にとってもな」


「お、お二人ともなにを――」


 恥ずかしさに耐え切れなくなったメイが後ろから口を挟もうとするが、シュウゴが右手で制した。

 そして、シンにまっすぐ言い放つ。


「あなたも兄なら、妹のわがままを笑って許して、全力で支えるぐらいしてみせろよ」


 シュウゴはゆっくりと、背のブリッツバスターを抜き切っ先をシンへ向けた。


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