万感の想いを込めて
「くそぉ、こいつらっ!」
「キリがない……」
アンとリンは大勢に囲まれ、一定の距離でヒット&アウェイを繰り返されている。アンの棍棒は当たらず、リンは飛来する矢を風魔法で防ぐのに精一杯だ。まさしくジリ貧、これ以上は戦況を保てない。
シュウゴたちはそれぞれが完全に孤立させられ、各個撃破されようとしていた。四人とも体の切り傷が次々に増えていく。
ハナも鬼の力を発揮できないまま手練れ二人を相手にし、油断を許さない。クノウの剣に塗り込まれた猛毒は、魔物相手なら徐々に弱らせていくだけだが、人の身で食らえば瞬殺だ。ハナは神経をすり減らしていく。
柵の外の群衆は固唾を吞んで見守り、誰一人としてカムラの命運を左右する戦いから目を逸らさない。
そして、とうとう決着がつく――
「――そこまでだ!」
勇ましい声に戦場の全員が動きを止めた。
戦いに終止符を打ったのは、討伐総隊長のゲンリュウだった。長い白髪を後ろで一つに纏め、重く頑強そうな鋼鉄の鎧を身に付けながらも軽快に暴れまわる老将。ヴィンゴールの側近を務めていたその実力は衰えることなく、キジダルに匹敵する知力を兼ね備えているのだから桁が知れない。
覇気のある声に反応し、戦っていた者たちもカムラ領民たちも一斉に処刑台へ注目する。
「反乱者どもよ、武器を捨てよ」
彼は顔に深い皺を作り厳かに告げた。その手には太く長い片手剣『グラディウス』が握られ、跪かせたシュウゴの首に添えられている。いつでも首を刎ねられる状況だ。
「くっ……」
ハナは冷静に周囲の戦況を見回した。アンとリンは既に膝をつき、騎士たちに取り囲まれて剣の切っ先を向けられている。処刑台では、クロロが台から落とされ二人のハンターに足蹴にされており、メイとニアは複数の騎士に取り押さえられている。彼女たちなら簡単に振りほどけるだろうが、シュウゴを人質にされては動けない。
「ーーおい、早くしろよ」
嘲笑うかのような軽い声と共に剣を向けるクノウに応え、ハナはやむを得ず小太刀を手放した。
敵の全員が武装解除したことを確認したゲンリュウは、険しい表情で怪訝そうに言った。
「愚かな者たちだ。そなたらの行動はなんの意味もない。ただいたずらに処刑人へ希望を与えてしまった。この者は、潔く死のうという覚悟のできた傑物であった。だというのに、そなたらはその覚悟に泥を塗ったのだ。それがどれだけ罪深きことであるか、今からしかと学べ」
ゲンリュウはシュウゴに対して一定の敬意を示していた。だからこそ、彼を助けようとする者たちに理解を示せない。それが武人としての生き方なのだ。そして、自身の役割を全うすべく、グラディウスを頭上高く振り上げた。
「や、やめて……」
メイが唖然とした表情で呟く。兄を失うという恐怖で体が動かない。
「柊くんっ!!」
ニアが端麗な顔を酷く歪め、騎士たちの腕の中で暴れる。しかし、剣が振り下ろされる前に駆け寄るには、距離がわずかに遠い。
「ま、待ってっ!」
「やめろぉぉぉ!」
アンとリンが叫び身を乗り出す。向けられた剣の切っ先が額や肩に刺さり血が流れるが、気になどしていられない。
「……ごめん、なさい」
ハナはストンとその場に崩れ落ち、唖然と目を開いたまま涙を溢れさせた。ただただ謝った。助けられなかったこと、今までもらった恩に報いることができなかったことを。
処刑場の柵の外からも、シュウゴを信じている人たちの悲痛の声が響いた。ユリ、ユラ、ユナ、マーヤ……
そして、皆のシュウゴへの思いはしっかりと届いていた。
シュウゴは最後に、顔を上げ満面の笑みを浮かべた。目の端には涙が溢れている。そして今、万感の想いを込めて――
「――ありがとう……」





