失墜
ヴィンゴールが眉を寄せ険しい表情でキジダルを睨む。
「なんのつもりだ。今さら異議などと口走るつもりか」
「いえ突然口を挟んでしまい申し訳ありません。ですが、どうしても確かめねばならぬことがありましましたゆえ……」
「なに?」
ヴィンゴールが訝しむように眉をしかめる。
シュウゴにもなんのことか分からなかった。
キジダルは神妙な表情で、重苦しい雰囲気を醸し出しながら告げる。
「カムラでは今、良くない噂が流れております」
「噂だと?」
「そこのハンターの仲間が、魔物であるとの噂が」
「んなっ!?」
シュウゴはギョッとする。
周囲の幹部たちはざわついた。グレンやバラムも信じられないというように、目を見開いて固まっている。
ヴィンゴールも困惑し聞き返した。
「どういうことだ?」
「彼の仲間の少女が先日の魔物襲撃の際、背中から翼を生やし、鋭い爪で敵を難なく切り裂いたそうなのです。それを見た者は彼女を魔物であると言い、そんな者がカムラにいることを領民たちは酷く怖がっているのです」
「なん、だと……」
ヴィンゴールはショックに唖然とする。まるで、信じていたものに裏切られたかのように動揺していた。
キジダルは勢いを止めず、ここぞとばかりに畳みかける。
「ですからどうか、彼に真偽を確かめるための時間を頂けないでしょうか?」
「……ならん、我が自ら問う。シュウゴよ、今の話は本当か? 虚偽を申した場合は即刻厳罰を下すぞ」
シュウゴは想定外の状況に固まっていた。呼吸が早くなる。今から言い訳などしたところで立場を悪くするだけだ。今は正直に話し、ヴィンゴールの許しを請うしかない。
「魔物ではなく、竜人の仲間がいます」
再び幹部たちはざわつく。絶滅したはずの竜種がいるのだから当然か。
キジダルが前に出て皆の疑問を代弁する。
「嘘を吐くな! 竜種は既に絶滅している!」
「竜の山脈から連れ帰りました」
「なんだと?」
シュウゴの毅然とした返答に、キジダルが眉をしかめる。これにはグレンもバラムも絶句していた。
ヴィンゴールは険のある瞳をシュウゴへ向け、圧迫するかのように問いをかける。
「なぜ黙っていた?」
「……無駄な混乱を招きたくなかったからです」
「ふざけたことを抜かすな。現に、混乱を生んでいるではないか」
ヴィンゴールが怒りを抑えながら言い放つ。シュウゴは反論の言葉が見つけられず、頬を歪め唇を噛んだ。それでもどうにか言葉を続ける。
「あの者は決して、人に危害を与えません」
「信じられるものか。本当にそうなのだとしたら、その竜人をこの町へ入れる前に報告すべきだったのだ」
シュウゴはなにも言えない。ヴィンゴールの信用を失ってしまったことの重大さをまざまざと感じている。
ヴィンゴールはひどく落胆したというように、深くため息を吐くと、幹部の列の最前に立っているグレンへ目を向けた。
「グレンよ、今すぐ竜人とやらを連れて参れ」
ヴィンゴールがそう命じた次の瞬間――
――バタンッ!
荒々しく部屋の扉が開かれた。
「し、失礼します!」
慌ただしく一人の騎士が転がり込む。
「なにをしているか無礼者!」
グレンが険しい表情で怒鳴りつけた。
「もっ、申し訳ありません!」
次いで、複数の騎士に取り押さえられている長身の騎士がそれを振り払い、部屋へ侵入する。
「っ! デュラ!」
シュウゴが叫ぶ。デュラには出発前、シュウゴの行先を教えていた。彼は主の危機を察知し、駆けつけたのだろうか。
「貴様、一体なにをしに来た!?」
グレンが問うが、デュラは答えずシュウゴの元へ駆け寄ろうとする。
「ちぃ!」
グレンが剣を抜きデュラに斬りかかる。丸腰のデュラは両腕を交差させ腕甲で剣を受け止めた。
その隙に、キジダルがデュラの後ろで呆けている騎士たちを怒鳴りつけた。
「なにがあったのか説明せよ!」
「加治シュウゴの仲間であるこの者を聴取のため、捕らえようとしたところ暴れ出し、一目散にここへ向かったのです」
シュウゴは瞠目した。主を助けようとするデュラの忠誠心に胸が熱くなる。
デュラの元へ駆け寄るべく、シュウゴが立ち上がろうとした瞬間――
「――そこまでだ!」
「がぁっ!」
いつの間にか近づいてきていたヴィンゴールの側近が、シュウゴの頭を床に押し付け、首元へ剣を突き付ける。
主人を人質にとられたデュラは、やむを得ず力を抜きグレンが剣を引くと、背後の騎士たちに取り押さえられた。無理やりその場に両膝を着かされる。
「その者の素顔を晒せ」
キジダルの指示により、騎士の一人がデュラの兜の顔面部分を上にスライドした。おかげで、甲冑の内部がよく見える。
明かされた甲冑の内側に全員が驚愕の反応を示した。
「肉体がない、だと……」
「バカな、一体何者だ!?」
シュウゴは側近に首根っこを掴まれて上体を起こすと、ガックリとうなだれる。
「彼は鎧に魂の定着した特殊な存在です」
その答えに、すかさず怒号が飛び交った。
「魔物ではないか!」
「ふざけるな! 竜の魔物だけでなく、こんなものまで……」
「皆忘れるな、死人の少女もこやつの手先だ」
「なるほど……アンデットの少女、竜の魔物、肉体のない霊体。それだけの化け物を揃えれば、クラスBにもなれるというもの」
キジダルが怒りを滲ませた低い声で告げる。
シュウゴをよく知るグレンも目を強く閉じ、俯いていた。バラムは憤怒と羞恥で顔を真っ赤に染めている。
シュウゴには、なにも反論できない。
「もうよい! この者を地下牢へ放り込め!」
ヴィンゴールは一喝によってその場の混乱を収め、シュウゴとデュラはこの館の地下に幽閉されることになった。
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