明けない砂漠
「な、なんだこれ……」
その光景はシュウゴの想像を遥かに超えていた。
イメージしていた砂漠などどこにもなく、辺り一帯が真黒だった。
風は強く、砂塵と共に黒い霧を巻き上げている。
それに肌寒く、この広大な闇に一人だという孤独感が少しずつ恐怖心を増大させていく。
シュウゴは深く深呼吸すると、グレートバスターを背から肩へ担ぎ直し、ゆっくりと歩き出した。
周囲がまったく見渡せず、どこへ進むかの検討もつけられないまま進む。
しばらく進むと、砂嵐の荒々しい風切り音に紛れ、なにかの足音が聞こえ始めた。
「……」
シュウゴは足を止め冷静に耳を澄ますと、大きな魔物の足音や甲高い鳴き声がときたま風に乗って聞こえてくる。
まるでホラーゲームでもやっているかのような恐怖に身震いした。
(そういえば、アリジゴクの素材がクエストの目標だったな……)
ここまで進んで、やっとまともな思考ができたことに苦笑する。しかしそう考えると、無数に現れるという情報だったアリジゴクは全然現れない。
「まさか、がせ?」
シュウゴの気が抜けてため息がもれた。
立ち止まり上空を仰ぐが、真っ暗でなにも見えない。
気を取り直して前を見た次の瞬間――カトブレパスの頭が目の前にあった。
「っ!? ぐわぁぁぁ!」
カトブレパスの重い頭を叩きつけられ、シュウゴの体が吹き飛ばされる。
しかし、気付いてすぐに目を閉じて両腕でガード出来たのは不幸中の幸いだった。
あの魔眼を直で見てしまっては、その時点で終わりだ。
シュウゴは勢いよく砂の上を擦り砂塵を巻き上げて転がる。
やがて静止すると激しく咳き込んだ。
うつ伏せの状態から顔を上げ周囲を見回すと、四体のカトブレパスに囲まれていた。
しかしいくら視界が悪くとも、鈍足のカトブレパスの接近に気付かないはずはない。
と、なると、
「くそっ! そういうことか!」
シュウゴはカトブレパスに接近されたのを気付けなかったのではなく、カトブレパスに接近していたのを気付けなかったのだ。
状況を把握すると、一緒に飛ばされた大剣を掴み立ち上がるべく膝を立てる。
「っ!」
次の瞬間、体勢が崩れた。
手や足をついていた砂が突然崩れたのだ。
そしてそれは大きな渦となって巨大な円を作り、その中央へ吸い込まれていく。
「そんな!? アリジゴクだと!?」
シュウゴの体もその流れに従って次第に埋もれていく。
さらに、上空からイービルアイが飛来し、その目の中央に光を収束させ始める。
先ほど聞こえた甲高い鳴き声の正体はこれだった。
シュウゴは絶体絶命の状況に奥歯を強く噛みしめる。
その体は既に腹まで埋まっており、中央のくぼみへはもうすぐだ。
「くっ!」
シュウゴは急いで左腕を頭上に掲げ、氷の障壁を作る。
同時にイービルアイのレーザーが放たれた。
衝撃にひたすら耐える。
さらに、両足に強い衝撃が走った。
両側からなにかに挟まれているようだ。
その力はあまりにも強く、もし生身の足だったらいとも簡単に潰されていただろう。
おそらく、アリジゴクの大顎だ。
シュウゴを地中へ引きずり込もうと怪力で引っ張っている。
「ぐぅぅぅっ」
今度こそ万事休すに思われた。
しかし――
「うおぉぉぉぉぉっ!」
イービルアイのレーザー放射が終わると同時にシュウゴは叫んだ。
全魔力をバーニアとブーツに集中させる。イービルアイの次の照射までのインターバルは十秒程度。それまでに脱出しなければならない。
風魔法と炎魔法による圧縮燃焼で噴射し、地上へ飛び上がろうとする。
――ブォォォォォォォォォォッ!
地中でけたたましい爆音が鳴り響く。徐々にシュウゴの火力がアリジゴクの力を上回り、砂の渦から脱していくが、アリジゴクはそれでも足からアゴを離さない。
やがて、シュウゴはアリジゴクごと地中から抜け出す。
まるで、海で大物でも釣ったかのように砂煙が盛大に舞い上がる。
その正体を確認すべく下を見た。
(いやデカっ!)
内心で叫ぶ。
全身の露出したアリジゴクは想像以上に巨大だった。
全長は十メートルほどで背中に硬い殻を持ち、内側からは野太い足が六本。
頭自体は小さいものの、アゴだけが巨大でギザギザのはさみのようになっている。
だがさすがのアリジゴクも空中での咬合力は地中のときより弱く、すぐにシュウゴの足から口を離した。そのまま流砂の渦へと落下していく。
「逃がすかっ!」
シュウゴは肘のバーニアを上へ向けて噴射すると、アリジゴクへ急降下し左手で右側のアゴを掴む。
そして、右の大剣を振り下ろした。
「キキキキキキキキキ!」
アリジゴクの右顎のはさみを切断したシュウゴは、すぐさま横へと噴射し緊急回避。
直後、イービルアイのレーザーがアリジゴクの頭上からまっすぐ降り注ぐ。
アリジゴクは地上へ叩きつけられたが、さすがにそれだけでは死なず、そのまま地中へと潜っていく。
シモンの依頼通りアリジゴクの素材を手に入れたシュウゴは、方角も確認せず無我夢中で飛び去った。
今は魔物の群れから逃げることが先決だ。