絶望の異世界スタート
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「…………ぅ…………ん……」
『少年』は奈落の底から目を覚ました。
薄っすらと目を開けると、まぶたに刺さる天井の明かりが眩しい。
ヒノキの匂いのする小さな部屋の天井には、ランタンが吊り下げられ火が灯っている。
彼はぼんやりとした意識の中で、周囲の声に耳を傾けた。
「……これは酷いな。生き残りは彼だけか?」
「おそらく……」
「とりあえず神官は呼んだ。彼らが到着して治癒魔法をかけるまで、お前が様子を見ていろ」
聞き捨てならない言葉が少年の耳に入った。『魔法』という非科学的な言葉だ。少年は訳が分からず、意識を失う前までの記憶を遡る。
名は、『加治柊吾』。
これといって印象に残らない平凡な顔立ちで、交友関係は広く浅い。
スポーツなどは特にやっておらず、『モンスターイーター』というアクションゲームが得意な気の弱い『三十五歳』。
職業はエンジニアで、何度か転職し自動車やロケット、電気設備などの整備や設計の仕事を行ってきた――と、記憶している。
(俺は確か、スペースロケットの整備班と一緒に現場を巡視していて、それで……ダメだ、思い出せない)
柊吾はむぅと唸る。
すると、一人の男がすぐ横まで歩み寄って来て、そちらへ目を向ける。
(なん、だ? その恰好……)
男の姿を見た柊吾は目を丸くした。
人の良さそうな顔立ちの細身の男は、柊吾の好きなハンティングゲームの序盤で見るような、茶色のレザーアーマーを着込み、腰に西洋風の剣を下げていた。
「良かった! 目を覚ましたのか!」
男は安堵に頬を緩めると、柊吾の横に膝を落とす。仰向けに寝ていた柊吾は、顔を男へと向け口を開くが言葉が出ない。
「……ぁ……っ……」
「無理はするなよ。君は近くの廃墟で魔物に襲われていたんだ。もうすぐ神官が来て治癒魔法をかけてくれるから、今は安静にしていなさい」
『魔物』、『神官』、『治癒魔法』、そして男の恰好。
ようやく柊吾は一つの仮説を導き出すことができた。
(……異世界?)
その可能性に思い至ったとき、柊吾は右頬をつり上げた。
嬉しかったのだ。
たとえ、一時の夢であっても異世界にいるというだけで胸が躍る。
今まで、ゲームでどんなクエストをクリアしようとも、ここまで歓喜したことはない。
「君、笑って、いるのか……」
男が顔を引きつらせ声を震わせる。まるでなにかおぞましいものでも見ているかのような反応だ。
男が固まっているとすぐに一人の女が部屋に入って来た。
彼女は手に木製の長い杖、全身を赤い線の入った白装束で覆い、顔の下半分も白のベールで隠している。まさしく白魔術師といった風貌だ。金髪で耳の先が長く尖っていることから、すぐにエルフを連想した。
柊吾が目を輝かせていると、女はすぐに何事かを呟き柊吾へ手をかざした。
(間違いない……ここは剣と魔法の世界だ!)
鮮やかな緑色の光が柊吾の体を照らし、しばらくして体が動くようになった。
男と女は「安静にしておくように」と、柊吾へ告げ部屋から出て行った。
夢心地でこれからのことに想いをはせる柊吾だったが、そこで初めて大事な見落としに気付く。
「………………えっ?」
ようやく首は動くようになった。しかし両腕も両足も反応しない。いや、そもそも感覚がないのだ。柊吾は嫌な予感にバクバクと心臓を響かせながらも、顔を右へ向け右腕の状態を見ると……
「っ!?」
衝撃に目を見開く。『右腕がなかった』。左に目を向けると左腕もなかった。その感覚は両足も同様で――
「――う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その絶叫は、いまだ声変わりもしていない穢れなき少年のものだった。
カジ・シュウゴ、十二歳。
とある村で魔物に襲われ、両腕と両足を失くした少年。大量の村人の死骸が散乱する中、彼が村の最後の一人として町の討伐隊に救助された。
身内は皆死亡しており、ショックで記憶を失った彼は町の孤児院に引き取られ、療養を余儀なくされる。
それが、この世界における柊吾のスタートだった。
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