対決
俺とメイリはアレンに先導される形で、先ほどまで実習をしていた特別ルームに入った。
周りには、上級生と思われる人達が、ステージの上でなにやら模擬戦をしていた。
「許可はとってある、空いてるステージでやろう」
アレンは、静かにステージに上がって俺を待つ。
望み通りの展開だが、俺はちょっと違和感を覚えていた。それは、なぜアレンが対決を申し出てきたかだ。別にそれほどメイリへの俺の態度が気に障ったようにも思えない。まあいいか、これがゲームの強制力なのかもな。
俺はアレンに相対する。メイリはステージの外から俺を見ている。
「アレン君、ご主人さまは強いからやめたほうがいいよ」
メイリはアレンを心配そうに見つめていた。
「メアリさん、ありがとう。ベイン君が強いのは知っている。でも僕も負けるつもりはない」
アレンは虚空から刀を取り出し両手で持ち、構える。
「それじゃあ行くよ!ベイン君」
「ああ、いつでもこい」
俺は構えもせず自然体で立っている。お前など余裕だという態度をとることで、強者特有の慢心を見せる。彼は、一瞬で間合いをつめて踏み込む。
だが、その動きは予習済みだ、俺は全面に電気球を展開し壁にする。
「残念だけど、僕には相手の行動を先読みできる目を持っている。そんな小細工通用しないよ」
アレンはまるで分かっていたかのように、直前で進路を変更し、回り込むように横から切り付けてくるが、俺はすぐに反対方向に大きくジャンプしてかわす。
「僕の打ち込みに初見で対応されたのは初めてだ。ほんとに強いね」
「この程度の攻撃をかわせないなんて、相当お前の周囲の奴らはレベルが低いんだな」
俺は、彼の過去を馬鹿にするように挑発する。
しかし、アレンは動じるどころか、俺の言葉を肯定してしまう。
「ああ、そうかもしれない。ベイン君と比べたらほとんどの人はレベルが低いだろうね」
再び、アレンは刀を構える。
さて、どうしようか。負け方はいくらでも考えているが、少し実戦で対悪魔用の魔法を試したい。
アレンを脳内で悪魔に置き換える。俺は、悪魔に負けたあの時を思い返す。手も足もでなかった、あの悔しさを。
俺の雰囲気が変わったのを察したのか、アレンは息をのみ、防御の構えをとる。
「さっきとは別人みたいだね。僕の攻撃で君を本気にさせることができてうれしいよ」
額に汗を浮かべながらアレンは、俺の一挙手一投足見逃さないように集中している。
俺は手足に魔力を集中させる。すると、両手両足の先が放電し始め、真っ白な電気に覆われる。
「いくぞ、アレン」
俺は、言うと同時に一瞬でアレンの前へ移動し、お腹に向けて右でパンチを叩き込む。
しかし、アレンもわかっていたように、ぎりぎりで刀を滑り込ませはじく。だが、俺の攻撃はそれで終わらない。防がれた瞬間左こぶしで脇腹を狙う。
「ふんっ」
アレンは体をねじることで、なんとか左拳を回避するも、拳がかすりそこに溜まった電気がアレンの体に流れ込む。バチンッと大きな音とともに、アレンはわき腹をおさえながら片膝をつく。
「うっ……僕の目をもってしても、かわし切れない」
俺は新技を使いたくて、ついつい手加減を忘れてしまった。まずい、これで降参なんてされたら、完全にゲームのシナリオから外れてしまう。なんとか、続行させるように挑発することにした。
「その程度で膝をつくのか、俺に勝負を挑むほどだから余程腕に自信があるのかと思ったが、見当違いだったようだ」
「まだ終わっていないよ。相当なダメージが入ったけど、僕にはとっておきの技がまだ残っている」
アレンはなんとか立ち上がり、刀を構える。だが、その様子はすでに満身創痍。これ以上戦えるとは思えない。しかし、その目は死んでいない。アレンは刀を鞘にしまい、右足を前に左足を後ろに構え、魔力を注ぎ込んでいる。
なるほど、あれはアレンの得意技である抜刀術だ。魔力を込めることで、抜刀により魔力を放出し、遠くまで斬撃を届かせることができる。ゲームではとても頼りになったものだ。
ちょうどいい、あの技を食らって負けるとしよう。だが、そのまま食らうわけにはいかない。サンダーアローで威力を軽減させるか。
「ふっ、何をするつもりかしらないが、その体じゃあ、まともに動けないだろ、サンダーアロー」
「食らえええ、抜刀!」
アレンは刀を下から上に鞘から勢いよく抜き、斬撃がとんでくる。おれはそれに合わせてサンダーアローを打ち込む、この威力なら、斬撃にかき消されて俺まで攻撃が届くだろうと思っていたが、予想もしないことが起きた。
「ふんぬううううううううううううう」
突然、一人の男子生徒が間に入り、交差させた両腕を広げるように拳の裏で斬撃もサンダーアローもかき消してしまった。
俺とアレンは何が起きたのかわからず、その場で固まった。
「お前ら、なに本気で死闘しとるんじゃ!」
その生徒は、制服が破けるのではないかと思うほど、筋肉隆々だった。
彼の存在は知っている。ゲームでも中盤にアレンの仲間になるやつだ。3年生でベンドラ学園の生徒会長だ。
だが、彼はこの戦いのあとに向こうから接触してくるはずだっただが、またしても、イレギュラーが起きた。
我に返って周りを見渡してみると、特別ルームにいたすべての生徒から注目されていたみたいだ。
「あなたは、もしかして、生徒会長のゼットさんですか?」
アレンはその人が誰なのか気づいたようだ。
「ああ、そのとおりよ、そこのお嬢さんが止めてくれと言ってきたもんだからな。何かあったのかと、この試合を注視してたのよ」
そういえば、途中からメイリの声が聞こえなくなったと思えば、仲裁できる人を呼びに行っていたのか。
「このままだと、ご主人さまがアレン君を再起不能にするんじゃないかと心配したんですから」
メイリはアレンのそばにかけよって、状態を見ている。
「ははは、それにしても2人ともすごい戦いをしておったな。俺ら上級生とも十分に渡り合えると思うぜ。お前ら1年だろ。こりゃ、将来有望だな」
両腕を組み仁王立ちのまま、豪快に笑う。
ゼットはゲーム内でも強キャラの一人だった。彼は魔法で全身を強化し、拳一つですべてを薙ぎ払う、反則的な奴だ。
とりあえず、ベインがこんな自分を下にみるような態度を見逃すようなやつじゃない。
「おい、お前、ゼットといったか、俺様をだれだか分かったうえでの発言か」
「おう、王の息子のベインだろ知ってるさ。だかな、学園の中じゃ身分なんて関係ない」
対してゼットもひかない。それもそのはずだ、ゼットは誰に対しても強気で、権力者だろうと媚びようともしないやつだ。だからこそ、俺と敵対することになるわけだが。
不穏な空気が漂ってるのを察してかアレンの怪我の具合を見ていたメイリが駆け寄ってきた。
「ご主人さま、もう、だれかれ構わず喧嘩を売るのはやめてください」
「ほう、ご主人様ねえ。お前さんは、アレンというやつの恋人ではないのか?」
ゼットは真っ先にアレンに駆け寄ったメイリを見てそう勘違いしているようだ。
「違います!私はご主人さまのものですから」
メイリは怒ったように、語尾を荒くしてゼットに言う。
「おお……そうなのか。それはすまないな」
メイリの剣幕におされ、ゼットはその体格に似合わず圧倒されているようだ。
そんなやりとりをしていると、アレンも多少ダメージが引いたのか、こちらに向かってくる。
「それにしても、お前ら、本気でやりあってたよな。理由を教えてくれねえか。てっきり、そこのお嬢さんを取り合ってるのかとおもったぜ」
もう!っとメイリは顔を赤くしながら、ゼットを睨むと、ゼットは悪い悪いと両手を合わせていた。
これは、完全にゲームのシナリオとはかけ離れて行ってしまった。なんて答えようか。いや、そもそも俺もアレンの心情がわからない。
「それは、僕がベイン君に勝負を挑んだんだ」
どうしようかと、俺が迷っていると、アレンが語りだす。
「僕は元奴隷で、厳しい労働環境の中で働いていたんだ、そこには、たくさんの奴隷たちがいて、今日を生きるのに必死な人ばかりで、誰も幸せそうな顔をしていなかった。そんな時、僕も幸運にも優しい人に買われたんだ。それで、この学園に入ることができた。だけど、そこで僕は見てしまった、奴隷であるはずのメイリさんがとても幸せそうにしている様子を」
滔々と語りだすアレン、視線をメアリに一瞬向けたあと、俺を見る。
「最初は演技かと思った。無理やり、ベイン君の世話をさせられているのかと、でも違った。見ていればわかる、メイリさんは自分から積極的に世話を焼いている。僕は、困惑した。奴隷というのは、みんな、つらい思いをしていると思い込んでいたから。それも、奴隷制度を敷いているこの国の王になるベイン君の奴隷がそんな様子を見せるものだから、僕はベイン君がどんな人物なのか知りたくなったんだ。剣と剣をぶつければ、その人のことが分かると僕は思っているので、それが理由です」
静かにアレンの言うことを聞いていたゼットは俺の頭をつかみながらアレンに聞いた。
「それで、こいつはどんな奴だったんだ?」
「ははは、僕の実力じゃあ、彼を引き出しきれませんでした。でも、わき腹に受けた一撃は、とても澄んだ一撃でした」
アレンの中に一つの答えを出したのか。傷んでいるわき腹をさすりながら、何かを悟ったような顔をして答えた。
「俺はお前らとは初対面だから、よくわからねえが。この偉そうなクソガキがどんな奴かなんてのはすぐわかるぞ」
ゲーム内でのゼットの評価は、いま言ったように偉そうなクソガキということだと知っているので、俺は何を言われるかわかっていたが、その場にいた、アレンとメイリは興味ぶかげにゼットに耳を傾けた。
「ククク、そんな真剣な顔を向けなくても、こんなの簡単だろ。そこのお嬢さんを見てみなよ。奴隷だとか身分は関係ねえ。二人の本気の戦いを心配な顔して、俺のところにきて、俺がアレンの恋人かなんて聞いた時には、面白いぐらい強い口調で拒否して、二人が自分のことを取り合ってるんじゃないかと言ったとたん、顔を赤くして恥ずかしがる。そんな純粋な子が惚れてる男だ。悪いやつなわけねえよ」
ゼットがほんとにわからねえのかと呆れながら、答える。
それを聞いてアレンはなぜ気づかなかったのかという顔をし、うんうんとうなずいていた。対してメアリはなぜか顔を赤くし、何か言いいたいことがあるのか口を開けたり閉じたりを繰り返している。
俺は何を言われているのか、理解するのに数秒かかった。ゲーム内だと、ここでのベインの評価は最悪というほかない。アレンからは人間の心を持っていない化け物かのように見られ、ゼットからは気にかけるだけ無駄だと無視され、メイリに至っては仇敵かのような態度をとられていたはずだ。それが、どこかで歯車が狂ってしまい、まるで正反対の評価になっている。俺は思わずむきになって言い返した。
「……はぁ?何をいっているんだ貴様らは、俺のことを何好き勝手いいやがってんだ。まず、アレン、人の幸せは身分とはなんの関係もねえ。お前の知り合いが奴隷でつらい思いをしてるっていうんなら、ただたんに、そいつ本人がつらい目にあってるだけだ。それが奴隷という身分のせいだというなら、そして、それが不満なら、そう思うお前が力をつけて、そんな制度ぶっ壊せばいい。それに、ゼット!俺の奴隷の心情を勝手に読んでんじゃねえ、ふざけんな!」
思わず大声で怒鳴った。すると、アレンは何か衝撃的なことを言われたかのような顔をし、しばらく俺を真剣な表情で見つめた。それに対してゼットは、にやにやしながら、こういった。
「そうかそうか、自分の奴隷を他人から好き勝手言われてむかついたか。ははは、よかったな。お嬢さん、今の反応でわかる通り、そうとう愛されてるぜ」
メイリはやはり顔を赤くしながら、ついに銅像のように固まってしまった。
俺が何か言うたびに、どんどん周りの反応が予想外の方向に向かってしまう。これ以上ここにいるべきではないなと思い。動かなくなったメイリの手を引っ張って、特別ルームを後にしようとすると、背後から声がかけられた。
「おい、お前らおもしれえ奴らだな。今度、毎年恒例の集団サバイバル演習があるんだ。参加は自由で、学年問わず4人1組での野外学習を行うんだ、ここで会ったのも何かの縁だ、俺ら4人で組んで参加しようぜ」
俺はとにかくその場から逃げ出したかっため、深く考えずに答えた。
「好きにしろ」