変化
目が覚めると、俺は部屋のベッドで寝ていた。そのすぐ横には、メイリが一緒に眠っていた。
俺は起き上がろうと腹筋に力を入れたとたん、
「うっ!」
強烈な痛みが走った。こりゃ、しばらく何もできねえな。その声で、メイリが起きたのか、慌てた様子で俺をベッドに押し付けた。
「だめです!お医者さんからは、しばらくは安静にしているようにっていわれてます」
そう言って、診断結果が書かれた紙を渡されたので、見てみると、腹部打撲。他異常なしと書かれてあった。ああ、それだけで済んだのか、この体は思ったより頑丈なんだな。
俺は悪魔との戦いを思い返すと、こちらの攻撃はすべてふさがれ、相手の攻撃に対しては、なすすべがなかった。つまり、まったく歯が立たなかったと言っていいだろう。正直、悪魔1体程度なら、なんとでもなると思っていた。だが、それはとんだ思い上がりだったということだ。
「ご主人さま、お水はいかがですか?」
メイリがベッドの近くにあるテーブルから水が入ったコップを両手で持ち、俺に聞いてきた。
ちょうど、のどが渇いていたところなので、ありがたい。ここは、素直に受け取ろう。
「ああ、ありがとう。ちょうど、のどが渇いていたんだ」
俺は、痛む体をなんとか起こそうとすると、メイリが背中を左手で支えてくれて、なんとか起き上がることができた。そこまではよかったのだが。
「はい、どうぞ」
メイリは、右手で持ったコップをそのまま俺の口へと運んできたのだ。
ちょっとまて、俺は飲ませてくれなんて一言も言ってないぞ。
なんて、思っていると、無理やり水を流し込んできた。まさか、今までの恨みをここではらそうと、水攻めをしてきたのかと思ったが、俺の飲む速度に合わせてゆっくりと流してくれる。
「ぷはぁ、おい、誰も飲ませてくれなんて言ってないぞ」
「ご主人さまは、けが人なんですから、私に任せてください。そもそも、いつも身の回りの世話は私がしてるじゃないですか」
うん、着替えを除いて一人でもできることはあえてメイリにやらせていた。さすがに、食べさせてもらってまではないが。
それよりも、問題なのはメイリの様子を見ていると自ら進んで俺の世話をしているような気がする。
なぜだ、今までさんざん雑に扱ってきたというのに、ここにきて好感度があがるはずがない。まさか、悪魔にやられるまじかに、俺がメイリに謝ったのがここまで好感度を上げさせてしまったとでもいうのか。
「それは、そうだが。いつもと様子がおかしいぞ」
「そんなことないですよ。いつも通りです」
メイリはそんなことを言うが決してそれはない、なぜなら、今はとてもいい笑顔で俺に接してるからだ。いつもは、暗い目をしていたり、なにか辛そうにしていたというのに。
これは、問題だな。このまま俺とメイリの仲が良くなっては、主人公であるアレンが俺に対決を挑む理由がなくなる。それはなんとしても避けなければ。ここは、恥を忍んで最悪な命令をしよう。
「そうか、なら命令だ。俺にキスをしろ」
さすがに、これで好感度は底辺にまで落ちるだろう。なんの心変わりが起きたのかは知らないが、上がった好感度は落とせばいい。選択肢一つで好感度を大きく下げることができるのがゲームだ。傲慢でわがままで、憎むべき敵国の次世代の王に、こんな下劣な命令は我慢できないだろう。とはいえ、別に本気でしようなど思っていない。嫌な顔を見せた瞬間、こちらから、お断りしてやろう。
「え、え?ご、ご主人さまの、命令なら、その、仕方ないから、してあげる。」
メイリは急に顔を赤くしながら、恥ずかしそうに体をもじもじさせて、迫ってきた。
おいおい、どういうことだ。ここは今までの笑顔が凍り付いて、蔑んだ眼を向けるところだろう。なぜ、そんなに恥ずかしそうにしながら、しようとしてくるんだ。
おでこがくっつきそうなぐらい近くなってから慌てて止める
「ま、まて。本気でしようとするな。冗談だ」
少しドキドキしてしまって、まともに顔を見れないので視線をそらしながら、俺はメイリの肩を両手で押し戻す。
「もう、ご主人さまは照れ屋なんだから」
メイリは小さな声でそうつぶやく。
聞こえてるぞ……いや、どうしてこうなった。
それから怪我が完治するまで1週間ちょっと俺は毎日メイリに甲斐甲斐しく世話をやかれた。
「さすがに、体がなまってるな」
俺は1週間ぶりに庭で魔法の訓練をしている。
まずはサンダーアローを複数作り、目標に向けて放つ。次に電気玉を前面に展開したり消したりを繰り返し行う。
だが、以前より切れがないが、徐々に戻していくしかないな。少し離れたところには、メイリが習得したばかりの、シールドを展開していた。魔法というのは、使えば使うほど魔力が減るが。しばらく休むと、元の魔力量より大きくなるみたいだ。なので、暇をみてメイリはいつもシールドを展開している。
さて、現状を把握すると、今俺に対してメイリは非常に友好的になっている。もちろん、だからといって態度は変えていない。むしろ、最近は靴の脱ぎはぎまで命令してやらせている。それなのに、いやな顔一つしないでやってくれるので、俺はもう半分あきらている。悪魔にやられてから、俺自身も考え方が少し変わった。ゲームのシナリオ通りにやろうとしても、イレギュラーが一つでもあれば窮地に立たされることを思い知ったからだ。
それならば、俺の行動が予想とは別の結果になったとしても、変に固執することなく、未来の脅威に備えるべきだろうな。とはいえ、よくよく考えてみると、別にメイリとの仲が多少良くなったとしてそこまで問題はない。学園の中でもメイリに対してひどい命令をし続ければ、自然とアレンは対決を申し出てくるだろう。その後の展開は、臨機応変に対応すればいいだろう。
それより、今は対悪魔について対策を練ったほうがいいな。もう一度戦うことになると勝てる気がしない。メイリと2対1ならおそらくかてるが、もう一体出てきたら終わりだ。あの速さや予備動作のない動きが敵の攻撃をかわせなくしている。せめて速さだけでも、追いつければ……まてよ、ベインは基本電気を扱う魔法が得意だ。ならば、移動も魔法でどうにかできないか。試してみるか。俺は頭の中に仮想悪魔を連想して、現実に投影しひたすら戦い続けた。
メイリはその様子を、じっくり観察していた。
「すごい、まるで誰かと本気で戦っているみたいだ」
私は、ここベンドラ国に奴隷として連れてこられてここ1か月は彼の世話をしている。
最初は、何をされるのか怖くて、いつも緊張していたけれど、思ったよりも、彼は優しかった。
よく命令で、彼の身の回りの世話をいろいろさせられているけれど、私もセイドラ国では、メイドさんに着替えから何まで任せていたから、いつか同じように誰かの世話をしてみたいと思っていたの。だから、ちょっぴり楽しかったりする。
ベンドラ国に戦争で負けるまで、私は将来王女として国を引っ張っていく存在になると思っていたし、そのつもりで勉強もお稽古も頑張ってきたつもりだった。だけど、彼を見ていると私なんかよりも全然必死だ。
私の見る限り、彼が遊んでる時間はない。暇さえあれば、難しい資料を見てうねっていたり、今だって誰よりも強くなろうと一生懸命だ。私とは大違い。頑張ったご褒美なんて言って、好きなもの買ってもらったり、遊びに連れて行ってもらったりなんてせず、常に自分を高めることに必死だ。
それに、使用人が悪魔に襲われたとき私は怖くて逃げることしか頭になかった。でも、彼は、使用人を見捨てる選択肢なんて最初からなかった。いったん逃げて、助けを呼んでもよかったのに。誰も、悪魔から逃げたことを責めたりしないのに。なんだか、その時、無性に私は自分のことを情けなく思った。
そして、彼が悪魔にやられそうになった時、私に言った言葉。
普通、自分が死ぬような状況で、奴隷に対して謝り、私は助かるから逃げろなんて、そんなこと言える人がどれくらい、いるだろうか。
むしろ、私はあの時、俺の盾になれとか、助けろとか。そんなことを言われるのかと思った。
なんて、愚かなんだろう。
私のお母さまはよく言っていた。
「メイリ、人の本性は追い詰められなければわからない。たとえ、普段から優しくされていても、すぐに信用してはいけないよ」
私もその言葉を信じて、ここに連れてこられてから、もしかして彼は優しくいい人なのではないかと思ったけれど、そんなはずないって思ってきた。だけど、死ぬ間際という、究極的に追い詰められた状態で自分のことではなく、他人のそれも親しくもない、ただの奴隷の身を案じることができる彼はいったい何者だろう。
いいえ、答えはわかっている。彼は王なのだ。私みたいな血筋だけの王女じゃなくて、本物の王様なんだ。少なくとも私にとっては……。
もし、彼がこの国の王様になるのならきっと、いい王様になる、そして今はあまりいい国とはいえないけれど、彼なら奴隷とか関係なく。みんなが幸せに生きることができる国になる。その日が来たとき、私は彼を支えることができる人になりたい。
だって、見た目や態度とは裏腹に、根はとても他人を思いやることができる、優しい人だから。
「おい、メイリ。聞いてるのか。そろそろ戻るぞ」
ご主人さまに呼ばれて、私は現実に戻された。危ない危ない。
メイドとしてご主人さまを無視するわけにはいかない。
「はい。今いきますね」
それにしても、今日のご主人さまの動きはすごかったな。相当、悪魔にやられたことが悔しかったとみえる。ふふふ、でも当たり前だよね。悪魔なんだから、そりゃ、人間より強いよ。
そんな、悪魔を倒してしまうのだもの、ほんとに信じられないご主人さまだ。