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動力源

 社長がL字に曲がった筒をくるくると回す。

 筒の側面には二つの穴が開いていて、本来ならそこには刺さっている部品がある。

 部品と言うより付属部だが。

 ヤードが支給されたソレとは異なり、筒の内部に動力を溜める機構は存在しない。

 故に付属部が接続していない限りその筒は安全ではある。


 ニュウはその筒に関して何も知らないので、その筒が人を簡単に殺せる代物である事も知らない。


「今、僕に足りない者は何だと思う?」

「常識でしょうか?」


 回っていた筒の長い方の先端がニュウを向いて止まった。

 一秒に満たない沈黙と静止を挟んで、筒と社長の口が動き出す。


「安寧だよ」


 ニュウは社長が安寧と真逆を体現する人物であると思っていたが、先程迂闊な感想を漏らした際の社長の態度が予想以上に剣呑であったため、今度は言葉を発する事は無かった。

 それでも直感的にニュウの考えを感じ取った社長は、再び筒の回転を止めた。


 ニュウは筒の先端に言い知れない不安を感じたが、それを表情に出す事はしなかった。


 今度の沈黙と静止は二秒に及んだ。三度、筒と社長の口が動き出す。


「はあ……。まあ、いいか。何が言いたいかと言うとだね、皆もうちょっと穏やかに生きられないかと言う話だよ」


 どの口が言うか、と言う一言はニュウの喉元で辛うじて抑え込まれた。

 幸いにも筒の回転は静止せず、僥倖にも三度の沈黙が訪れた。



 ヤードは干し肉を一口齧り、アケの実を丸飲みした。

 遺跡の中は半年前と変わらず涼しく、埃臭かった。

 慎重に歩いていてもざりざりと靴裏が鳴る。


 アールを監視する依頼のために遺跡に潜ったヤードだったが、その仕事は早々に放棄した。

 森の中と違い遺跡の中で狩人を追跡するのは並大抵の事では無い。

 遺跡内には動物が少なすぎるからだ。


 かつては平らで綺麗だった筈の廊下は蔓延った蔦や根に覆われていたが、日が当たらないせいかそれらにも外程の勢いは無い。

 余程頑強な建材であったのか全てを覆い尽くす程蔓延ってはおらず、平らな床だけを歩いて進む事は容易であった。


 ヤードはこの遺跡に何があるのかを知らない。

 狩人から探索士に転向したと言っても、それは狩人の腕を買われての事である。

 遺跡内の探索で狩人の技術を生かす機会は限定的で、ミリバールも荷物持ちとしての役割に期待していた面が大きい。


 森の中に比べれば遥かに足場の良い遺跡内で、ヤードの運搬能力は一線を画していた。

 元より屈強な身体であった事も大きい。


 では探索士が遺跡内でどんな面に優れているのかと言うと、それは知識だ。


 大半の遺跡は侵入者に対して寛容である。

 その理由は、遺跡の侵入者対策が人力に頼っていたためだとされる。

 それは現代の施設の事を考えれば不思議でもなんでもない。


 侵入者に対する装置はその存在を検知し通報する仕組みが圧倒的に多く、実際の侵入者に対応するのは大抵訓練された人間だ。

 命を奪う程の罠を仕掛けないのは誤作動した時の被害が大きいからで、例外となるのは来訪を想定しない施設くらいのものだ。


 当然意図的に設計された迷路の様な複雑な構造も少ない。

 複雑な構造は正規の利用者にとっても不便だからだ。


 ただし、細かい設計様式は時代によって異なる。

 施錠の仕組みも、施設内の装置も、配管も、通気口も、建材も、何もかもが時代によって微妙に変化するのだ。


 遺跡の特徴から年代を推定し、設計の傾向を特定する。

 これが探索士に求められる基礎技能である。


 加えて動植物の知識も必須である。

 遺跡内に蔓延る植物の中には毒を持つ種も少なくはないし、昆虫も動物も小型の種程毒を持つ傾向が高い。

 当然毒に対する対処法も熟知している必要があるし、時と場合によっては壁や扉を破壊して進む場合もあるため、爆破解体の知識も必要だ。


 そうやって遺跡を隅々まで調査する訳だが、その上で価値のある遺物を見付けられるかもまた探索士の腕前によって左右される。


 遺跡に落ちている物品は、狩人から見れば全部古い何かでしかないのだ。

 小指の先程の何かに高い値がつく事もあれば、苦労して持ち帰った大きな機械がただのガラクタだったりもする。


 ヤードはアールが何を求めてこの遺跡に潜ったのかを知らない。

 ヤードが知っているのは一つだけだ。

 半年前にミリバールに率いられてこの遺跡に潜った際に通った順路。


 半年前この遺跡で何があったのか。

 実の所ヤードはそれをよく覚えていない。


 覚えていたのは最奥へ続く道と、幾つかの危険な罠だ。


 そう、罠があったのだ。


 致命的な物では無かったが、侵入者を拘束する類の罠が散見された。

 それらは侵入者が負傷する事を容認している物も少なくは無く、ミリバール達がかなり苦労していたのを覚えていた。


 そうやって奥を目指しているのが、ヤードの記憶に残っている最後のミリバールの姿だ。


 だからヤードは奥を目指した。

 可能な限り最短距離を選択した。


 それでも歩みは遅かった。

 ミリバール達が全ての罠に対処した保証は無く、たまたま作動しなかった未知の罠が存在している可能性も捨てられなかった。

 致死性では無いとは言え、一人で遺跡に潜っている以上罠に掛かれば脱出は絶望的だ。


 狩人の嗜みで携行していた干し肉と水気の多い果実で十日前後は食い繋ぐ事は可能だが、その期間で遺跡から脱出出来るかは不透明であった。


 それでも、ヤードは進む事を選んだ。

 過去と対峙するために。


 そんな悲壮な決意とは裏腹に、順調でこそないものの道中は平穏であった。


 遺跡内で気は抜けないが、それは大型の獣に対する警戒よりは遥かに楽だった。

 立ち止まる事の不利益が時間の浪費だけという点が大きい。

 森の中で立ち止まれば中型や大型の獣が襲って来る危険があるのだが、ここでは適度な虫除けを行っていれば大して危険は無いのだ。


 だから、丸三日掛かった事を除けば非常に楽な道のりであった。


 一つ問題があったとすれば。


「だーれも、来やしねぇ……」


 遺跡の最奥、先が見通せない程広い部屋でヤードは呟いた。

 呟きは部屋を埋め尽くす機械が発する重低音にほとんど掻き消された。

 とにかく広い。だだっ広い。

 辺境の居住区より広かった。


 ヤードのおぼろげな記憶にも広かったと言う印象はあったのだが、ここまで広いとは予想外だった。


 その部屋には動植物が侵入していなかった。

 ミリバール達が侵入するまで完全に閉め切られていた事が大きな要因だろうとヤードは考えた。

 そのため保管状態の良かった機械群は劣化の兆候がほぼ見当たらず、今も重低音を発しながら稼働している。


 ヤードは機械群を見てもその用途を推し量る事は出来なかったが、別の要因から機械群の用途を推測出来ていた。


 ヤードの手にはルートから支給されたL字型の筒が握られていた。

 その筒から、甲高い駆動音が漏れていた。


 ヤードは既に新型弓の試射を何度も済ませていた。

 先程も、外の通路をうろついていた小型の犬を処理するのに使用していた。


 反動は驚く程小さく、矢の軌跡はその速度から目で追う事が出来なかった。

 威力も驚異的だった。

 甲冑すら貫通する新型弓を、小型の動物に対して使うのは過剰な程だ。


 消耗品である矢に関しては、ルートからは百本装填されていると説明されていた。

 多少無駄使いした所で誤差の範疇だ。


 仕留めた犬の肉を解体絶ちで捌き、食わない部分は壁面の穴に捨てる。

 その穴はゴミ捨て用である事を伺わせるような記号が彫り込まれていた。


 どれ程の深さがあるのか、或いはゴミを処理する機構が底にあるのか、何をどれだけ捨てても溢れる兆しは無かった。


 不自然にならない程度に部屋の前の植物を剪定し、瓦礫もまた不自然にならない程度に除去して捨てた。


 この場所に着いてから既に三日が経過していた。

 遺跡に潜ってから、今日で六日目である。

 遺跡の壁面に点在する時計の表記を信用するのならば、だが。


 遺跡内の装置は、この部屋に近付く程稼働している物が増加していた。

 新型弓は、この遺跡に近付いた瞬間から稼働し始めた様に思えた。


 それらの事から、ヤードは機械群を何らかの動力を生み出す装置だと推測した。

 その動力がどの様な手段で多種多様な装置へと伝達されているのかに関しては、全く分からなかったが。


「だーれも、来やしねぇ……」


 この所ヤードはそればかり呟いている。

 ヤードはアールより先に遺跡に到着し、アールを待たずに遺跡に潜った事を少しだけ後悔し始めていた。

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