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集う者達

 神祇官は口惜しさに歯を噛み締める。

 噛み合わせぎちぎちと不快な音が響いた。

 それ程に今回の視察は大失態であった。


 閉都でも名の知れた探索士、ミリバールが死亡指定された遺跡。

 順当に考えれば魔王が眠る可能性が極めて高い遺跡だ。


 奴隷は魔王を信仰している。

 それはかつて実在し、人間を絶滅寸前まで追い込んだとされる存在。

 奴隷とは魔王を封じ奉る事で人間の未来を繋いだ、と伝えられる者達或いはその末裔の事を指す。

 しかし長い時の流れの中で魔王が封じられた場所に関する情報は失われた。


 ミリバールが死亡指定されたとの情報を得た資料廟は迅速に行動を開始した。

 辺境へ多数の守護奴隷を派遣し、ミリバールが最後に潜った遺跡を確保したのだ。


 複数回に渡って行われた実地調査では芳しい結果は得られなかった。

 死者も行方不明者も出なかった代わりに、何も発見出来なかったのだ。


 それは遺跡が地下に巨大な施設を持っていた事が原因だった。

 綿密な調査を行うには費用も人員も不足していた。


 探索士を雇おうとする意見もあったが、最高峰の探索士と名高かったミリバールの部隊が全滅に近い壊滅を喫した事実が抑止的に働いた。

 そもそも探索士に任せた場合発見したモノの所有権を主張される恐れがある。


 弊獣社は頼る事が出来ない。

 強引に遺跡を確保した時点で消極的な敵対関係になってしまっていたからだ。


 弊獣社は資料廟が遺跡を占拠している事自体を認めてはいない。

 知らない事にして対立を避けるのと同時に、積極的な支援を拒絶しているのだ。


 それは実質的に狩人の協力を得られなくなった事を意味する。

 その結果害獣対策に多くの人員と費用を割り当てなければならず、有効的な手を講じる事が出来ないまま半年が浪費された。


 結局資料廟が当てにしたのが、統治院である。


 それなりの規模と財力を有した組織は統治院の他には数信寮くらいしか無く、数信寮は議論されるまでも無く選択肢から外されていた。

 数信寮は誤魔化しが効きにくい上に能動的に動こうとはしないし、外部に人員を派遣する事も無い。


 統治院を利用すると決めた資料廟は一部の選任管理者に接触し、一先ずは遺跡の合同視察を行う事で合意した。

 送り込まれて来たのは補佐管理者秘書と呼ばれる下っ端だったが、その反応は上々であった。


 広大な地下施設を見て何を夢見たのか、二人の補佐管理者秘書の機嫌は悪く無かった。


 順調だった流れが怪しくなったのはその帰りの事だった。

 現地に一人を残し、もう一人を連れ帰る途中で狩人と思しき何者かの襲撃を受けた。

 当初は弊獣社の嫌がらせかとも思い強く抗議したが、対応はさて置きその際の感触では弊獣社が襲撃に関与している可能性は低そうだった。


 そもそも弊獣社が妨害行為に出たのであれば、もっと狡猾で隙の無い方法を使う可能性が高いからだ。


 裏をかいた可能性に対して若干の疑念を残しつつも、神祇官は一度引き下がった。


 無事に連れ帰った補佐管理者秘書を閉都へ送り返し、遺跡に戻った神祇官が目にしたのは、十人の守護奴隷と一人の補佐管理者秘書の死体だった。


「調査結果だけど、怪しいのは二人だね」


 神祇官の前に、社長が虚空から取り出した二枚の獣皮紙を差し出した。

 神祇官はそれを引っ手繰る様にして受け取ると、その内容に目を通した。


「ミリに関しては説明する必要は無いよね? 元奴隷でミリバールが抱え込んでた子供だよ。あの子、二日前から所在不明でね。奴隷を攻撃する理由も遺跡に侵入する理由も両方持ってる」


 神祇官は苦々しい顔をした。

 ミリが異端者である事を目の前の男は知っている様子だからだ。

 封印された魔王を発見し、殺す事を本懐とする昇魔派と呼ばれた少教派の生き残り。

 魔王を封印から解き放ち世界を統治して貰う事を本懐とする解放派よりも危険視されていた教派だ。


 だが、もう一人はもっと厄介な思想を持つ人物だった。


「もう一人はアール。個人的にはこっちが本命かな? 最近登録された狩人でね、色々と不審な点があったから、狩人の経験がある探索士崩れを監視に付けてたんだけどね、そいつ諸共二日前から所在不明なんだよね。過去に関しては今一判然としないんだけれども、どうも魔法協会の関係者っぽいんだよね」


 魔法協会――正式名称魔法技術復刻協会は魔法の再現を目指す集団であり、資料廟とは激しく対立している。

 何故なら、魔王を封印から解き放った上で拘束し、魔法の再現を行うために利用しようと考えているからだ。


 これは主流派――魔王を封印したまま管理下に置く事を本懐とする――を含む全ての派閥と相容れない。


 神祇官にとって、色々な意味で最悪な状況であった。

 費用も人員不足している中で、十人もの守護奴隷を失ってしまった。

 加えて選任補佐官秘書まで殺されたとなれば統治院から望む様な協力が得られるかどうかも怪しい。

 魔法協会の干渉を防げなかった事も大きな問題だ。


「まあ、だからね、アールの処理に関しては個人的に協力するよ?」


 この窮地をどう打開するか必死に考える神祇官に助け船を出したのは社長であった。

 神祇官は眉を顰める。

 その申し出を素直に受け取れる程資料廟は弊獣社を信用していないし、社長個はそれ以上に信用出来ない。


 そんなあからさまな疑念を向けられて、社長は楽しそうに微笑んだ。


「いやね、魔法協会って僕個人を敵視しているんだよね。理由は分かるでしょ?」


 言われてしまえば納得してしまう理由ではあった。

 弊獣社の社長は一般的に魔術師と呼ばれている。

 それは不可思議な言動が理由だが、資料廟はその通り名を容認出来ないのだ。


 資料廟にとって魔の文字は信仰の象徴であり、それを一個人に用いる事は不快だからだ。


 だが、それ以上に反発しているのが魔法協会である。

 魔法協会は魔術師になる事を本懐としているからだ。


 当然、自分達を差し置いて魔術師と呼ばれる社長を快く思う訳が無い。


「魔法協会は何度か暗殺者まで送り込んで来てるからね。よっぽど僕が魔術師と呼ばれるのが気に食わないらしい」


 何が可笑しいのか、奇術屋はくつくつと口の中で笑った。

 社長個人を殺そうとするまで敵視していたのは資料廟が把握出来ていない情報ではあったが、辺境に限れば弊獣社は他の追随を許さない情報管理能力を有している。

 その程度の情報であれば外へ漏らす事は無いだろう。


 遺跡の件も、死亡指定されたのがミリバールでなければ資料廟が情報を得るまでにもっと時間を必要とした可能性が高いし、もし弊獣社が遺跡に価値を見出していたのなら完全に情報を封鎖した可能性すらあったと神祇官は考えていた。


「弊獣社としては今まで通りさ。あそこに重要な遺跡なんて無いし、資料廟に協力もしない。だから、僕個人が雇った人員を一人貸し出そうと思ってる。ああ、組合への申請もこっちで済ませておくよ」


 そう言って、社長は意味有り気に隣に立つ女に視線を流した。

 神祇官も社長室に入った時からその女の事は気になっていた。


 いつも控えている社長秘書のニュウではない、その女の事を。


(確か、いつも一階の窓口に座っている女)


 神祇官の目を引くのは右耳にぶら下がる耳飾り。

 細部はかなり異なるが、一部の資料で散見される太古の徽章と類似していた。

 女だと言うのに化粧をしている様子も無い浅黒い顔に、色も厚みも薄い唇と細い目と低い鼻。

 長い頭髪が後頭部で雑に括られている。

 いつもは一般的な弊獣社の制服を着ていたが、今は簡素でありながら機能的に見える服を着ていた。


「彼女はルートと言ってね、御存知我が社の窓口係なんだが、同時に技術屋でもある」


 社長はどこか楽しげにルートを紹介し、爆弾発言を投げ込んだ。


「ルートは回し弓と撃ち出し槌の設計者さ」


 神祇官の目が驚愕に見開かれ、ルートを凝視する。

 ルートは不敵な笑みを浮かべながら無言で佇んでいた。


 神祇官は知らない。ルートが社長から魔女と呼ばれている事を。



 塵の積もった廊下をミリが歩いていた。

 マントで全身を包み、感情を映さない瞳が暗い廊下の先を見据える。


 その視線が時折足元へと向けられる。

 そこには幾つかの足跡があった。


 多くは過去にミリバール達が遺跡に侵入した時の名残である。

 その中に混ざった二つの新しい足跡を、ミリは正確に区別する事が出来た。

 背負った回し弓が歩行と同時に僅かに揺れる。

 遠目に見ればそれは、回し弓が直立して歩いている様にも見えただろう。


 今のミリを背後から見る者はいない。


 代わりにミリに見られる者がいた。


 ミリは感情を映さない瞳で先行者を見ていたが、先行者が角を曲がると違う通路に消えて行った。

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