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新型の弓

 厄介な事になったと思うヤードだが、迂闊に溜息も吐けない。

 事の発端は弊獣社の窓口係、ルートから依頼された仕事だ。


「とある狩人を監視して欲しいネ」


 何気ない口調で言われた時には、劣等感の塊であるヤードですら明確な自尊心を感じた。


 弊獣社と狩人は傍から見える程素直な関係では無い。

 弊獣社は狩人から多くの利益を絞り取り、不利益の片鱗が垣間見えた瞬間切り捨てようとする。

 狩人は弊獣社から少しでも多くの報酬を掠め取ろうとし、他の狩人が明確な契約違反をしていたとしてもそれを弊獣社に告げ口する事は無い。

 故に、弊獣社が狩人の素行調査を行う際には探索士を使う事が多い。

 だが、熟練の狩人が森の中で探索士に後れを取る事はほぼ無い。

 探索士の主戦場は遺跡の中であり、森林内での移動は弊獣社を通して狩人を雇うのが基本である。


 だからこそ、狩人から探索士に転向した者に対する風当たりは強い。

 狩人から見ればそれは明確な裏切り行為なのだから。


(しかし、俺が適任でもあるか)


 少し先を行く監視対象の動きを見て、ヤードは心の中で呟く。

 声には出せない。一流の狩人は動物の音と植物の音と人間の音を明確に聞き分ける者だ。

 動物を装って追跡を誤魔化していると言うのに、喋ったりすれば人間がそこに居るとばれてしまうからだ。


 その時はただ追跡がばれたでは済まない。

 何故なら、監視対象は高位奴隷と中央の人間を殺そうとしたからだ。


 幸いにも襲撃は未遂に終わった。甲冑を着込んだ守護奴隷達が身を挺して守ったからだ。


(それにしたって、回し弓で貫通出来ない程分厚い甲冑を着込んであの動き……。本職はミリ以上って事か)


 実際には、ヤードの目方より甲冑は軽い。

 流石の資料廟も森林内で活動する奴隷に、防衛任務に当たる不動隊の装備を支給したりはしない。

 そしてそんな事情をヤードは知らない。

 ヤードの中で奴隷は超人集団なのだから。


 するすると急勾配を駆け上りながら、ヤードはルートから支給された武器にちらりと視線を落とす。

 L字型の金属筒が腰元に下げられていた。

 長い方の先端から小さく短い矢が目で追えない速度で飛び出す。

 威力は金属製の鎧を難無く貫通するとルートは言っていたが、ヤードはそれを確認していない。


 何故なら、それを使えるのは森林の奥深くだけだからだ。

 具体的にどのくらい深い場所で使えるのかも良く分からない。

 ルートは明確な基準をヤードに教えなかった。


 再び正体不明の弓に視線を落とす。


 回し弓とは明らかに異なるその小ささ。

 そもそも内弦を張るための回転機構が付いていない時点でこれを弓と呼べるのかどうか。

 ――そもそも回し弓を弓と呼ぶこと自体が正しいかどうかはさて置き。


 その小ささで破壊力は撃ち出し槌並みだとルートは言った。

 どこにそれ程の機構が詰まっていると言うのか。


 思考は浅く、意識と視線は即座に前方を移動する監視対象へと戻す。


 万が一監視対象に自身の存在が露見した場合、交渉の余地も無く攻撃される事は間違いない。

 資料廟や統治院に文字通り弓を引いた――文字通り引いた。古弓も使っていた――奴だ。


 遠方に見える対象の名前を思い出す。アールと言う名前の新参者だ。

 実力は間違いなく高い。その上器用だ。


 樹上から古弓特有の曲射と速射で雨の如く矢を降らせ、相手の意識が上方へ逸れた瞬間には既に地上に降りていた。

 回し弓と異なり、古弓の曲射は射ってから中るまでに時間差がある。

 地上に降りれば背負っていた回し弓での精密射撃。

 あれが高位奴隷に中らなかったのは単に守護奴隷の反応速度が超人的だったと言うだけだ。


 逃げる際には背後も見ずに小絶ちを投擲して、刺さりこそしなかったものの半数以上は命中した音がした。

 追跡を撒くのも手馴れた感じが見受けられた。

 息をする様に偽装隠蔽し、音も無く森に溶け込んだ。


(俺が撒かれなかったのは偶然に近い。全く気付かれていないのではなく、俺を小動物と誤認しているのに過ぎない)


 それがヤードの常套手段だ。

 完璧な隠密等不可能だ。

 生きている以上心臓は動いているし呼吸は永遠には止められない。


 何より匂いだ。

 今回は相手が人間であるためにそこまで気にする必要は無いが、害獣相手だとこれが致命的になる時もある。


 アールの背中がヤードの視界から消えた。

 それでもヤードは焦らない。

 アールの匂いがするからだ。


 それは決して濃くはないが、ミリに比べれば濃密であるとすら言えた。

 恐らくは追尾してくるヤードの気配を不審に思ったか、害のある獣の類と考えて撒こうとしたのか。

 ここで露骨な行動を見せればそれが人間であると教えてしまう場合がある。

 素知らぬ気配で、直進する。


 姿を見られない様には気を使っている。

 頭から毛皮を羽織ったその姿は、遠目に見れば獣にしか見えない。

 ちりちりとした視線を感じながら直進し、姿を隠す。


 追ってくる気配は無い。

 視線を感じた獣が欺瞞行動を取る事は特別な事では無い。

 しばらくすると、アールが動く気配を感じた。


(行先は……遺跡か)


 ヤードは心臓が締め付けられる様な息苦しさを感じた。

 ここ数日、ヤードはアールを付け回している。

 だからアールが遺跡の周囲をうろついていた事を知っているし、アールが襲撃した奴隷がその遺跡を守護していた事も知っている。


 そして、ヤードはその遺跡を知っていた。


 かつて、立ち入った事もある。


「ミリバール」


 思わず呟いてしまったが、十分に遠ざかったアールには聞こえなかった。

 後悔と恐怖と闘争心。


(先回りするか)


 そして固まる決意。

 過去と相対する、決意。


 腰元の正体不明の弓に手を這わせる。

 射る事が可能かどうかはともかく、一度試射すべきだろうかと考え、結局何もせずに手を離す。


 失った利き手が、ずきずきと痛んだ。



 社長がお茶を啜る。

 その隣にはルートが座っていた。


「あまり感心しないけどな。あれを部外者に渡すのは」

「外付けがなければ大した脅威ではないネ。それに無効化する方法もあル」


 ルートは辺境では高価な蒸留酒をちびちびと飲んでいる。

 閉都の流行は専らアルコール度数の高さにあり、それを呷れる胆力のみが重視されている。

 味と言う面だけでみれば、辺境の酒の方がまだ旨い。


「文化ってのは一度廃れると元には戻らないものネ」

「酒精が高い方が汎用性はあるからな。その方向で定着したのだろう」


 社長は酒を嗜まない。下戸だからだ。

 ただし、飲んだように見せかける技術は持っているので、その事を知る者は極僅かだ。


 その極僅かな者の一人、ルートが目に暗い炎を灯して社長に視線を流した。


「今回は良い機会ヨ。邪魔な奴等は一掃してやル」


 詐欺師も邪魔するカ? と剣呑な雰囲気を纏わせるルートの隣で、社長は涼しい顔をしてお茶を啜る。


「後始末する身にもなって欲しいものだよ。まあ、中央に関してはしばらく大丈夫さ」


 手は打ったと社長は口の中で笑った。


「炉を私の管理下に置けるなラ、回りくどい事は不要ネ」


 全て磨り潰してやルと笑い、ルートは蒸留酒を少しだけ口に含んだ。

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