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数字

 社長が解体絶ちで何も無い空間を絶つ様な仕草をすると、数枚の小さな花弁がはらりひらりと宙を舞う。


「今度中央から監査員が来たら見せようと、新しく開発した奴なんだけどどう思う?」

「止めて下さい。お願いですから止めて下さい」


 ニュウが真剣な目をして懇願する。

 統治院の者達は社長に直接文句を言ったりはしない。

 社長がそれなりの実益を提供しているのもそうだが、何より言っても意味が無いからだ。

 ならば少しでも意味のある人物にと、社長秘書のニュウに全ての文句が集中するのだ。


「統治院と対面して絶ち類振り回すとか、いくら辺境だからと言っても殺されますよ?」

「何度もやった事あるぞ? 撃ち出し槌突き付けた事もあるし、逆に腕を絶たれた事もあるな」


 ニュウは社長の両腕に視線を這わせる。

 社長が奇術――周囲からは魔術とも言われる技を披露する際には、決まって袖をまくって素肌を露出させる。

 それは袖口に仕掛けが無い事を誇示するためだ。

 そして、ニュウの見える範囲で腕は本物の様に見える。

 それの意味する所を考えたニュウは、自分でも意味の分からない結論に到達した。


「腕って絶っても生えてくるんですね」

「そんな訳ないだろう?」


 社長はニュウの妄言をばっさり絶ち捨てると、自らの左腕を手首の辺りで絶ち落とした。

 少量の血が飛び散り、絶たれた拳が机の上でごろりと転がる。

 ニュウは辛うじて悲鳴を呑み込む事に成功した。


「こうやってくっつけるんだよ」


 社長は普段と何も変わらない涼しげな顔で拳を拾い上げると、断面をくっつける。

 ぬちゃりと、血液に濡れた断面が生々しい音をたてた。

 社長がどこからか取り出した布切れで断面から押し出された血を拭うと、そこには何の傷痕すらない皮膚が見えた。


「ほら、な?」


 絶たれた筈の手が何度か開閉される。

 ニュウは達観した目でその様子を見ていた。

 社長のする事に一々驚いていたのでは身が持たないからだ。


「ふむ、むしろコレをやった方が受けはいいのかな?」

「止めて下さい。お願いですから止めて下さい」



 辺境の者達が中央と呼ぶ場所がある。

 正式名称は自治領連内基幹都市、そこに住む者達からは閉都と呼ばれる場所だ。


 一般的に中央に近付く程人工物が多くなるのが自治領連であり、辺境から中央と呼ばれるその場所は半球状に連結建築された構造物に覆われた都市である。

 それらの構造物は守備機工と呼ばれる防衛兵器群であり、その規模は自治領連内で最大だとされる。


 しかし、中央に行けば行く程害獣との遭遇率が低下するのもまた自治領連の特徴であり、それ故にこの守備機工は年間数度しか使われる事は無い。

 その様な環境だからこそ、その毛皮には価値があった。


「改めて実物を見ると実感致しますわね。辺境は魔境であると」


 椅子に座った初老の女が、床に広げられた大猪の毛皮を見下ろして、無機質な声音で呟いた。

 彼女は計数監査と呼ばれる高位寮官だ。


 ミリが狩った大猪の毛皮は一枚の毛皮として加工され、輸送も含めて僅か四日で中央へ到着した。

 売却先は数信寮と呼ばれる研究機関である。


「豚はどう育ててもここまで大きくはならんと言うのに。最大でもこの半分程度だったかな?」


 四つん這いになった中年の男が、呆れた様な感心した様な顔で毛皮の大きさを測っている。

 彼は数量改め方と呼ばれる準高位寮官である。

 奴隷以上に外に出て来ない数信寮の者達にとって、大猪の毛皮は得難い研究材料である。

 故に、大金が社長の元へと流れている。


「それにしても魔術師ね……。あら、自称は奇術屋だったわね」

「得体の知れない奴だ。奴に関する数字は大抵矛盾を孕んでいる」


 数量改め方が腰を押さえながら立ち上がり、腕を広げて肩甲骨を鳴らす。

 その手には、毛皮を計測して得た様々な数字が多数書き込まれた獣皮紙と鉛筆が握られていたが、傍に控えていた無役の少年がそれらを受け取り別の部屋へと去って行く。


「で、どんな感じでしょうか?」


 計数監査は椅子に座ったまま微動だにせず、その視線と口だけが動いている。

 問われた数量改め方はどうもこうも無いなと愚痴る様な前置きをして、息を詰まらせながら上体を背中側に反らせた。

 みしみしと、不健康な音が小さく響いた。

 呻きながら上体を起こし、嘆息して首を振る。


「正確な所は勘定役の仕事を待ってからだが、辺境が閉都と根本的に異なる事は間違いないな」

「基本的な所は予想通りと言う訳ね。となると次は原因だけれども、提唱されていた要因では大気の構成と食物の質、そして魔法が残存している可能性ね」


 計数監査が若干の不快感を顔に出して、事前討議の結果を思い起こす。


 辺境には辺境の、中央には中央の理由で、食糧問題は存在する。

 近年の肉食志向の広がりにより、中央では家畜化された害獣の効率的な肥大化が研究課題となっていた。

 だが、どうしても辺境程生物が肥大化する事はなかった。


「辺境では人間の能力も向上傾向にある。辺境は根本的に閉都とは異なる、と言う分かり切った事が再確認されたと言う訳か」


 数量改め方が憂いを含んだ声で呟いて頭を振る。


「それでも一応収穫はあった」

「あら?」


 どこか投げ遣りな数量改め方の言葉に、計数監査が興味を示す。

 しかしそれも、次の言葉で霧散した。


「骨格強度から予想される重量上限値を逸脱していないのはほぼ確実だ。肥大化させる手段は不明瞭なまま、その上限だけが強く示唆されていると言う事だな」

「なんとまあ、残念な話ね。でも、目標とする数字が明確になったと喜ぶべきよね」


 計数監査が目頭を押さえて天井を仰ぐ。


「やはり問題は現地調査が必要であると言う点か」

「でも、全ての観測行為は相互に影響すると言う弊害が存在するわね」

「加えて何を計数するのかが明確な状態では、必ず数字に偏りが出てしまう」

「悩ましいわ」

「悩ましいな」


 計数監査と数量改め方が揃って嘆息する。


「次は統治院が送った監査員の帰還待ちか……奴等は多くの数字を持ち帰らないが……」


 そもそも生きて帰って来るのか? と言う素朴な疑問は言葉には変換されず、二人の内に呑み込まれる。


 数量改め方が毛皮の上から降りると、どこからともなく二人の無役の青年が現れ、毛皮を丸めて回収して行った。


「それでも、何度も辺境と閉都を往復した者には幾つかの数字で顕著な変化が見られるのもまた事実よ。今回もそれらの数字に新たな数字が積み上げられると解釈し、成果とすべきね」

「なんとも迂遠な数字だ。しかし、数字とは直接的な物でありながら迂遠な物でもある」


 数量改め方は椅子に腰掛け、懐から煙草を取り出すと火を点けた。

 薄紅色の煙がもうと漂い、空気中へと溶けて行く。


「やはり、辺境を辺境たらしめる要因を特定する必要があるか……。少なくとも辺境から閉都側へ向かって来る害獣の存在は脅威である」

「それが数字を信奉しない者達にも分かりやすい数字であると言う点も肝要ね」

「閉都が内包する数字は、辺境側からの脅威に対して貧弱である。そんな明白な数字すら数字を信奉しない者達は分かろうともしないからな」

「閉都がいかに危うい数字の上に成り立っているのかも知らないのよねえ……」


 計数監査が口だけで深い溜息を吐く。


「加えてここ最近資料廟の数字が騒がしい。奴隷の連中は隠している積もりらしいがな」

「隠そうとするだけ統治院より有能なんじゃないかしら? 今回も一切数字を隠蔽する事無く二人辺境に送り込んでいるわよ?」

「統治院はあれで隠している積もりだろう。監査員と名付けてしまえば不随する数字は除外されると信じている」

「あら、そんな事言われるとその数字に自らの数字を紛れ込ませている資料廟もまた無能に思えてしまうわ」

「どちらも直接的な観測を行う時点で無能だとしか思えない」

「辺境の数字を取り込む事で自身の数字を強化する意味はあるかも知れないわよ?」

「まあ、統治院も資料廟もそんな考え方を好む奴らではあるが、数信寮の考え方は違う。そうだろう?」

「そうね、数信寮は逸脱した数字を排除する事が目標ね。決して取り込む事に意味を見出さないわ」

「だが――」


 数量改め方が不意に言葉を区切り、僅かな沈黙が部屋に立ち込める。

 計数監査もまた、続きを促さず沈黙を選択した。


 二人とも理解はしていた。

 口先だけの数信寮よりも、行動を伴う統治院と資料廟に価値を見出す者が多い事を。

 その考えが言語化される事は無い。

 二人とも理解しているからだ。

 行動を伴わない思考の重要性を。


 しかし、今回そのどちらが有用な結果を出すのか。

 それを予測するのには数字が足りていなかった。


「――これが書き物ならば、小難しい台詞の続く単調な文面になるのだろうな」

「確かに、数信寮では動作も表情も最低限で済ませる事が推奨されているわね」

「当然、我々には過度に描写する必要がある事象がある訳もない」

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