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遺跡

 社長室にニュウの姿は無い。

 ニュウは忙しいのだ。いつも社長室に居る訳では無いのだ。

 そして忙しいのは大体社長のせいなのだ。


「ああ、面倒だ。僕は手出しする気はなかったのにさ……。いっそ皆殺しにてしまいたいよ、楽だから」


 社長は足を机の上に投げ出して、気だるげに肩を竦めた。

 普段作っている自信に満ちた表情は無い。ただ不満気で眠たげな顔で天井を見ていた。

 その頭の中では様々な情報が精査され、整理されている。

 いい加減な態度と胡散臭い見た目。

 それらに反して思考はどこまでも理路整然としている。

 だからこそ、社長は筋書きから外れた物事を嫌う。

 しかし同時に、それらの想定外に即座に対応する力を持っている。


「互いの目的が少しだけずれているんダ。この手の齟齬は避けようもなイ」

「別に魔女様に文句は無いんだよ? 面倒なのは夢見る餓鬼共さ」


 ああ面倒だと言い、手足をじたばたさせて身体を揺らす社長。

 彼の名前を知る者は少ない。

 社長、奇術屋、魔術師。

 大抵は代名詞で呼ばれるからだ。

 社長の名前を知っているのはそれ相応の立場に有る者だけである。


 辺境において絶対的な権力を有する社長と、対等な立場に有る者は少ない。

 ルートはその数少ない者の一人であったが、例外的に社長の名前を知らない。

 知る必要が無いからだ。

 ルートと社長は互いに利用し利用される関係。

 社長は二人の関係を互恵関係等と呼ぶが、ルートの認識はそれとは異なる。

 化かし合い。ルートは自身と社長との関係をそう呼んでいる。


「詐欺師、もし私の邪魔するなラ、殺すヨ?」

「うん。魔女様はもうちょっと僕に優しくしてくれてもいいと思うんだ?」


 ルートは侮蔑を込めて、社長は親愛と敬愛を込めて、互いをあだ名で呼ぶ。

 詐欺師と魔女の間を、噛み合わない空気が隔てていた。



 探索士と呼ばれる者達がいる。

 その者達が何を探索するのかと言えば過去の遺物だ。

 どこで探索するのかと言えば辺境やその更に外側だ。


 弊獣社が実質的に統治する辺境拠点。その北に広がる森林の奥に、一つの遺跡が存在している。

 かつて名うての探索士集団が調査に乗り出し、隊長であったミリバールを含む十名が死亡指定された遺跡だ。

 遺跡は高さ5メートル程ある半球状の構造物で、外壁は未知の金属で覆われていた。

 その周囲数メートルの木々は伐採され、丈の長い草も刈り取られている。


 弊獣社によって調査はおろか接近する事すら規制されている遺跡の周囲に、甲冑で身を固めた者達が展開されている。

 甲冑達は遺跡に背を向け、周囲を警戒している。

 両手で特大型の撃ち出し槌を携え、背中にもう一丁予備が括られていた。

 それらの装備は狩人のそれではない。


 森に分け入って、獲物を狩って帰って来る。

 稀に野営を行い数日間に渡って狩りをする猛者も存在するが、基本的な狩人の仕事形態は日帰りである。

 そのために求められるのが身軽さだ。間違っても甲冑を身に纏う事は無い。


 甲冑の一人が撃ち出し槌を構え、その視線が森の中に向けられた。

 他の甲冑もその一人に倣う。

 森の中からは低い翅音と共にがちがちと何かが打ち合わせられる音が響いてくる。

 そして時折、硬い何かが割れる音。

 音は徐々に減り、甲冑達は警戒を薄めて行った。


 不意に、森の中から黄色と黒に彩られた甲虫が飛び込んで来る。

 体調一メートル程の、中型の蜂だ。

 蜂は一本欠けた足で甲冑の一人の上半身に取り付き、下腹部を大きく曲げて針を撃ち出した。


 大きな衝突音が二度響く。


 一つ目は蜂の針が甲冑を凹ませた音。

 二つ目は撃ち出し槌が蜂の顎から頭頂を貫いた音。


 頭部を撃ち抜かれながらも甲冑にしがみ付く蜂に、別の甲冑が駆け寄り撃ち出し槌を密着させる。


 三度目はそれ程大きな音にならなかった。

 撃ち出し槌は蜂の胸部と腹部を繋ぐ節に打ち込まれ、これを分断した。

 針を出した腹部がぼとりと地面に落ち、胸部とそこから生える脚は無理矢理引き剥がされて打ち捨てられた。


 撃ち出し槌を使用した二人の甲冑は伸びきったそれを地面に捨て置き、予備を手に取ると森へと向けた。

 その動きに焦りは見受けられない。


 森の中からは蜂の音は聞こえず、数名の甲冑に護られた三人の男がゆっくりと歩いて来る。

 甲冑達の表情は面に覆われて見る事は出来ないが、三人の男はそうではなかった。

 一人は青を基調とした法衣に身を包んだ穏やかな表情の男。

 どこからどう見ても奴隷、それも神祇官と呼ばれる高位奴隷の出で立ちだ。

 残りの二人は黒を基調とした礼装の男。土気色のその表情は硬く強張り、視線が落ち着き無く周囲の様子を伺っている。


「今日の神臨の加護に感謝を」

「今日の神臨の加護に感謝を」


 神祇官が聖印を切って祈りを捧げると、遺跡を囲んでいた甲冑も一斉に聖印を切り祈りを捧げる。


「今日の神臨の加護に感謝を」


 続いて森から来た甲冑達も聖印を切り祈りを捧げる。

 礼装の男達は若干の侮蔑と恐怖の混じった眼差しでそれらを見ていた。


 祈りを捧げ終わった甲冑達は礼装の男達に注意を向ける事無く持ち場に着く。

 やって来た数名が遺跡を囲む側に加わり、遺跡を囲む側から同数が離脱した。


「交代の者は私がこの方々に遺跡を案内する間だけこの場で待機していて下さい」


 神祇官がそう告げると、離脱した甲冑達が互いの顔を見合わせる様な動作をした後聖印を切り、撃ち出し槌を杖の様に使い小休止の姿勢に移行する。

 神祇官は聖印を切り返してから礼装の男達へ身体を向けて、微笑んだ。


「では御二方、遺跡の中をご案内致します」

「じ、神祇官殿、少し休憩を挟まないか? ここまでの道のりが我々には少々刺激的過ぎた様だ」


 獣と虫のどちらがより脅威となるかと言う問いに対する答えは、状況によるとしか言い様がない。

 だが、どちらにより恐怖を覚えるかと言う問いかけとなれば、多くの場合は虫に軍配が上がる。

 人は自身から大きく掛け離れた存在に恐怖する。

 ある程度身体の作りが似ている獣より、虫の方が恐れられる。

 或いは異質な精神構造と言う意味では奴隷も同じか、なまじ外見が同じである分だけ上なのかも知れない。

 礼装の男達が神祇官を見る目には確かな恐怖が見えている。


「休まれるのであれば、遺跡の中の方がよろしいかと思われますが? 壁の大半は分厚い鉛ですし、外殻は未知の合金で試料の採取すら不可能な硬度を有していますから」


 笑顔で提案する神祇官に、礼装の男達は土気色の顔をより一層険しくした。

 それはミリバール率いる探索士集団が壊滅した事をよく知っているからだ。

 中央にも名が知れていたミリバールの死亡指定は、辺境よりも中央の方で大きな話題となっていた。


「し、しかしだな」


 神祇官の笑顔に、遺跡に、虫に、礼装の男達はただただ恐怖しか感じていない。

 視線の定まらない礼装の男達を見ていた神祇官が、その視線を横に流した。

 その先には周囲を警戒する甲冑の一人が立っていた。その甲冑は神祇官が視線に乗せた意図を正確に把握すると、森へ向けて撃ち出し槌を構えた。

 その様子を見た他の甲冑達も撃ち出し槌を構える。

 礼装の男達の中で拮抗していたそれぞれの恐怖の中で、虫に対するそれが他の恐怖を大幅に塗り潰して広がった。


「そ、そうだな! 中で休憩しよう!」


 競う様に遺跡の中に駆け込む礼装の男達。

 神祇官はそれを微笑みながら見送ると、聖印を切った。

 親指を立てた状態で左手を軽く握り、親指の腹を上にして首の前を右から左へと横移動させ、そのまま左胸を親指の先で二回叩く。


「彼等が神臨の奉護とならん事を」


 神祇官は微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと遺跡へと踏み出した。




 その様子を、ミリは森の中からずっと見ていた。

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