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噂と噂

 これは少しばかり昔の話だ。


「住み付いた? あの遺跡に?」


 ミリバールは怪訝な表情で蒸留酒を呷った。

 社長は若干疲れた声で、住み付いたのですよと繰り返した。


「ええ、住み付いたんですよ」

「でも武装してなかったのか? 暗殺しようとしたんだろう?」

「実行犯はその場で殺されて、他は逃げた様ですね」


 社長の言わんとする事を理解したミリバールは、呆れた様に言葉にならない声を漏らす。


「で、何人死んだ?」

「追っていた私兵が四人。全滅ですね」

「暴力犯罪者でかつ裁きを受けていない奴等が武装して侵入したと見做されたって所か」

「恐らくは」


 社長とミリバールは二人同時に深い溜息を吐いた。


「でも、包囲しておけばその内のたれ死ぬんじゃない? あの辺り大猫とか熊とか出たよな?」


 ミリバールの言葉に、社長は遺跡に予期せぬ誤作動を確認しましたと平坦な声で言った。


「詳しくは調査中ですが、何かしらの条件で害獣にも反応する様です」


 ミリバールはうへあと嫌そうな声を漏らした。


「で、俺にコネを使って欲しいって所か?」

「いえ、何か言って来るまでは黙って置こうかと」


 社長の言葉にミリバールは訝しげな顔をして、次の瞬間に納得した顔をした。


「全滅だからか」

「ええ、全滅だからです」


 社長の言葉にミリバールはそうかと短く呟いて、首を傾げる。


「何で奴等を生かしておくんだ?」

「背後の組織や目的が今一不明でしてね。私見ですが色々混ざり込んでいるのかと」


 そう言って、社長は保冷庫からミルクを取り出しに立ち上がる。


「領主側が遺跡の機能不全をどこまで理解したが若干不確定要素ですが、まあ、自らの過失を大っぴらにしない可能性の方が高いかなと」


 社長がそう言った瞬間ミリバールの目が若干泳いだ。

 しかし背を向けている社長はその様子を見ておらず、ミリバールに警戒心を向けてもいなかったため僅かな気配の変化を感じ取る事も出来なかった。

 ミルクを取り出した社長がミリバールの方を向いた時にはもう普段通りの傲岸不遜なミリバールに戻っていた。


 まあ、半々でしょうか? と言う社長に、ミリバールは七三程度じゃないのと嘯く。


「そうである事を願うとしましょうか」


 ミルクで口を潤す社長は、最後までミリバールの視線の奥にある感情に気が付かなかった。





 東域の深部、一見して何も無い様に見える小高い丘に枝葉で隠蔽された入口があった。

 隠蔽は雑なものだったが、この様な深部まで踏み入る者がいないため十分に機能していた。

 内部は植物の根による浸食が見られるものの比較的状態の良い遺跡だった。


 その遺跡の比較的浅い場所に三人の人間が住み付いていた。

 東域深部の遺跡に五年余り潜伏しているとは思えない程小奇麗な者達。

 彼等の生命線である物資調達係、それがノットである。


「……それで結局どうなってるんだ?」


 禿頭の男がノットの話を総合して、端的に問い掛ける。

 ノットは私にも分からないわと回答し、三人から不満気な視線を返された。


「何か起きているのは確かなんだけど、全容はさっぱりなのよ」


 社長の不在と領主周辺の不穏な動き。

 そんな中でノット自身に注目が集まるのはある程度仕方ない事だ。

 そうなる様な噂をノット自身が流したからだ。


「計画が雑だったんじゃない?」

「そもそも計画と言える物じゃなかったからな」


 顔に火傷の痕がある女が禿頭の男を責める様に睨み、四角い顔の男がそれに追随する。


「それは分かっている。だが、我々もいい加減限界だっただろう?」


 禿頭の言葉に火傷と角顔は不承不承と言った生返事を返す。


「実際、今がチャンスかもしれない」


 ノットはそう言って把握出来ている情報を纏めて行く。


「確かな事は東域に入る狩人は全く増えなかったと言う事。残念ながら亜人の噂で東域に注目を集める策は失敗したわね」


 東域は入森制限がされている。だが、それは一般には公表されていないし、分かり易い形での制限ではない。

 東域に入ろうとする狩人の半分程には、何故か他に実入りの良い仕事が舞い込んだり狩りを休止せざるを得ない事情が発生する。

 残りの半分は東域に入ってそのまま消息を絶つ。その様な者の大半が何故か急に東域に興味を持ち始めるのだが、その理由は定かでない。表向きには。


 そして、東域周辺を通る中央との連絡路は領主の私兵が手厚い巡回を強いている。

 表向きは連絡路の保守保全となっていて、狩人は誰一人その事を気にしていない。

 東域周辺に巡回が集中していると言うよりは他が手薄で、噂では弊獣社に東側以外の辺境の利権を奪われた結果だと言われ、ノット達もある程度それを信じている。


 そしてその巡視は東域に潜伏する者達が中央へ逃亡する事を妨げている。

 ノットが流した噂、東域で亜人と遭遇した話は東域周辺に狩人を集める事が目的だった。

 そうやって隙を造り出したかったのだ。


 しかし、誰も疑問を持たない。ノット達もまた疑問を持たない。多くの噂の出所を誰も知らない事に。


「でもここに来て運が向いて来たかもしれない」


 噂は噂である。不確かで、真実を含み、面白おかしく語られる。


「と言うと?」

「巡回が大幅に減っている。と言うか私兵の大半が屋敷から出て来ない」


 噂は噂である。辺境に置いては重要な娯楽で、需要に対して供給が行われる。


「どう言う事だ?」

「疫病が発生したって噂が出回っている。社長が出て来ないのも、領主の私兵が屋敷に籠り始めたのもそのせいだと」


 噂は噂である。所詮人は自分の見たい事しか見ていないのだから。


「それは本当なの?」

「分からない。けど、解体士もこの所姿を見せていない。それ以外にも姿を見せなくなった者がちらほら出ているらしい。で、これはちょっと困った話なんだけど」


 ノットはそう言ってから、少し言い淀んで困った顔をした。


「私が亜人の風土病を持ち込んだって噂も流れていて、物資の調達が難しくなりそうなのよね……」


 誰もが噂と踊る。それが真実かどうかは、実はそれ程重要では無い。

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