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発端

 これは少しばかり昔の話だ。


 背の低い女。

 瞳は黒く大きく、顔には皮肉気な笑みが浮かんでいる。


 閉都でも知らぬ者の居ない探索士、ミリバールは社長の前で蒸留酒を豪快に煽った。

 一方で社長が飲んでいるのはミルクである。


「今日は牛? 山羊?」

「牛と山羊のハーフブレンドさ。癖の無い牛の中に殴る様な山羊が身を隠している」


 社長は味わう様にミルクを口に含み、ミリバールは蒸留酒を豪快に呷る。


「相変わらず女々しい飲み物に寂しい飲み方だな」

「師匠は少しばかり大雑把で豪快過ぎる」


 社長にしては珍しく煙に巻かない言葉選び。

 それは社長とミリバールの複雑で曖昧な関係が影響している。


 ミリバールは社長にとって戦闘技能の師匠であり、同時に社長はミリバールにとって交渉技術の師匠である。


 だが、社長はそれとは別にミリバール対して敬愛を抱いている。

 ミリバールは社長にとって理想の存在なのである。

 一方でミリバールにとって社長は有象無象に毛が生えた程度である。

 自己評価が限界突破しているミリバールにとって、自分以外は皆不完全な存在だからだ。


「で、態々僕の寝室まで侵入した用件は?」

「東の森に狩人を入れるな。死ぬぞ」


 単刀直入な社長の問い掛けに、端的な回答が成される。

 社長はしばし眉根を寄せてミリバールの言葉を吟味し、正解へと辿り着く。


「遺跡、か。それも広範囲に渡る」

「相変わらず俺が教えたくねぇ事まで察しやがるなお前は」


 分かり易過ぎだと思うがねと言われたミリバールは、面白くなさそうな顔でグラスに蒸留酒を並々と注いで、それを即座に飲み干した。


「現状俺しか安全に探索出来やしねぇ。隊の連中は俺以外全員条件を満たして無いからな」

「……今ので遺跡の種類と特性がある程度まで予想が付いたんだが」


 社長が眉間を指先で揉みながら、周辺の開発計画に必要な修正を脳内で組み立てて行く。


「はん? 察したってのなら吹っかけねえと損だろうが、俺が」


 ミリバールはグラスを置くと瓶から直接酒を煽る。


「あの手の遺跡は一歩間違えれば俺でも死ぬかってくらい危険だからな。愚弟にもこの事は伝えておくわ」


 そう言ったミリバールが、別種の遺跡で命を落とす事になるのはそれから少しばかり未来の話である。





 辺境では噂は重宝される。

 情報源としてもさる事ながら、娯楽としても優秀だからだ。


 娯楽として噂を求める者達にとって、その真偽はそれ程重要ではない。

 だから、その噂を本当に信じていたのは極一握りの人間だけだった。


 その日までは。


 噂話と言う曖昧な情報源としては珍しい事に、今回の噂はどこから発信されたのかはっきりしている。

 場所は弊獣社の社屋に併設された解体室の前、関わる人物は非武装のノットと解体士のポンド。


「いや、質問の意味が分からない」

「だから、獣人の心臓は人と同じ場所にあるのかと聞いたのよ」


 時間は夜の入口に差し掛かろうかという頃。その日の仕事に手間取った狩人がわらわらと納品と手続きを済ませに押し寄せる時間帯だ。

 ノットもポンドも声量を抑えようとしていなかったので、何人もの狩人がその会話を聞いていた。


「種類は鹿の獣人。体格は私と同じくらい。四足歩行と二足歩行じゃ肩周りの構造って全く違うじゃない? だから聞いてるのよ」

「いやまて、獣人を見たのか?」


 聞き耳を立てていた狩人達の疑問を代弁したポンドの質問に、ノットは即座に肯定を返した。


「見たから聞いてるのよ」

「……鹿か?」

「顔はね。でかい角を頭に生やして二本足で立ってて、育ちの良さそうな言葉遣いで物腰は柔らかかったわよ」

「喋るのか!?」

「じゃなきゃ狩って来たわよ」


 周囲の狩人が色々な言葉を呑み込みながらその会話を聞いている。

 妙な静けさが辺りに満ちていたが、ノットにその雰囲気を気にする様子は無い。

 ポンドは視線が自分達に集まっている事を一瞬だけ気にしたが、だからと言って声を潜めるのもまた違うと感じた。

 ポンドは解体士なのだから、現物が持ち込まれない限り大した影響は無い。と、この時は考えていた。

 そして何より、ノットに会話を秘匿しようとする意志は無さそうだからだ。


「それで、狩る時の参考に心臓の位置を?」

「確実に狩る為よ」


 獣人に関する噂の数々がポンドの脳裏を駆け巡ったが、取り敢えずは質問の回答をと思考を切り替える。

 結局所ノットが聞きたいは、鹿の獣人が居たとしてその心臓がどこにあるかだ。

 そしてその先にある質問も把握して、ポンドは回答を導き出した。


「腕の可動域が人間に近ければ人間と同じだと思うが? 四足歩行だと背中に腕は回らないからな。いずれにせよ二足歩行って事は胸を晒してる訳だからな、獣よりはやり易いだろう」

「……そう、参考になったわ」


 まあ、普通に考えて正解は不明だ。

 非常に曖昧なその返答に、ノットはそれ以上質問を重ねる事は無かった。

 その後ポンドは仕事に戻り、ノットは社屋を去って行った。

 そして、一つの噂が辺境を巡るのには一晩もあれば十分だった。


 辺境は娯楽に飢えている。

 誰もが噂を求め、瞬く間に消費されて行く。

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