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亜人の国

「そういや聞いたか、あの話」

「閉都の内乱騒動が激化してこっちに逃げて来る奴が多いって話か?」

「ちげぇよ。あれだよ、亜人の国」

「ああ、獣の姿をした人ってやつか? 小型種の熊でも見たんじゃねえのか?」

「それがよ、ノットが会話したらしいぞ」

「ノットって、非武装のノットか?」

「おうよ。あの女は良く分からん奴だが、狩人としては多分一人前だ。見間違いや与太話の類だとは思えねぇ」

「ああ、でもノットかぁ。いやでもなぁ……俺はどうにも胡散臭いと言うか……ノットなぁ……」





 ポンドはげんなりとした顔で溜息を吐いた。

 ここの所、弊獣社の社長から引っ切り無しに無理難題を吹っかけられるからだ。


 ポンドの本職は解体士であり、副業は情報屋であり、前職は殺し屋である。


 決して便利屋でも社長秘書でもない。それ以前に社長秘書と便利屋が同義となるのはニュウに限定された話だ。


「気持ちは痛い程分かりますが、いい加減慣れないと大変ですよ?」


 本職の社長秘書が、励ます様で突き放す様な言葉を投げ掛けて来る。

 社長に慣れ切ってしまったこの女はもう手遅れだろう。もっとも、ポンドもまたそうでないと言う確証は無いが。

 実際ちょっと慣れ始めているのだ。ポンドにとってその事が、最近の二番目に厄介な悩み事だ。

 一番目に厄介な悩み事は社長そのもので、三番目は目の前に居る。


 社長秘書、ニュウ。


 彼女は一言で表現するなら美女だ。

 美女ではあるが、可愛いと言う感想は湧いて来ない。

 切れ長の碧眼や怜悧な輪郭もさることながら、性格も可愛くない。


(まあ、日々あの社長を相手にしているのだから当たり前か)


 弊獣社は辺境を牛耳る組織だ。最近は閉都の騒動もあってより一層辺境における影響力が高くなっている。

 その騒動にポンドも関与させられたのだが。


「……一応確認するが、例の噂ってのは社長の仕業じゃないんだな?」

「……一応確認しますが、貴方は社長の言葉をどこまで信用出来るんですか?」


 悪足掻きの確認に、回答になっていない回答が返される。

 それがすとんと納得出来る辺りが、社長と呼ばれる人物を如実に物語ってくれる。


 そもそも貴方は発端の一人では? とニュウに問われて、ポンドは返す言葉も無かった。

 ポンドは判然としない何かを誤魔化す様に、目の前に広げられた三枚の獣皮紙に視線を逃がす。


 一枚は辺境東部の地図だ。

 それは一般に公開されている地図よりも精度の高いものだったが、それでも情報量は少ない。


 辺境は自治領連の南端に位置している。

 と言っても、地理的には自治領連の一部とは言い難い。

 鬱蒼と茂る森林地帯にぽつんと存在している様な有様だ。


 辺境から見て北側には閉都がある。

 両者を隔てる森林地帯は広大ではあるが、いずれ生産区画に呑まれるだろう。

 南側の森林地帯もまた広大だが、その先には廃都が存在している。

 となれば東西に向かって開拓を進めるしか手が無いのだが、何故か東側の開拓は進みが悪い。


 それに明確な理由は無く、その為に辺境では未知と不可思議の象徴とも言われ、東域奇譚と総称される数々の噂が語られている。

 それらは何も無い辺境に行き着いた者達にとって良質な娯楽の一つである。


 その中でも人気がある物語の一つが、亜人の国だ。


「東域に存在する人ならざるが人の様な者達の国か。耳長族と獣人と後は槌の民だったか」

「基本的にはその認識で合っていますが、一口に獣人と言っても基盤となる獣は多岐に渡ります。簡単に分類するなら有翼類、爬虫類、甲殻類、軟体類、毛皮類、そして犬と猫ですね」


 ポンドの曖昧な認識にニュウが補足を入れる。

 現役の情報屋が情報面で負けているのはどうなのだろうかとポンドは思ったが、社長秘書だからしょうがないかと納得した。

 社長は相当アレだが社長秘書も大概である。まあ、社長に比べれば随分常識的な範疇ではある。

 はて常識とは何だったのだろうかとも考えて、そもそも辺境で常識を語る事の無意味さに思い至る。

 ここまで全て現実逃避の為の思考である。


「犬と猫は別枠なんだな」

「閉都における愛玩動物の双璧だと聞き及んでいますが?」

「辺境の犬猫は可愛らしい存在じゃなかろうに……」


 犬に食い殺されたとある男の末路については知っていた。

 男は優秀な狩人であるのと同時に暗殺者でもあったが、犬の群れには勝てなかった。

 実際に見たのは憎悪を貼りつけた首級だけだったが。


 そして猫は犬より厄介な存在だ。犬と違い樹上から音も無く飛び掛かって来る。

 犬はしばしば軍隊に例えられるが、対する猫は暗殺者である。もちろん人間のそれよりも厄介だ。


「辺境の獣は全て害獣ですからね。森はどこだって危険ですよ? 社が結社される以前は毎月百人以上の未帰還者を出していたと言われています」


 森で死んだ場合、死体が発見される可能性は低い。

 その為に確実に死んだ事が確認されない者は未帰還者と指定される。

 二枚目の獣皮紙には未帰還者達の予想死亡領域図が記されていた。

 どの様な理屈でそれを判定しているのかは知らないが、ポンドはそれがかなり正確であると理屈の無い確信を得ていた。


「で、弊獣社が本格的に狩人に支援を始めてからその数は月当たり三十人程度に抑えられていると。辺境における実質的な支配者になる訳だ」


 辺境における権力者としては、辺境領主と呼ばれる者が据えられている。

 しかし、ここ三年の辺境領主は屋敷に籠って人前に出て来る事は無い。


 領主が屋敷に引き籠っている理由は定かでは無いが、無類の猫好きだった辺境領主が大猫に右腕を食い千切られたのだと噂されている。

 噂の真偽は不明だが、中央との連絡路で領主の私兵が騒がしかった事と、兵長を含む私兵四人とお抱え狩人四人が辺境から姿を消した事までは掴んでいる。

 ポンドはそれらと付随する幾つかの噂を思い浮かべて――強引に頭から振り払った。

 権力者が関わる噂なんぞ深入りしていい事は無いと、副業として情報屋を営む者らしからぬ思考回路で。


「ここに記された数字を見る限りじゃ、別に東域が際立って危険って訳じゃなさそうに見えるが?」


 ポンドの指摘する通り、未帰還者の分布に方角差は見受けられない。

 だがそれは、そう見える様に造られた数字だからに他ならない。


「そもそも、東域は社によって入森規制が成されています。詰まり、この未帰還者はほぼ全て練度の高い狩人です」


 辺境に流れ着いた者の大半は狩人になる。

 そうすれば弊獣社から回し弓と解体絶ちを支給されるからだ。


 そして、その半数は一年以内に死ぬか未帰還者となる。

 怪我や精神的な理由で狩人を続けられなくなる者も加味すると、一端の狩人になれる者は三割弱だ。


「まあ、それを利用して素行に問題のある熟練狩人は東域に送り込まれる訳ですが」

「そうやってさり気無く弊獣社の闇を突っ込むのやめてくれねぇか?」


 ポンドは溜息を吐いて頭を振った。

 最近この社長秘書は事ある毎にポンドを引きずり込もうとする。


「と言うか、あれ? こいつも素行に問題がある感じなのか?」


 社長から指示された仕事は二つ。東域の調査と、ある狩人の素行調査である。

 それ自体は珍しい話ではないが、問題はその狩人が東域を専門として活動する狩人である事だ。


「この狩人に関する社長の思惑は分かりません。私が聞いているのは、ポンドさんがこの仕事に必要な条件を満たしている事だけです」


 二人でどれだけ言葉を交わした所で、社長の意図など分かる筈も無い。

 ポンドは曖昧な呻き声を発しながら、三枚目の獣皮紙を手に取った。

 そこには一人の狩人に関する情報が記されている。


 非武装のノット。

 狩人達からそう呼ばれる女だ。


 閉都近隣とは異なり、辺境には女の狩人がそこそこ居る。その中でも群を抜いて優秀で、群を抜いて奇妙な狩人がノットだ。


 ノットは弊獣社から何も支給品を受け取っていない。

 その様な狩人もそこれなりに居る。

 だが通常それは古弓を得物とする古参の狩人だ。


 それに対して、ノットは完全な非武装で森へ分け入る。


 現地にある物を利用して獣を狩るとも装備を隠し持っているとも言われるが、その全容は謎に包まれている。


(その場にある物や人、果ては地形まで利用する暗殺を得意とする者もいる。或いは暗器を得意とする者も。そう考えると同業者か……?)


 与えられた情報を基にポンドの中で思考が渦巻く。

 それと同時に漠然とした違和感を覚えた。

 どうにもこの依頼が腑に落ちない。

 社長絡みの話ですとんと納得出来る物等無いと言ってしまえばそれまでなのだが。


(いずれにせよ自衛のための武装……は露骨でない方が良いか。いや、辺境で非武装と言うのは逆に目立つ。森の中でなら尚更。回転弓程度なら自然か?)

「後、武装はしてはならないそうですよ? 非武装で森に入れとか指示する方も実行する方も頭おかしいと思いますけどね」


 ニュウから告げられた無理難題に、ポンドは一瞬言葉を忘れた。

 普通に考えれば非武装で森に入るのは自殺行為である。


(まさか、俺を消すために……?)


 ポンドはそんな事を考えてすぐに否定した。

 社長がポンドを消そうとするならこんな回りくどい手段を選ぶ必要は無いからだ。


 ある日突然姿を消してその後の消息は掴めない。

 実例として名前も知らない閉都との連絡要員の事を今更思い出して、ポンドの頭の中に良くない想像が渦巻いた。

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