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剣も魔法も無い世界~anti-fantasy~  作者: 魚の涙
第一部

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13/25

死体

 弊獣社の社屋に入るなり、その狩人は固まった。

 窓口にいるニュウが纏う殺気に中てられたのだ。


 それは氷河の様に冷たく、火山の様に荒々しかった。

 いつもそこに座っているルートであれば暇そうに首を捻っているのだが、ニュウにそんな暇がある筈も無い。

 何枚もの羊皮紙を見比べながら、時折何かを書き込んでいる。


 固まっている狩人は腰からぶら下げた数羽の小鳥を売りに来たのだが、果たしてこんな些細な用事で声を掛けて良い物かどうか迷ってしまった。

 その肩にぽんと手が置かれた。


 神祇官の手だった。

 その狩人は神祇官の地位も役職も分からなかったが、ただ何かしらの権力を持つ人物だと言う事は身なりと立ち振る舞いから想像出来た。


「誰かが、声を掛けるしかない」


 神祇官が重々しく告げた。

 お前が行けよ、とは言い返せなかった。

 神祇官が纏う雰囲気は無駄に重厚だったからだ。


 見回せばその狩人より勘の良い狩人達が、神祇官ともニュウとも視線を合わせずに意味も無く、しかし自然にその場で時間を潰していた。


 空気を読んで空気に溶け込む事くらい出来なくては一流の狩人とは言えない。

 彼等は背中でそう語り掛けているようでもあった。


 神祇官とニュウ。

 異なる二つの尋常ならざる空気に挟まれて、三流狩人は若干の涙目で震えた。



 何でお前がここにいル?

 ルートはそう思ったが言葉にならなかった。

 言葉にならなかったが、表情からその思いは社長に伝わった。


「抜け道があってね。弊獣社の社屋からここまでこっそり来られるんだよ」


 社長が楽しそうにそう言った。

 いくら能力が高くても、いくら遺物が万能でも、遺跡の奥まで歩いて来た三人はそれ相応の恰好をしている。


 洗濯したての様に小奇麗な服を着た社長はそう言った意味でも浮いていた。


「なあ、色々聞きたい事は山程あるんだが、取り敢えず俺の報酬はどうなるんだ?」


 気まずそうな声でヤードが発言した。

 気まずそうではあったが、この半年ヤードが常に纏っていた陰湿な劣等感は見られなかった。

 たった一人で遺跡に潜り何日も生き延びた経験がヤードの劣等感を払拭していた。


 そしてようやく、自身のやらかしてしまった事に思考が回ったのだ。

 本来ヤードが成すべき仕事はアールの監視だったが、それを全部放り投げて遺跡の奥まで来てしまった。

 加えるなら、今の社長とルートの遣り取りを見て、本来の依頼すら正式なものであるか怪しいと疑っている。


 ヤードの不躾な疑問に、社長は胡散臭い笑顔を浮かべて歩み寄った。

 両手をヤードの肩の上に軽く乗せ、笑みを深くする。


「色々言いたい事もあったが、結果的に君は我社に対して良い仕事をした」


 そこで一息言葉を区切ると、社長はヤードの耳元に口を近づけて他の二人に聞こえない音量で囁いた。


「奴隷と中央の下っ端を殺した事は不問としよう」


 一番知られてはならない行為を知られている。

 ヤードの顔が強張ったが、社長の身体が壁になってミリとルートには見えなかった。


「実はここの地下には中央まで数時間で移動出来る装置があるんだが、君にはそこの警備をお願いしたい」


 ルートの頭の中に、地下鉄と言う単語が浮かんだ。


「やってくれるよね?」


 ヤードに拒否権は無く、ただ苦々しげに頷いた。

 報酬の件が有耶無耶になっている事にも気付かずに。


「ああ、それと、聡明な魔女様なら気付いているとは思うけど、ミリとは話が済んでいるんだ。これ以上争う意味は無いよ?」


 言われるまでも無くルートは分かっていた。

 あれ程苛烈な抵抗をしたミリが社長の三歩後ろを大人しく歩いて来た時には、一瞬社長が敵対したのかと疑いもしたが。


「炉の確認をしたいと思っているだろうけど、魔女様はこれを持って一度外に出て欲しい」


 そう言って、社長は布で包まれた何かをルートに投げ渡した。

 ルートはそれを受け取って、開けもせずに中身を察した。


「アールの首だネ」

「下手人の首さ。全部そいつの仕業だ」


 ルートは溜息を吐くと、踵を返して去って行った。


「詐欺師には後デ、色々と説明して貰うヨ?」


 途中振り返って投げ掛けられた責める様な言葉に、社長は無言で微笑みを返した。


「君はそこで待機していてくれ。用事を済ませてから戻るから」


 社長はヤードに指示を出すと、ミリを連れて最奥の部屋へと立ち入った。

 終わりが見えない程広い部屋の中に、大きな機械が所狭しと並んでいる。


「ここにあるのは炉と呼ばれる太古の装置さ。無数の装置が一つの機能のために連動して動いている。一口に炉と言っても種類が幾つかあるんだが……ここの炉は地熱――地面の深い所に閉じ込められている熱を利用して動いている」


 社長の解説を、ミリは無言無表情で聞いていた。


「炉は遺物を動かす動力を生産している。つまりここを押さえれば今まで用途不明だった遺物に新たな価値が付くと言う訳だ。魔女様はその動力を無線――物理的接触無しに供給する仕組みがあると思っている様だが、果たして本当にそうなんだろうかね?」


 社長は意味有り気にそう呟くと、一つの扉の前で立ち止まった。


「ここは冷却室だ。この装置は稼働している限り熱を帯びるんだが、それが致命的になる前に冷やすための地下水を汲み上げている部屋さ。地下水は炉とは別の仕組みで冷却されているんだ。その設定温度を下げて、配管を弄って引き込んだこの部屋では死体が腐らない」


 死体と言う単語に、ミリは劇的に反応した。

 その瞳と顔に明確な感情が浮かび上がり、飛び付く様に部屋の扉を開けて中へと飛び込んだ。


 ミリが部屋の中に入ると、痛い程の冷たさが露出部を襲った。

 吸い込んだ息で肺が軋み、吐き出す息で唇に霜が降りる。

 その視線の先には八人の死体が転がっていた。


「持ち出す余裕は無かったからね。そのまま放り込んだんだよ」


 ミリの背後に立った社長が、静かにそう言った。


 八人の中で最も背の低い女の死体に、ミリの目は釘付けになっていた。


 肩口で切られた癖のある赤毛。大きな黒い瞳。透き通る様な白い肌。


 死亡指定と死亡では若干意味が異なる。

 死亡とは死体が確認、もしくは回収されている状態を指す。

 一方で死亡指定とは、死体は発見されていないが高確率で死亡していると推測される状況を指す。

 閉都でも名の知れた探索士ミリバール。

 死亡指定されていた彼女の死体がそこにはあった。

 その首には一筋の深い傷があり、それ以外には目立った外傷は見受けられない。

 それは八人全ての遺体に共通していて、同様に八人全てが解体絶ちを握りしめていた。


 ミリバール以下八人が自ら命を絶ったのは明白だった。


「何が、起きたんですか……」


 ミリが絞り出す様に尋ねた。

 ミリバールの部隊が全滅した日。ミリはただ愚直にミリバールの指示に従って、結果生き延びた。


 逃げろ。

 それがミリの聞いた最後の言葉で、ミリの見た最後は仁王立ちした後ろ姿だ。


 社長は凍りつつあるミリの髪に手の平を乗せる。


「知ってはらなない事を知り、見てはならない物を見た。ついでに言えば触れてしまった。そして自分でその始末をつけた。ただそれだけだ」


 社長は凍り付いたミリバールの死体を担ぎ上げると、ミリの手を引き冷却室を出た。

 ミリはそっとその死体の手に触れ、冷却室の外から七人の死体を見た。

 ミリは社長がミリバール以外の死体をこの場所に残すつもりである事を悟り、目を閉じて聖印を切る。


 親指を立てた状態で左手を軽く握り、親指の腹を上にして首の前を右から左へと横移動させ、そのまま左胸を親指の先で二回叩く。


 社長はその様子をどこか冷めた目で見ていたが、ミリが前を向く頃には普段の胡散臭い目に戻っていた。


「さて、後は面倒な後始末の時間だ」


 そう言って社長が指を鳴らすと、冷却室の扉がひとりでに閉まり、担いでいたミリバールの死体は小さな人形に変化した。

 社長は小さな人形になったミリバールをミリに手渡して、歩き始める。


 その後を一拍遅れて歩き始めたミリはしばらく手の上の人形を見詰めていたが、不意に駆け足で社長の横に並んだ。


 ミリの感情を映さない瞳が社長を見上げ、無表情のまま口を開く。


「社長は魔術師なの? それとも奇術屋なの?」


 文面だけを見たならば無邪気な子供の様な質問に、社長はミリに視線も向けずに嘯いた。


「さあ? どっちだと思う?」

本筋は完結。

短い蛇足が二話だけ続きます。

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