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潰し合い

 その狩人は自分の目を疑った。

 シルクハット、白いシャツ、白い蝶ネクタイ、黒い背広。マントは外していた。


「何やってんすか?」

「見て分からんのか? 窓口係代行だ」


 社長が窓口係だった。


「……いつもの人は休みっすか?」


 狩人は手にした牙を手渡しながら、一応聞いてみた。

 聞きたかったのはルートの行方ではなく、社長が何故窓口係をする事になったのかだったのだが、その回答が得られるとはとても考えられなかったからだ。


 社長が受け取った牙をくるくると手先で回すと、いつの間にかそれは硬貨に変わっていた。


「数日程休みだ。その間は僕かニュウがここに座る」


 差し出された硬貨を確認もせずに受け取る狩人は、色々と言いたい事があった。

 しかし、ニュウとは異なりその頭の回転が速くは無かったため、何も言えず曖昧に呻いて窓口から去って行った。


「ふむ……」


 挙動不審な狩人を黙って見送った社長は意味有り気に首を傾げ、その後も一日窓口で座っていた。



 欲をかきすぎた。

 アールは負傷した右腕を抱えて遺跡の中を出鱈目に走っていた。


 ミリバール死亡指定の一報は方々に激震を齎した。

 魔法協会とて例外では無い。

 だからこそ、アールが派遣されたのだ。

 憎き奴隷を何十人も葬って来たアールが。


 辺境で立場を作るのは楽な仕事だった。

 形式的な事とはいえ、偽魔術師が仕切る弊獣社の傘下に収まらなければならないのは苦痛であったが、逆に言えば問題はそれだけだったからだ。


 武器防具は魔法協会が準備してくれたし、回し弓は弊獣社から支給される。

 回し弓を上手く使えれば、害獣は人間よりも遥かに狩り易かった。


 遺跡を資料廟に確保された事だって織り込み済みだ。

 あのミリバールが攻略し損ねた遺跡だ。世間知らずの資料廟がどうこう出来る筈も無い。


 最初の想定外は統治院が首を突っ込んで来た事だ。

 統治院は侮れない。

 もし採算が合うと判断されれば、豊富な人材と財力が遺跡を攻略しかねないからだ。


 だからこそ早々に潰す事にした。

 それがまさか失敗するとは思わずに。


 補佐管理者秘書を始末し損ねたアールは、最早遺跡に突入する他無いと考えた。

 懸念は遺跡を守護する奴隷達だったが、それは思わぬ形で払拭された。


 誰かが奴隷と補佐管理者秘書を皆殺しにしていたのだ。


 誰が何の目的でどうやってそれを成したのかは不明だ。

 死体を見分した限りでは、細い杭の様な物で甲冑毎貫かれた様に見えた。


 となれば近接武器だろうか?

 守護奴隷の装備する撃ち出し槌は一つも使われた形跡が無かったが。


 どうやったのかは分からないが、少なくとも正面からやりあって勝てる相手では無い。

 そんな相手が潜っている遺跡に潜らなければならない。

 そう判断したアールは遺跡を慎重に進むしかなかった。


 体勢を立て直す時間は無かったからだ。

 元より単身での任務。応援の当ては無い。


 その判断の結果、四日かけてもまだ遺跡を攻略し終えていない。


 加えて、背後には化け物が二人追加された。


「くそっ! 何なんだあいつらは!」


 右腕の痛みは加速度的に鮮明になり、熱を帯びている。

 背後で連続した破砕音が響いたが、右耳から聞こえる音はくぐもっていた。

 右頬を血が伝う感触が、アールを更に苛立たせる。


 背後で化け物同士が潰し合う音が聞こえる。


 逃げるアールを無視する形で女と子供が戦闘を行っているのだろう。

 どちらもアールが知っている人物だった。


 ミリは有名な狩人だ。

 元奴隷であり元ミリバールの部下でもあったと言う経歴から情報は収集していた。

 味方にするにせよ、敵対するにせよ、一筋縄ではいかない相手だったからだ。

 アールの予想ではミリの強みは精密射撃と回避能力にあると考えていた。


 実際目にしたミリの動きは、予想通りでありながら予想以上だった。

 常軌を逸した回避を続けながら、その手は常に回し弓を回していた。

 内弦が絞られる音が鳴り続けるのは、相対していたのならさぞ精神力を削られたであろう。

 いつも羽織っているマントは効果的にミリの動きを隠していた。

 身体の輪郭が曖昧になるので的を絞り難く、ひらひらと舞う布地はその動きを読みにくくする。

 アール一人では数分足止め出来るかどうかと言った所か。


 だからこそ、ミリと互角に渡り合う女の異常さが際立つ。


 女は弊獣社の窓口係。

 ルートと言う名前をアールが覚えていたのは偶然だ。

 アールはルートの事をどうでもいい人物としてしか見ていなかった。


 ルートは回し弓を持っていなかった。

 手にしているのはL字の筒。

 片膝を着いた姿勢で筒の先端をミリに向けて動かし続けていた。

 その筒の先端からは、高速で何かが射出されている様だった。

 目を見張るのはその連射性能と威力。

 少なく見積もっても毎秒五射程の速度で、一つ一つが必殺の威力を秘めていた。

 ルートが筒を向けた先で、堅牢な遺跡の壁が爆ぜて削られていく。


 その全てをミリは避けていた。

 どう避けているのか、理屈は分かる。

 射出される何かは筒の先端からのみ発射されている様で、ミリは筒の角度を見極めながら移動していた。

 瓦礫や植物を遮蔽物として効果的に使い、ルートの照準移動を予測しながらフェイントを交えて縦横無尽に動く。


 それは理屈が分かったからと言って、アールに真似出来る芸当では無い。


 攻撃への対処と言う意味ではルートの方も異常だった。

 一定間隔でミリが打ち込む矢を、全て手で払い除けていた。

 紫色の手甲に何か仕掛けがあるのか、筒を持たない方の手が払われる度に矢が遺跡の壁面に突き刺さる。


 しかし、動きながら矢を払い除けられないのか、或いは片膝を着いたその姿勢に別の意味があるのか、ルートの方はその場を動けない様であった。


 一方のミリは自在に動き回れるものの、壁を背に物量攻撃を仕掛けてくるルートに決定打を見出せずにいる様であった。


 ミリとルートの戦闘は拮抗状態に陥っていた。

 それを物陰から見ていたアールは勘違いしたのだ。

 今なら二人同時に殺せると。


 アールは古弓を組み立てると、ミリが回し弓を射る瞬間に合わせて、速射した。


 古弓はアールが多用する武器である。

 回し弓に比べて応用性が高く、アールの腕前であれば死角から軌道を曲げた矢を中てる事だって出来た。


 だから失念していたのだ。

 古弓の矢は、回し弓の矢よりも遥かに遅い速度でしか飛ばない事を。

 確実に中てるために通路の角から半身を出した事も災いした。


 ミリは何でもない事の様に矢を避け、ルートはミリの矢を弾くついでに掴み取った。

 二人ともアールの方には一瞥もくれずに。


 そしてルートの持つ筒の先端が流れる様にアールの方を向き、止まらずに動き続けてミリへと向き直る。

 咄嗟に通路の影に飛び込んだが、遅かった。

 ミリが顔色一つ変えずに回避し続けるその攻撃にアールは全く対処出来なかった。

 一秒程の間にアールは右腕を撃ち抜抜かれ右耳を消し飛ばされた。


 アールは逃げた。

 みっともなく逃げた。

 化け物が二人戦っているのだ。

 巻き込まれるだけでも死ぬと悟った。


 逃げるアールの右足に、突如として痛みが走った。

 同時に右足の制御を失いその場に倒れ込む。

 走っていた勢いは殺しきれず、身体の前面を摩り下ろす様に滑った。


「何がっ……!」


 右足を見たアールは絶句した。

 小型の犬が噛み付いていたからだ。

 右耳の聴力が低下していたアールは、動揺も相まって犬の存在に気付けなかった。

 犬歯が脹脛に突き刺さり、食らい付く犬の身体がアールの動きを封じていた。


 複数の唸り声が聞こえる。


 アールは古弓を構え――弦が切れていた。

 その瞳に分かり易い焦りが浮かぶ。


 咄嗟に回し弓を手に取ったが、殺せるのは一匹だけだ。

 他に使えそうな武装は解体絶ちだけ。

 加えて右腕は使い物にならない。


 右足に噛み付く犬の脳天に解体絶ちを突き立てたアールの周囲で、幾つもの低い唸り声が通路に反響していた。

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