ラボットのケンジ
人生は七転び八起き…そしてまた転ぶ。
ラボットのケンジ 〜 プロローグ
ケンジの新しいバイト先は、フォトラボに決まった。このご時世の割には時給も良い方だった事もあり、見習い期間も含めて二週間が過ぎようとして居る。20歳にもなって正規社員を選ばない理由は、前の会社で理不尽なゴタゴタに遭ったからだった。それが退社理由になるかならないかは組織の秩序と個人の問題だ。
それから二年余り引きこもってオタクな事をしていた。昼間に行動しないから夜行性になり肌も色白、目も充血。健康とは言えない風貌でこのフォトラボの面接を受けたが、人事の面接官と話してみればウマが合い、写真やカメラにも精通していた理由でめでたく採用となった。
写真やカメラに精通しているのは父親の影響で、幼い頃からおもちゃ代わりにカメラを手にし、高校生までは休みを利用し親同伴で撮影の旅に出るほどの写真好きだった。
いつの間に、背丈も父親を追い抜きカメラの腕もよきライバルと言う程までに成長していったが、今思えば過去の話だった。
〜だったと言う過去形の言い方は、一時期ある時を境に父親が信じられなくなった事件があったからだ。
8年前のケンジが未だ高2の時に、父親の事業経営していた会社が倒産して、負債を抱えたまま父親が失踪してしまった事を機に母親とケンジは夜逃げをした。大好きだった写真道具、現像の道具、印画紙へ焼き付け、引き伸ばしの道具一式、これらを捨てたも同然でそのまま引越ししたからだ、それか強制的退居と言うのが相応しいだろう。
夜逃げと言う行動は、経験した者でなければ語れない。窮地に立たされて、今これからを生きようとする人間の心理で無いとその行動は思いつかないし、なぜゆえに夜逃げと言われるのか、その体験者だから言えるのだ。
ケンジもまたこの柵を経験していた、夜中の日付が変わる頃の時刻に…
逃げるようにして出てきたから、最小限に必要なものしか持てず、数日後に取りに行こうと母親と住んでいた家を訪れたが、父親が会社の資金繰りで行き詰り、借金していた闇金融のヤツが既にケンジの自宅に居座り中に入れない状態だった。ここで入ったり鉢合わせにでもなったら、失踪した父親の居どころを追求され拉致され監禁されるかもしれない。
誰も居ない我が家の居間の電気が煌々と点いていた。
未成年のケンジでも、これだけは今まで生きた中でとても悔しい気持ちになった。
"なんでボクがこんな目に…"
悔し涙すら出ない、
この理不尽な念いを何時迄も悩んで頭を抱え留まっても何も始まらない。
大人でも子どもでもこの心理は共通している、ケンジは直ぐに行動するように努めた。
何度か通ってやっとヤツらの留守を狙って、大事な必要な物だけケンジは持って来られた、自分の家なのにコッソリと音も立てずに入り、泥棒をしているかの様な錯覚でドキドキしたしとても辛い経験だった。母親の物は、財布とバッグに衣服くらいでケンジの荷物を優先して運んでくれた。
母親の移動手段となるアシは原付バイクしか無い、これに積めるだけ積んで、載せられるだけ載せ、闇金のヤツらが居座る前に運び出してくれた。
片手に数えても余るくらいの往復でケンジの夜逃げは終わった。
残りの高校生活は、バラックの様な平屋の賃貸で過ごしていった。だいぶ住み慣れ生活にも慣れて無事に高校も卒業していった。
"行ってきまーす、
母さん?今日は新人歓迎会があるから帰りは遅くなるよー、んじゃぁねぇー"
就職も内定して居た矢先に、人生のドタバタを経験したケンジ。
大手企業請負の事務機器リース会社へ勤めて居た…しかし、ここでもまたドタバタと生活が狂っていく事になる。
ラボットのケンジ 〜 第2話
ドタバタの原因は、ケンジの父親が失踪し負債を抱えて倒産した会社だった。ケンジの入社した部長がケンジの父親の友人で借金をして居たらしいと言う噂が会社内で広まった。友人の部長にも損害を与え、営業局長へ昇進断念と言う打撃にもなっていたからだ。
損害金額は、10年間のボーナスを支払っても足りないほどだった。
この一件で、部長自身の家庭崩壊にも繋がり離婚し、マイホームも手放し賃貸で一人暮らしをしている。
ケンジも、失踪した父親との繋がりがある人間がこの会社に居るとは、噂を聞くまで知らなかった。ドタバタの中で高校卒業し、無事に就職したケンジはこれからの人生の妄想を楽観視しかしていなかったから、噂を耳にした時は父親が失踪したと聞かされた時の様にまたドン底に突き落とされた気持ちだった。
噂が耳に入ってから、ケンジのそれまでの勤務態度も自然と変わっていった…
怨念にも似た部長の視線がケンジの胸に突き刺さる。
廊下ですれ違っても挨拶は返ってこないのは常で、次第に同じ部署内でも同僚からの視線を感じる様になる。
同期で入社し仲が良くなった田中くんでさえ、ケンジから少し距離を置くような存在になってしまった。
ケンジは、父親の一件で入ったばかりのこの会社で独りぼっちになってしまった。
今日は、就職して半年目になる。
決算月も重なり、慰労会を兼ねて新人歓迎会が控えていたがケンジは気が引けていた。
その日の勤務を終え、同僚の田中くんの外回りから帰社するのを待っているケンジ。宴の会場時間まであと15分…と、そこにケンジの携帯電話が鳴った。
"もしもーし、おぅケンジ!
今何処に居るんだ?もうとっくに皆んな待ってるぞッ?!会場時間過ぎてるからー早く来いよっ!"
同僚の田中くんだったがケンジは驚いた。
会場時間を実際より遅く伝えられていた…急いで会場へ向かったケンジ。
しかし、これを機に退職する決意が固まっていった。
歓迎会から数日後のある日。
部長の机の前に居るケンジ、手には辞職願を持っていた。
"部長。大変申し訳なく思いますが、
一身上の都合により退職させて頂きます、これをお受け取り願いします…"
部長に深々と頭を下げて両手で辞職願を差し出すケンジ、部長は無言で片手で引くようにして受け取る。
間接的な用件以外は部長とは一切話さなかったが、ケンジが入社し父親が友人だと判った日から同じ態度だった、それもこの辞職願を引き取った一瞬で父親と部長との関わりの終わりを迎えた。
辞めたくない会社を辞めたケンジ。
未だ成人にも満たない年齢なのに、自らの人生を少し悟った気持ちで会社をあとにした…。
ラボットのケンジ 〜 第3話
ピンポーン!と、
お店の自動扉が開く。
"あ、いらっしゃいませー"
小さなフォトラボの店、一年ぶりにケンジの元気な声が響いて居た。
高校時代にもリサイクルショップで簡単な接客を経験した。
今度もバイトだが、一通りカメラと写真に精通していたお陰で無知の素人では一ヶ月かかる見習い期間もその半分で終わり、今日からお店を1人で任される事になった。
ケンジ自身、趣味の延長なので新しく教わる事はラボの機械くらいだった。
自宅で、父親にアナログ手法で教えてもらった事がここの機械処理が殆どだった。
あとは、細かい商品の説明と金額、その日の日報の書き方と売り上げを夜間金庫へ預ける事くらいだ。
一応は雇われ店長となる、給与はバイト計算だがケンジにはこれまでのドタバタな生活とは違い華になっていく毎日だから満足だった。
オールワンマンだが、他にも雇われ人が居る。スーパーやクリーニング店、出張店等でフィルム現像や焼き増しを依頼、預かってくるものを集荷配達するおばさんだ。
おばさん?と言っては、乙女の心の本人には失礼だが、世間で言うという意味だからここだけの話にしておこう。
集荷配達は、一日毎時で決まっていて
10時と15時にはココへ来る、
それ以外はこのおばさんとは会わない。
お店ではあるが、こっちの集荷配達して外回りから持ってくる仕事量の方が多い。
未だ、年間を通して経験していないのに自らのカメラ体験で大体の把握はできていた。行楽シーズンと連休明け、七五三等の子供のイベントや年末年始は稼ぎ時らしいと言う見習い研修での話も聞いていた。
実際今の季節は、山や景色、行楽地での記念撮影の写真が多いから納得だ。フィルムをラボで現像、6コマずつハサミで切断、バックライトがあるプリンターのスコープでネガを通し見して覗くとカラーの場合は殆どが明るくなっている、逆に暗ぼったくり緑がかっているのは明るくプリントされる。
ネガは色、明るさが反転してプリントされるから、そのままプリントボタンを押すとおおよそ真っ黒めな暗い色で写真が出来上がる。これをスコープで見ただけで判別、写真の出来上がりを想定して+-(プラスマイナス)と明度をより良い写真に仕上げる技が必要になる。
おおまかなプリントは以上だか、古いネガなど調整しても直らない場合にはC、Y、B、と言う現像の世界の光の三原色を基に補正していく。色を使ったパズルの様な作業なので人によってはハマるだろう。
こればかりは、子どもの時からおもちゃ代わりにカメラで遊んでいたケンジでも毎日が経験修業となった。
24枚撮り中、しくじったのは数枚…
段々と要領を掴み数枚がゼロにならなければお店の損失になるから気合いを入れる。
しかも、この店の機械はとても古くて気分屋。オートボタンも試して機械に判断を委ねるが、自分の目視で判断した方が良い写真が出来る、量的に追われてる時は横着をしてオートを押すが、出来上がりはイマイチ。
この古びた機械のお陰で、ケンジの判断は段々とセミプロまでに成長していく。
"出来たー、これで今日は終わりだ!"
今日も無事にラボの仕事を終え、現像液を新しくし廃液と交換し始めるケンジ、このお店は9:00〜19:00まで。
機械真上の壁の時計は18:30になろうとしていた、そろそろ店のシャッターを1/3締めて、もう閉店しますよー、と来客者に無言の意思表示の準備を始め店先の幟も仕舞おうとしたその時…
"今晩わー、まだ良いですか?"
と、来客の女性に声をかけられる。
ラボットのケンジ 〜 第4話
"はい、まだ閉店ではないので…
さぁ、どうぞこちらへ"
閉店30分前の準備をしていたケンジが、店の外で女性客に声をかけられ本日最後のお客さんをお店へ案内する。
店のカウンター越しに接客をするケンジ、女性は小話程度に会話をし旅行で撮影したと言うフィルムをカウンターの上に置いた。
"現像とプリントですね?
うーんとー…
明日の午後一時頃にはできますよ、
お客さまのお名前と電話番号をお願いします"
そうケンジが言うと、
"名前は…ソノダ ケイコ です、
電話番号は…… "
女性客が言い終わる前の瞬間、
ケンジは聞き覚えのある名前にピンッときて注文書の封筒に連絡事項をまだ書き終える前、女性の顔を見上げると懐かしい顔だと思い出す…
"あれ…ケイちゃん?…ぼくーケンジだよ。"
ケンジが私語口調で口を開くと、
"ん?なーんだ、ケンジくんやん!
久しぶりやねー元気そうやん。"
この日最後の客人の女性、ケンジの高校時代の同級生だった。気さくで真面目で可愛いかったので、クラスでも人気者だった。ケンジはケイコとは学生の時はあまり話しはしなかったが、とても気になっていた女の子だった。
もう直ぐ閉店だと言うのに、2人は時間を過ぎても昔話に花が咲き1時間くらい喋り続けた。
"じゃぁねぇーケンジくん、
写真を宜しくねぇー"
"はーい、毎度ありーケイちゃん、
またねぇーッ!"
クラスメイトのお客さんを見送って、少し営業時間を延長したケンジのラボ店は、無事に一日が終わろうとしている。身支度と、この日の売り上げを夜間金庫へ預けようと専用のバッグへお金を入れるケンジ。
店の鍵をかけ、シャッターを降ろして本日の閉店となった…そして翌日。
ケンジは開店前の30分前に来店、いつもの様にシャッターを開けドアの鍵を開け、開店の支度に追われる。ラボの機械に電源を入れ余熱作業と現像の準備をする。店の電気と店先の幟を立てて、本日も開店しました!、と無言のお店の意思表示の支度を終える。
昨日最後のお客さんだったクラスメイトのケイコの注文書を、ふと無意識に眺める。
昔と変わらない姿を目の前に緊張気味で話したのを思い出す…
".ケイちゃん…結婚したのかなぁ?
いや、苗字が同じだからまだ未婚だろうなぁ、彼氏とかは居るんだろうか?クラスメイトのシンイチとは噂になってたけど、本当はどうだったのかなぁ?
あ!そのシンイチが今は彼氏なのか??"
朝から不謹慎にもケイコの色々な妄想で頭が膨れて、これから仕事する様には見えないラボ店員のケンジだった。
ラボットのケンジ 〜 第5話
開店の支度も兼ねて、妄想時間も1時間が過ぎて裏口のドアが開いた。
"おっはよー!ケンちゃん元気ぃー?
もう慣れたかなぁ?!"
すっかり忘れていた、この店のもう1人の雇われ人のおばさんだった。
そう言えば、このおばさんもケイコって名前だった…サッと現実に目が覚めたケンジだった。
"もう楽勝っすよー!
教えてくれた先生も良かったからねぇー
ケイコ先生?"
"まったぁー、研修真面目に受けたケンジくん自身のお陰でしょーそれはーハハッ"
雇われの2人は、まるで自分たち経営の店の様に幼くはしゃぐ。
お気楽雇われ同士の朝のじゃれ合いも終わると、集荷配達のおばさんはケンジが作業をし終えた写真と注文封筒をまとめたプラスティックのカゴを抱えて…
"それじゃー行ってきまーす!"
"はーい、お気をつけてー先生!"
一日で数少ない会話の半分が終わって、配達と集荷へ向かうケイコおばさん。
集荷配達には、自前の軽自動車を使っている。ガソリン代は距離数を測って日報に書いて提出する。
新規や新店舗、交通渋滞での迂回が無い限り毎日大体曜日で決まっているから誤魔化せないとケイコ先生は嘆いて教えてくれた。
集荷配達のケイコ先生が出て行ったと同時に、店頭もお客さんが引っ切り無しに来て忙しくなる。月曜日や火曜日は週明けなので、休み中にカメラで撮る人たちが多くてこのラボも忙しくなる。撮りたてでフィルムだけ持ってくるお客さんの接客に慣れてしまうと、ネガ持参で焼き増しや引き伸ばしのお客さんは面倒である。接客時間が長くなるし、お客さんの要望もマチマチでどこまでワガママを聞けるか、断るかと言った判断も面倒だからだ。
中には、骨董品の様なカメラを持ってくるお爺さんが居て、壊れたから直してくれと言う。ここはラボ、カメラ修理はメーカーか修理屋さんでね!と言えば直ぐに諦めて帰ってしまうが、ここはケンジの趣味の血が騒ぐ。
直せもしないのにどれどれぇと骨董品を拝見させてもらう。
うちの父親でも持っていなかった年代物だからワクワクする。
結局散々眺めた挙句に断るのだけれど…。
接客もひと段落して、ラボ機で現像処理→フィルムの乾燥→フィルムをカット→プリントを繰り返すともうお昼の時間とになっていた。この時間帯もお客さんの空いた時間と言うのに入るらしくお店にも出入りが騒がしくなる。サービス業や店員ともなれば、お昼休みは午後になるのが相場だろう。
この日のケンジもまたしかり…
午後3時頃には、集荷配達おばさんのケイコ先生がやって来るが、車の移動中に見かけた未開拓のお菓子屋さんやらケーキ屋さんで差し入れを買ってきてくれる特典がある。週末に向けて仕事が暇になってくるとこれがとても至福に思えてくるのが不思議だ。
いつも貰ってばかりで申し訳ないと思って、この店で淹れたてのコーヒーを飲んでもらおうと簡易なコーヒーメーカーも持参してるちゃっかり者のケンジだ。年下の些細な心遣いもとても嬉しくなる、そんなケイコおばさん先生だったが、雇い会社の人にケイコ先生の年齢を聞いたけど10も離れていないらしい…なのにあの貫禄は何だろう?
午後は、こちらのケイコさんの妄想が
始まってしまったケンジだった…
暫くすると、
ピンポーン!
"こんにちはー、
ケンジくーん、写真出来たぁー?"
昨日閉店間際に現れた客人、
クラスメイトだったケイコちゃんだ。
ラボットのケンジ 〜 第6話
"いらっしゃいませー
… ケイちゃん!仕上がってますよー"
ケイコの格好は昨日とは違っていた。
まだ仕事の途中と言う出で立ちで全身真っ白で眩しくケンジの目に映る。
看護師さん?見たままでそうケンジは思ったが、いやそれとは違うものを羽織っていた。病院の主治医が着ているようなコートの様なものだ。
世間で普通の職業では無い事は分かっているが、お医者さんにしか見えない。色んな疑問符で頭がいっぱいのケンジだったが現像代とプリント代金を精算する。午前中にも妄想していた事とは違う妄想がケンジの頭を覆う中、勇気を出して世間話程度にケイコに聞いてみる事にした…
"ケイちゃん…その格好は?"
"あー、コレ?この近くの病院で薬剤事務の仕事してるんよー
でも、私は資格もなければ頭も良くないしータダの雑用事務仕事だけなんよ。
日給月給だし、ちゃんと正規な社員?じゃあないしねーハハッ…"
"なるほどー、そっか!
たまたま職場が近くてここに来たんだね、そかそか…はい、お釣りとレシートです。またご来店をお待ちしていまーす!"
"うん、ありがとーまたねー!"
ケイコの姿を見たのは、この二日間だけだった…それっきりこの店には訪れてはいない。ケンジは自分がこの店に居るからかな?とか、嫌われちゃったかもしれない…とか、また弱気で悪い自分の妄想が始まった。
なんのことは無い、旅行程度でしか写真を撮らない人たちが多いからまたこれから現れるさ…とも慰める妄想に切り替えてこの日も仕事を終え、シャッターを締めるケンジだった。帰り道、お店の裏側の駐車場まで歩いてる途中に、
"あッ!食べきれなかったケイコ先生に貰ったケーキ忘れたー…"
と、呟いてまた店に戻ると朝の様にシャッターを開けドアの鍵を開ける。
店の奥のビニールのパーテーション代わりのカーテン裏にある小さめの冷蔵庫からケーキを取り出すケンジ…と、ここで閃いた。
"ケイちゃん…今度会えるのはいつになるかわからないなぁー飲みにでも誘ってみようかな?"
数週間前に来店した時の、連絡先の伝票がまだ残っていたのを思い出した。
でもいきなり電話をかける勇気もなく、これでは職権乱用である。
考えながら、片手にケーキを持ちまた鍵をかけシャッターを降ろすケンジ。
"…ん、あっそうだッ!"
また名案を思いついた。
駐車場まで小走りで辿り着き車に乗り込み帰路につくケンジだった。
ラボットのケンジ 〜 第7話
急いで家に帰ってきたケンジ。
何を思ったのか、母さんの書類入れの引き出しをガサガサと漁り出す…すると、
"んー…おッ!?あったぁーこれこれぇ“
ケンジは、母さんの引き出しの奥から数年前に父親が失踪した時に興信所へ依頼した書類一式を、取り出した。
父親が失踪して、居場所を見つけるためだったが、最終的には探偵事務所に頼み任せた、それでも父親は見つからず仕舞いで今に至っている。
ケンジが閃いたのは、最初に依頼した興信所だ。ここなら何でも調べてくれるが、最も調べる内容によって金額が違ってくる。ケンジはケイコの家の電話番号は分かっていて、高校時代にもごく稀に帰り道が同じだった事もあっておおよそで自宅の場所も知っていた。調べたい事はこの二つがわかって居れば直ぐにわかる事だった…それは、ケイコの誕生日だ。
これだけは、全く気が付かなかったし興味は無かったが、女の子からすれば重要なポイントになるだろうと考えた。学生時代より社会人として誕生日プレゼントを貰えば尚更嬉しいかな?と思い、早速興信所へ電話をしてみる。
"…はい、この方のお誕生日ですね?
承りました、後ほど結果をお電話します。二、三日中になると思います、では失礼します。ガチャッ….ツゥーツゥー"
"よしっ!これで誕生日がわかれば花でも送ってメッセージ添えれば完璧だぁ!"
ケンジは、久々に学生の時みたいにやる気満々で生き返った様だった、まるでこれから小さな恋の物語でも始まるかの様に。
そして二日後、依頼していた興信所から電話がありケイコの誕生日がわかる、もう今月末に迫っていた。
飲みに誘いたいけれど、お店をあまり知らなかったケンジだったが、唯一それらしい洋風居酒屋で働いている幼馴染の米沢くんを思い出す。もう二週間後にはケイコの誕生日、その後の週末に米沢くんの店に誘ってみようと今週末に下調べと予約を兼ねて出掛けてみることにした…その前に、忘れないうちに花屋にも行かないといけない、
"明日仕事帰りに寄ってみよう!
今週は忙しくなるゾォーッ!!"
そう意気込んで少し遅い夕飯にしたケンジだった。
ラボットのケンジ 〜 最終話
数日が経ち、その後もケンジのラボへケイコは姿を見せなかった…そして、とうとうケイコの誕生日を迎えた後の週末、普段通りに仕事を終えて店を閉めるケンジ。これから幼馴染の米沢くんの店へ向かう…
金曜日ともなれば、この時間帯の飲み屋は大盛況である。事前にカウンターを二席、強引にも予約をしておいたケンジ。目の前は厨房を兼ねてオーダーを取る米沢くんが居る。米沢くんは小室ファミリーファンで、髪型も真似していてキチンとしてる。少しナヨナヨっとしたお姉系だが、兄弟のお兄ちゃんらしく頼りがいある男だ。
"ケンちゃ〜ん、今日の同席の方はまだ来ないのぉ?まぁ、今日は予約少なくて席なんかどうにでもなるけどさぁ〜、はぁー…もううちに帰りたいわー最近肩凝りが酷くてねぇ〜…"
米沢くんは、混み合った店でもマイペースに話して淡々と仕事をこなしている。
"仕事わぁ〜?
うまくいってるの〜ケンちゃん?"
"あぁ、慣れるまで時間が少しかかったけどねー、今はもう独り立ちしてお店を任されてるよ!毎日機械相手が殆どで、たまにお客さんが来れば接客してる、ラボに働くラボットってとこかなぁ〜あはははッ"
米沢くんとの雑談と世間話は暫く続く…
"カラーンッ….コロンカラーンッ…"
ケンジは、賑やかな店の中に居ても出入り口のドアベルの音しか耳に入らなかった、ケイコはいつ来るのかなぁ?そればかり考え、3本目の瓶ビールのハイネケンでも全く酔わなかった。
米沢くんのお店へ来てから1時間が経ち2時間…3時間が経とうとしていた。
ケンジはいつのまにか酔って自分の腕枕でカウンターで寝てしまった。
米沢くんがケンジの肩を指で突いて言う…
"ケンちゃ〜ん?おはよう〜…
ラストオーダーだけど、何か頼むぅー?!"
"あ、うん…ごめん、待ちくたびれて酔っ払ってーうたた寝しちゃったみたいだぁ、じゃあもう一本頼むよぉー今度は、クァーズの瓶レモン刺しで!"
その時出入り口のドアが開き、お客が入って来た…カラーンッ….コロンカラーンッ…
"あー…す、すいませーん代行の者ですがぁ
スズキさんって居りますかぁー?"
なぁーんだー、代行かよ…ケンジはそう思ったが遠い昔に聞き慣れた声だなぁと思ってカウンターから出入り口の方向を振り向いてみる…遠くを薄目で見るような眼つきで暫く眺めると、見覚えがある顔が居た…
"ぁあぁーッ!親父だぁーッ!!"
ケンジは絶叫した、父親は代行会社のブルゾンを着て数年前とはあまり変っていない様子だった。ココで会ったが百年目ぇ〜とばかりに取っ捕まえたくて、詰め寄ろうとしたが酔っていて千鳥足のケンジは直ぐに転ぶ。
代行を呼んだスズキと言う人物も酔っていて空気を読めるどころではなかったのでそのままそそくさと車の鍵を渡し代行の車に乗り込んだ。ケンジは、声にならない待てーッと言ったが父親には聞こえなかった。
ケンジはそのまま倒れて寝てしまった…
目を覚ました時には、店の奥の団体予約席の長椅子にクッションを枕に寝かされていた。
気が付き、遠目でカウンターを見ると米沢くんが仕事を終え私服に着替えてコーヒーを飲んで寛いでいた。隣には、ケイコによく似た米沢くんを迎えに来た奥さんが座っていたが、もうケンジにはケイコの事は忘れていた。
ケイコを誘った幼馴染の働く洋服居酒屋が、失踪したケンジの父親との再会の場所となるとは思いもしなかった。この現実は妄想であって欲しいと、ケンジは疲れ切った様子でそのままもう少し横になる事にした…
汗ばんだ手には、店に置かれていた代行業者のしわくちゃになった名刺を握りしめていた。
おわり
これからのケンジはどうなるんだろう?