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6.現実を直視したら涙が零れました

「?」


目の前で自分に理解不能なことを話す上司に唯が事情を飲み込めずにいると横に立っていた宮原がウンウンと頷くと自分の方を向きながら“いい笑顔”で指を立ててくる。


「お前の気持ちはよく分かる。いきなりのことで戸惑うだろうが、安心しろ。唯、お前には私がついている」


「いや……その……」


感極まったように肩を叩く宮原にされるがままになっていた唯は顔をひきつらせながら考える。


“ちょっと……どういう意味?”


宮原の“任せろ、異動までに責任もって俺が育てる”や“お前は優秀だから育てかいがあるよ”という言葉が耳を素通りしていく。意味が分からなさすぎてすがるように波脇を見つめるとなぜか満足気な顔で頷かれる。


「退所を取り止めるつもりだったんなら、もっと早くお前の口から聞きたかったぞ」


「え?」


自分のすがるような視線を勘違いした波脇の言葉に唯はようやく事態を理解する。


“え?どういうこと?”


もし、これが波脇や宮原以外の支社の人間がそんなことを言って来たら、“冗談キツイですよ”と笑い飛ばすことも出来たが、相模支社のラスボスとその側近がいくら1ヶ月後に退所する予定になっている自分に“ドッキリ”を仕掛けるとは思えない。そう思った唯は焦りのあまり口が滑った。本当なら“なんで、俺が異動なんですか?”と聞くべきだったと今なら思う。その時はまだ退所の意志に揺らぎはなかったのだから。


だが……告げられた衝撃は自分が感じるよりも大きかったらしい。自分をよそに進んでいく話を止めるべく、口を開いた唯から飛び出したのは……


「待って下さい!聞いてません。なんで、俺が第2席なんですか!!」


それは……自分の出世人事に動揺する平社員の台詞だった。




“……あれは人生最大の衝撃だったなぁ……”


遠い目で自身を襲った衝撃の場面を回顧した唯は晴れ渡った空を見上げて疲れきったため息を吐く。


「本当に人生って何が起こるか分からないよな……」


それから慌てて自分の台詞がミスチョイスだと気づいた唯が自分の希望である退所のために異動を断るべく、口を開いた時には遅かった。


“不安だよな。分かるぞ、唯。俺に任せろお前の力は俺が分かってる。異動までにはしっかり育ててやるから”


やはり、後輩の出世人事に“いい笑顔”を浮かべた宮原がうんうんと頷く姿に唯は心の中で絶叫した。それは……違うと……。自分が聞きたかったのは退所予定の自分が異動することになっているかだ。


“いや、宮原さん!そうじゃなくて……いや、俺に第2席は荷が重いってのは本当だけどさ”


慌てて口を挟んだ唯は絶望的な表情で首を振る。この世界においての序列を知っている自分からしたら“第2席”は遥か雲の上の存在だ。そう訴えるもそれが第2席に対する重圧だと勘違いした宮原が自分の上司である波脇に恭しく頭を下げる。


“それでは早速、私は1ヶ月後の古坂の異動教育のために失礼します。行くぞ、唯”


“いや、ちょっと俺の言葉聞いて!宮原さん!”


“ははは、安心しろ。お前が第2席になっても困らないようにみっちり俺が育ててやるから”


“違うって~”


そう叫びながらも所長室を後にした唯を襲ったのは宮原による第2席教育。


“なんかおかしい!”


周りが抱いた勘違いにそう抵抗したのに周りからは“なぜか出世人事に対する重圧と謙遜”だととられたのは悲しい事実だった。誰も自分の“俺は退所するの!”という言葉を聞いてくれなかったのは悲しかったがいつまでも泣いていても仕方ないと第2席教育が始まって2週間で諦めた。


「ここまで来たら、腹を括るしかない」


宮原の教えによりこの1ヶ月で更に精神的にタフになったぐっと拳を握りしめ、唯は力強く頷く。たとえそれから1ヶ月、家に帰ることも許されず、相模支社の事務所のエキスパートの宮原からみっちりと指導を受けたとしても。


「住めば都って言うじゃん」


“お前の代わりに引っ越しの手続きしといたぞ☆”という同僚に何、勝手に余計なことしてんの!とペンを握り潰したとしても。


「唯君、いつでも遊びに来てね」


今朝に至っては準備した覚えもないスポーツバックに自分の荷物を詰められて渡され、今朝宮原の好意による駅までの見送りに虚脱した表情で礼をいい。 寝不足のまま眩しい朝日に目をしょぼつかせた自分に同僚スナイパーの五十鈴が“これ、お餞別と”花束と祝い袋を渡してきたとしても。この1ヶ月をあますことなくじっくり回顧した唯の両目からついに涙が零れ落ちる。行き先の書かれた地図と住所を頼りに来てみたがやはり現実はなんら変わらなかった。


「俺の意志は全く無視されたけど腹を括ればなんとかなる……きっと……何とかなるよねぇ~‼」


オンボロビルの前で立ち尽くして顔を覆った少年に周りを通りすぎる人々が“ついに泣き出したぞ”と目をギョッさせても唯は微動だにしなかった。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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