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5. 現実は無情にも全速力で迫ってくる

何とも言えない気持ちを抱えて新たな仕事場を見上げていた唯は自分がなぜここにいるのかについて考え出す。


“うん……1ヶ月前までは退所の方向で何ら変わらない日常だった”


唯の退所が近づいていくに連れ、相模支社の面々は諦めと苦笑を浮かべるようになっていた。


「じゃあ、古坂唯。最後の仕事に行って来ます」


相模支社を退所する前の最後の仕事は“カラオケ店”の違法営業実態の調査だった。これも数年前に退所して警察官になり、生活安全課勤務になった元同僚からの依頼だ。暗殺組織と聞くと派手なアクションが予想されそうなご職業だが、実際には違う。地味で地道な活動によって支えられているのだ。今回は髪の色は青に染め、カラコンはまたまた黒。服装は今時の若者スタイルだ。支社の入り口でそう宣言した唯に仕事に向かう姿を見送りに来た面々が苦笑する。


「うわ~、無事に帰って来れない感じのフラグをよくたてるな」


周りの面々が口々に唯の発言に似たような感想を述べる中、唯は“もう~”と唇を尖らせる。


「みんな、酷い!何言ってんの。帰ってくるよ。俺は!」


失礼な感想に怒った表情を見せて叫ぶと唯はカラリと笑う。


「“ゼロ距離暗殺者”舐めないでよ?」


そう言葉を放つと唯は事務所にいる面々に背中越しな手をあげながら事務所を後にしたのが4ヶ月前だ。


「ここまで特に問題はないんだけどなぁ……」


口元に手を当てて、唯は真剣に考え込む。今までの所に何ら問題はない。


「いや……待って。もっと先に問題があったのかも」


そう呟いて、唯は“ハッ”とする。一人百面相を真っ昼間からオンボロビルの前で行い、更には自分で自分にダメだしする唯を不審そうな目で見ながらも通り過ぎて行く面々はいるが面倒なことになりたくないと遠巻きにされている。しかし、自分の計画に齟齬をきたした状況を分析するために必死な唯は周りの状況を一切頭から閉め出して思考に没頭する。もしかしたら見落としているだけで更にこの数ヶ月の間に起こった出来事の中に自分をこんな状況に落とし込んだ思い返していく。


「新しく入った湊君。みんなよろしくね」


40代の店長に背中を押され、無事に新人バイトとして採用された唯は古参の従業員の前に一歩進み出る。


「新里湊です。よろしくお願いします」


偽名を名乗り、頭を下げると周りの面々から声をかけられる。


「よろしくな~」


「仲良くしてね」


「はい!頑張りますのでよろしくお願いします!」


皆がニコニコと声をかけてくれるのに唯は“えへへ”と笑った。





「湊君、これ四号室にお願いね」


「はーい」


名前を呼ばれた湊は返事をして厨房から出てきた皿をお盆にのせる。アルバイトを初めて1ヶ月もすれば店のシステムにも慣れてくる。そしてこのカラオケ店の従業員が何故か片言の日本語や少しイントネーションの違う日本語を話すのかも自ずと分かってくる。今も客から注文を受けた皿を載せたお盆を手に店内を四号室に向かって歩いていけば、ここが普通のカラオケ店ではないのは一目瞭然だった。部屋の中が覗けないように入り口にかけられたカーテン。そして耳に微かな聞こえる声から中で何が行われているかは唯にもわかる。


“あー、違法ってのはそういう違法なのか……”


生活安全課からの依頼だと聞いた時は“ふーん”ぐらいにしか思えなかったが、そういう違法の店かを知りたかったようだ。


“貧乏くじ引いたら、出世に響くしね”


客と従業員のくぐもった声が響く廊下を歩きながら、ここ数年で増えた依頼を思う。


「はい、お待たせしました」


目当ての四号室につくとブザーを押してから部屋の扉ではなく、カーテンで仕切られて両方から見えない場所に注文の商品を置く。声も聞こえるだろうが、そう声をかけるのは唯の癖だ。様々な仕事の依頼を受け持ち、色んな所でアルバイトを繰り返してきた弊害とも言える。自分がカーテンを閉めた音を確認して向こうからカーテンの開く音を確認して場所を離れる。再び持ち場に戻ろうと踵を返した時、微かに振動が自分に伝わった。


「?」


仕事中に電話なんて珍しいと思いながらも仕事の邪魔にならないように端によった唯は携帯に耳を当てる。


「はい」


“ブーブー”と震える携帯に声を返してやれば返って来たのは……。


『俺だ』


……の一言。しかし、唯にはその電話相手の声とぶっきらぼうな答え方に心当たりがあった。


「悠?」


そう双子の弟の名前を呼べば、相手が嘆息するのが分かる。


『ああ……よく分かったな』


そう感心したように返してくる言葉に唯はため息を吐く。


「“俺だ”なんて電話してくるのか君ぐらいだからさ」


そう電話のマナーを指摘してやるが、自分が法律の弟は気にせずに話し出す。


『今度、三河安城支社の所長になることになった』


「そうなんだ。おめでとう」


悠の言葉にそう返せば、相手がほっと息を吐くのが分かる。


『ああ……組織始まって以来の快挙らしい』


「マジで?良かったね」


自分とは違い順調に組織の中で出世街道を歩いている弟に祝いの言葉を告げながらも唯は嘆息する。双子なのに本当に自分とは正反対だ。


「お祝い送るよ。前に聞いてた住所であってる?」


『ああ……』


相手が肯定するのに唯は“ほっ”と笑う。


「そっか……働く世界は違うけど、これからも頑張ってね。遠くから応援してるよ」


『?……ああ……』


自分の言葉に何か言い淀むように息を止めた弟に首を傾げながら更に言葉を返そうとした時、自分を呼ぶ声が店内に響く。


「湊君、注文~」


「はーい!今、行きます」


その声に唯は大きな声で声を返し、電話の向こうの相手に素晴やく囁く。


「悪い、仕事中なんだ」


『ああ』


「じゃあ、元気で」


そう短く言葉を告げると電話を切り、唯は慌てて厨房に戻る。


「すいません!」


「ううん。大丈夫。次はこれを九号室にね」


「分かりました。行ってきます~‼」


厨房で客に出す料理を作る先輩に全力で応え、またお盆に料理を載せて運んで行く。その時、チラッと脳裏に過ったのは“そういえば、悠に自分が暗殺者を辞めること伝え忘れたな”ということだった。しかし、その思いは日々の忙しさにすぐに頭の隅に押しやられて忘れ去ったのだ。





「ああっ!!」


過去の回顧から戻って来た唯は自分が今の今まで忘れていた事実を思いだし、声を上げる。タイミングよく、自分の側を通っていった人間が突然の大声に体をびくつかせるが気にしない。突然の大声に体をびくつかせた男性がこちらを奇異な目で伺っていくのを唯は無視して頭を抱える。


“そうだよ。なんで忘れてたの!俺!”


今まで弟が異動にあたって連絡をしてきたことなどなかったのだ。いつもパソコンで掲示される異動内示に自分が気づいて連絡を入れてきたのだ。そんな弟が連絡を入れてきたことこそ、天変地異の前触れだったはずなのに……。


「なんで今まで気づかなかったんだろう~」


そう呟きながら唯はこの1ヶ月の間に自分の身に起きた劇的な出来事を遠い目で回顧していく。


「ただいま~」


違法カラオケ店での潜入調査を終えて、事務所に戻った自分を迎えたのはいつもの“おかえり”ではなく、ざわめきだった。


「どうかした?」


自分の顔を見て、ざわめく面々に頭に?マークをのせて、“こてっ”と小首を傾げていると事務所の奥から宮原さんが姿を見せた。


「古坂、良かったな」


いつもの宮原さんらしくなく、感極まった表情をするのに最後の仕事を無事に終えた自分に対する労いだとその時の自分は疑いもしなかった。


「ああ……はい……」


だから宮原さんの言葉に頷くと周りからなぜか口々に“おめでとう!”の言葉が浴びせられる。


「所長も待ってたぞ」


その時、周りの様子から何でおかしいと気づかなかったんだろうと今なら冷静に思える。なぜか、いつもなら一人の報告に宮原さんがついてきたのも異例であればまだ仕事の報告書もまだなのに報告に行くんだろうと思えなかったのか。


「所長、失礼します」


「入れ」


尊敬する宮原さんに連れられて、所長室に入った自分を待っていたのは出来損ないの自分を引きとってくれた所長。


「ご心配おかけしました。古坂唯。ただいま戻りました」


自分を待っていたとの言葉から唯が頭を下げれば所長が自分を見つめて頷いてくる。


「宮原、この1ヶ月で頼むぞ」


「はい。任せて下さい」


なぜか自分の隣にいた宮原さんが力強く拳を握る姿に疑問を感じて口を開こうとした自分よりも先に今まで自分を育ててくれた所長が自分の方を向いた。


「古坂唯」


「はい」


名前を呼ばれて背を正す。その仕草に所長が少し微笑んだのが分かる。それを意味が分からずに見つめていると再び、所長が口を開く。


「相模支社第6席かや三河安城支社第2席への異動を命じる」


「はい?」


告げられた言葉の衝撃に唯は上司の前にいるという事実を忘れて、“こてっ”と小首を傾げたのだった。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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