4. あれが最後の仕事のはずだった
再開にあたりまして今までの話を改稿させて頂いております。是非、前の話をお読み直し頂いてお読み頂ければ幸いです。
「はい、これが頼まれてた違法薬物の取引をしてた地下バーの情報」
ざわざわと騒がしい喧騒とBGMが鳴る全国展開しているコーヒー店の一角で唯は違法薬物店について纏めたものを入れた封筒を唯はそう年の離れていない目の前の男性に差し出す。無事に潜入捜査を果たした唯の髪と目の色は本来のものに戻っている。
「ああ、ありがとな」
そう御礼を述べながら差し出された封筒を受けとるのは数年前に相模支社を退所し、経歴詐称して大卒として警察官試験を受けて無事に受かった同僚だ。組織を辞めた人間達は本当に根を張るように様々な所で働いていた。
「かなり頑張って調べたんだから、弾んでよ」
情報を浮けとって嬉しそうな表情を隠さない男に氷が溶けて薄くなったカフェオレを飲みながら唯は肩を竦める。その言葉に中身をチラッと覗いていた男は苦笑する。男の名前は梶原祐哉。まだ警察官としては駆け出しだが、エリート警察官になるべく日々こうして地道に活動しているのだ。
「情報料を踏み倒したりしねぇよ。信用ねぇな」
前同僚達の容赦ない評価に祐哉は苦笑する。今はあの時の様な刹那的な生活はせず、組織とは何ら関係のない一般人女性と交際している。唯はその言葉に嘆息する。
「俺は金払いのいい梶原さんしかしらないけど、前は博打で首が回らなかったって聞いてるよ。今も来る前に事務所寄って来たら宮原さんと浪脇さんからしっかり釘を刺しとけって言われるの」
「うわ~宮原さんと浪脇さん、酷いわ」
唯の言葉に祐哉はぺちっと額を叩く。その様子にクスリと笑うと唯はさてと祐哉に向き直る。
「という訳でいつもの口座に入金よろしくお願いします」
「おう、帰りに振り込んどく」
同僚として一緒に働いたことはないが警察官としての手柄を稼ぐためにこうして時々、仕事を回してくれる相手の言葉に頷くと唯は営業用の笑みを祐哉に向ける。
「またご贔屓に……と言っても俺が梶原さんと関わるのはこれが最後だと思うんだけどね」
そう口にすれば祐哉が驚いた表情を向ける。
「何?」
その表情に唯がギョッとした目を向けると祐哉が頭をかきながら口を開く。
「いや、いつも綺麗に情報を纏めてくれて助かってたからまた唯に頼めたならて思ってたんだが……その辞めるのか?」
参ったなという表情で聞いてくる相手に唯はこくりと頷く。
「うん。やっと決心がついてね。ずっと暗殺者に向いてないとは思ってたんだけど、この前の仕事でついに決心がついたんだ」
唯にとってこの道を歩くということはずっと双子の弟と比べられる人生と言っても過言ではなかった。自分に才能がないことは分かっていたが自分の片割れを組織に置いていくのも心配だったため、ずっと悩んでいた。でもこの前の仕事でようやく踏ん切りがついた。
「流石に味方を誤射撃するスナイパーはヤバいと思うんだ」
悟りきった表情で梶原に笑いかければ祐哉も苦笑する。
「確かに味方の誤射撃はヤバい。ゼロ距離暗殺者として有名なのは知ってたけどね。そっか……残念だけど仕方ないな」
決意を固めた表情に唯の諜報技術を買っていた祐哉は残念に思いながらも、その将来を祝福する。
「色々と大変だとは思うけど、頑張れよ」
「ありがとうございます。梶原さんも元気で。じゃあ」
「ああ」
互いに互いの将来への言葉を交わし、唯は席を立つ。念には念を入れているが、どこから情報は漏れるか分からない。情報のやり取りがばれないように毎回、しらない街の喫茶店で梶原と会うのもこれが最後だ。店の外に出た唯は周りをゆっくりと見回して深呼吸すると口元を緩める。
「さー、寄り道して帰ろっと」
互いの素性と関係性がばれないようにいつもこうして時間さをおいて店を出る。梶原も適度な時間をおいてから店を出て、遠回りして帰るのだろう。
「久しぶりに本屋でも寄ろうかな~」
そう呟くとまぶしい太陽に向かって伸びをした唯は雑踏へと足を向けた。
「ただいま~」
情報の引き渡しから十分な時間をかけて様々な場所で尾行がないかを確かめて帰ってきた唯は事務所の扉をあける。
「お、お帰り」
「お疲れ様だったな」
事務所内で待機している人間から仕事前に再度、事務所で情報の確認をしに来ている面々達からの声にヒラヒラと手をふって答えながらも唯は自分様として使っている事務所内の机に向かう。入り口にはいくつかパーティションで区切られた面談室が来客者や依頼者用に設置され、玄関から直接中が見えない角度で灰色の棚が所狭しと置かれている。扱う情報が情報なので入り口から中が一目では分からないような作りになっているのだ。そんなプチ迷路みたいな場所を通り抜けた唯は自分の席にたどり着くとパソコンを立ち上げて、自分のID番号を打ち込む。すると事務員だけが使える画面が立ち上がる。その中の一個をクリックして依頼料の入金がなされているかを確認する。
“入金、オッケーだね”
先ほど、梶原から入金しておくとの言葉はもらったがそれを安易に信じるほど自分達は甘くないのだ。それを確認してから、今日の残りの仕事を片付ける前に給湯室に向かってコーヒーを入れることにする。
“月末前だから、早めに交通費とかの精算もやっちゃわないとな”
事務所の給湯室に置きっぱなしにしている自分専用のマグカップに事務所に集まる有志でお金を出して買った粉コーヒーを適当に入れて、電気ポットから湯を注ぐ。それを片手に誰かが買って来ておいてるお土産を二、三個箱から摘まんで席に戻る。
「よし、やるか」
そう声を出すと唯は事務所の人間が手が空いたら処理する雑務入れを出して仕分けていく。暗殺事務所の事務は意外に細かくて手間がかかるのだ。仕事場までの交通費の申請に、屋上に設置された訓練所の備品管理にと何ら企業の事務処理と何ら変わらないのだ。健康保健組合も自前で持っているため、家族が増えたら扶養申請も受付する必要があるのだ。後から後から沸いてくる事務を片っ端から片付け、すっかり冷めたコーヒーを啜った所でまた扉が開く音が唯の耳に届く。
「ただいま~。お、唯。仕事してくれてるんだな」
そう声をあげて戻って来たのは事務の元締めの宮原だ。
「お帰りなさい。宮原さん。お土産は?」
その姿に冗談めかして事務所の椅子に座ったまま手を振れば、苦笑しながら近寄ってきた宮原が自分の頭を撫でる。
「悪いな。今日はお土産はなしだ」
「残念」
言葉にわざとらしく、肩を竦めれば宮原が笑い声を上げる。
「また次な。で、仕事の方はどうだった?」
その問いかけの報告をするために宮原の帰りを待っていた唯はニヤリと笑う。
「もちろん、問題なかったよ。情報料の入金も問題なく。しいて言うならこれで最後だって伝えたら残念がられたぐらいかな?」
「はは、アイツはお前の諜報技術に惚れ込んでたからな」
唯の側を離れて、自分の机に戻っていた宮原はその報告に苦笑する。
「お前の諜報技術は誰にもひけをとらない。退所なんて止めたらどうだ?」
いつも真面目にそう言葉をかけるも唯は苦笑して首を振る。
「宮原さんの引き留めは嬉しいけどね。こればっかりは譲れない」
そう頑として言い張れば宮原も残念そうに肩を竦めるにとどめる。
「そうか。ま、退所まで後、3ヶ月はあるんだ。いつでも退所したくなくなったら言ってくれ。それに最後までしっかり頼むぞ」
「もちろんだよ。宮原さん」
暗殺技術が不得手な自分に事務のいろはを一から叩き込んでくれた相手に唯は力強く頷く。
「最後まで全力でやりきるから」
そう言っていたのが遠い過去のことになるとはこの時、誰も予想すらしていなかった。
ーその4ヶ月後ー
最後の仕事を終えて、無事に退所する予定だった古坂唯が今、居るのは自分の想像とは遥か遠くの場所だった。
「なんで、俺。こんなところに居るのかな……」
そう呟いて唯は遠い目をする。相模支社からは遥か西の地に降り立つことになった古坂唯は今までの自分から予想もつかないほどオンボロなビルを一人見上げていた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。長期更新を停止致しまして申し訳ありません。
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。




