2.俺は暗殺者に向いてないと思います
そんな唯の訴えを聞いていた浪脇はため息を吐く。
「まぁ、暗殺者を辞めるのはお前の勝手だが行き宛はあるのか?」
暗殺組織においてはもう大人として扱われる年齢でも世間的な年齢で言えば17歳はまだ子供だ。暗殺者を辞めると言い出した唯にそう問いかけると先ほどまで自身の才能のなさを嘆いていた少年がパッと笑う。
「前からいつか辞めようとは思ってたので、いくつか調べてたんです」
「そ、そうなのか?」
可愛いらしい容姿をしているが、中身は守銭奴の少年の用意周到な言葉に浪脇は苦笑する。自身の能力の低さを自覚していた少年は前から組織を辞めるつもりでいたらしい。この不景気なこのご時世。暗殺者だからと言って一生暗殺者でいる人間は少ない。やはり特殊技術であることもあり、腕がいい人間に仕事が集まるのだ。そのため、潜入のために会得したメイク技術を元にメイクに転職する暗殺者もいる。そうして組織の息がかかった人間を様々な場所に巡らせていくことで何か不測の事態が起こった時に協力者として利用するのだ。組織で育った人間は組織から協力を求められたら協力するのが当たり前なので依頼された内容が犯罪であっても気にしない。組織も人件費をあまりかけずに協力者を手軽に入れられるという利点がある。そのため、以前は組織を抜けるためには多額の違約金の支払いがあったが今はかなり低い金額に設定されている。そんな浪脇の思いも知らず、唯はいくつかのパンフレットを取り出すとウキウキと机の上に広げていく。そして、一番気になっているパンフレットを示す。
「俺はまだ17歳なので年齢詐称した上で奨学金を利用して高校や大学に行くことも出来そうです」
一般人が聞いたら、振り返りそうなことを唯は満面の笑みで浪脇に語りたける。その笑顔に苦笑しながらも浪脇は自分が目をつけた能力を遺憾なく発揮する唯に肩を竦める。暗殺者としての能力にかけた唯が誰よりも優れた能力を発揮するのは事務処理。利用出来る制度や協力者などを全て把握し、暗殺が行われるための舞台を整えるにあたって素晴らしい能力を発揮するのだ。暗殺者としては落第者の烙印を押された唯を自分が引き取ったのはその能力を見越してのこと。唯本人にも幾度となく、その能力の大切さを伝えてはいるが“暗殺者”にこだわる唯は自分の言葉を慰めだと思っている。組織の養成所を卒業後、この支社に引き取って育ててきた浪脇は唯が組織を離れることを残念に思いながらも仕方ないと納得する。自分の人生をどう歩くかを決めるのは本人の自由だ。そう無理やり納得し、唯の語る案に頷きながら口を開く。
「そうか。なら、退所にあたる違約金はどうするんだ?」
学生になるなら収入がなくなることも心配した浪脇に唯は“ニコリ”と笑う。
「それについては学生特例納付制度があるのでそれを利用しようかと思ってます」
「そうか。なら好きにするがいい」
「ありがとうございます!」
退所後のプランをしっかりと述べる唯に引き留めることを諦めた浪脇はそう言うと嘆息した。
昔から自分は暗殺者に向いていなかった。
「なんで的に当てて落とすが出来ない!」
言葉にしたらこんなにも簡単なのに出来ないから困っているのだと何度も唯は心の中で叫んだ。そんなの理由が分かったら困っていない。顔を真っ赤にしていつも矢継ぎ早に言葉を発する教員達にはうんざりした。自分の得意分野以外での活動の際には必ずと言っても過言ではないほど怒鳴られるがこればかりは自分ではいかんともしがたいものがあった。
“出来ないものは出来ないんだよなぁ……”
はぁとため息を吐いた唯は目の前に積み上げられた書類を片付けながら唯は過去を回顧して嘆息する。昨夜の失態のために形式的に浪脇の元に出頭し、退出を許された後はいつもの事務机で唯は仕事に励んでいた。
“暗殺技術のない暗殺者”
それが唯の生まれてからこの方17年保持している有り難くない称号。暗殺者からしたら文字にしただけで涙が零れそうになるがそれが事実だ。体力に問題はない。運動機能には問題はない。パソコンやハッキング技術は他の人間より出来ている自信がある。人を殺すというリスクを減らすために場を整えるための潜入時の溶け込み方に関しては他の暗殺者達に負けない自信もある。
……が暗殺者に必要不可欠な“人を殺す”という技術に関しては誰よりも劣るのだ。
言い訳させてもらえるならゼロ距離で相手が目の前にいて外すような事はいくらなんでもしない。ただ遠距離からの暗殺に壊滅的に向いていないのだ………もしかしたら対象に“弾を当てる”という作業については銃を握ったばかりの子供より劣るかもしれない。
「俺だって好きで外してる訳じゃないんだけどな」
“暗殺者を辞める”と決めたものの唯の口からはため息が耐えず、溢れる。
“対象から目を離さずにただ構えて、引き金を引くだけだろ”
この組織にいる小学生ぐらいの子供なら普通に出来ることが出来ず、成績が伸びなくて悩んでいた時に暗殺技術に関しては他の追随を許さない弟に聞いたらそう言われた。それをずっと守っているのになぜか当たらないのだ。
「はぁ…………」
暗殺者として失格の自分が不甲斐なくてはぁとまた深いため息を吐いて唯は自分に割り振られた仕事の処理に戻る。
「……重い…」
支社内での交通費の支払いや人件費の計算と細かい計算にいつしか没頭していた唯は背中にかかる重み我に返る。自分の肩越しに視線をやればにんまりと笑う女性の姿。イケイケの服装と三十路を目前を控えつつも彼氏いない歴、10年の山岸五十鈴が唯に凭れながら笑う。。
「やだ、あまりに暗いから唯ちゃんがいると気づかなかったわ」
そう言ってケタケタ笑う姿は明るい。三十路を目前の癖に見た目は20代半ばにしか見えない彼女はこの相模原支社のベテランスナイパーだ。彼女に落とせないものはない。ただ難点は人をからかうのが好きすぎること。
「悪かったですね……射撃が苦手で」
人に全体重をかける五十鈴を睨むもクスクスと笑われる。
「やだ、唯ちゃん。間違えちゃ駄目よ。唯ちゃんは射撃が苦手なんじゃなくて“暗殺技術”が苦手なのよ」
自分の抗議を受けて自分の背から降りた五十鈴に覗き込むように言われて唯はぐっと詰まる。その事に何も言い返せずにいると背後から五十鈴の頭に拳が伸びてくる。
「五十鈴!お前はまた唯をからかうな」
その言葉の通りに五十鈴の頭に拳を落とすのは30代半ばの背の高いひょろりとした男性。スーツに眼鏡をかけており、痩せた面からは神経質そうに見えるが、この相模原支社の長年の事務方第2席を務めるベテランの裏方支援者だ。
「宮原さん!」
その姿に唯はぐっと涙を耐える。彼は唯一、自分のこの暗殺者としては欠点だらけの自分を受け入れてくれる。今もまた唯を見て心底、気の毒そうに見てくる。
「お前も大変だったな。人員不足とはいえ、苦手な分野に使い方が分かるってだけで投入されて」
「本当ですよ!何の嫌がらせかと思いました!」
宮原の言葉に唯は拳を握る。本当はこの依頼に唯は参加予定ではなかった。
“ただいま~”
昨夜、呑気に別の仕事を終えて報告に立ち寄っただけだったのにいきなりライフルを渡されて行くぞと声をかけられた。突然の事態に混乱する自分を他所に事務所で気づいたらライフルを扱えるというだけで現場に引っ張られたのだ。
「苦手だって言ってるのに“いやいや、お前なら出来るって”意味分かんないし!」
ついに唯の中の不満が決壊する。事務所の机をバンバン叩く。
「出来ない理由が分からないから困ってんだよ!こちらとら」
普通に距離がなければ唯だって弾が当てられる。
なのに……
「一メートル以上距離が空いたら当たらないとか神に呪われてるとしか思えないじゃん!もう!」
『あ~』
事務所に居た面々が唯を見て、生暖かい目を向ける。
彼は“暗殺技術のいる暗殺者”としては欠点だらけだが……
人の輪に入り、人の心を掴み、場に溶け込み人をフォローすることには誰よりも長けた“裏方支援者”としては追随を許さない才能。
だが、同時に唯の誰にも物怖じせず、話しかける能力は“暗殺者”として必要とされないものでもあった。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
そう、誰にも苦手はあるんです……
誰か分かって!と思います