1. すいませんが退職させて下さい
見た目は古びた雑居ビルの一室に古坂唯の姿はあった。
「すいません、暗殺者辞めようと思います」
入室するなり、そう口にすれば目の前の相手が驚いた表情を晒すのが分かる。その表情を見たら、こんな暗殺者として失格の自分を育ててくれた相手に申し訳ない気持ちが沸き上がったが唯の心は決まっていた。
「俺には暗殺者に向いてないので退職させて下さい」
そう言って頭をこの支社の責任者浪脇悟に唯は下げる。そんな唯の一大決心に相手の暗殺技術の程度をよく知る悟は苦笑した表情で口を開く。
「なんだ?まだ昨日のこと気にしてたのか?」
そう苦笑混じりに聞かれた唯は伏せていた顔を弾かれたように上げる。
「気にしますよ!気にするに決まってるじゃないですか!俺のミスで危うく仕事が失敗する所だったんですから!」
唯がまくし立てるようにそう言うと悟は肩を竦める。
「結果的に仕事が成功したんだからいいじゃないか」
この支社に籍をおくからには“暗殺者”としての役目を担うがその能力が著しく低い唯をこの支社で引き取った理由は別にある。浪脇が唯に求めるのは他の暗殺者とはまた別の能力を買ってのことだ。だから人為不足だからと昨夜は唯の苦手な仕事を割り振った自分が悪いと思っていたので予想通り仕事でミスをしたことに関しては気にしていなかった。むしろ、“やっぱり無理だったか”ぐらいの気分だ。
「だから、お前が仕事を辞めないととまで責任を感じる必要はないと思うが?」
そう正直に唯に告げるも暗殺者として暗殺能力が著しく低いことを気にする少年の慰めにはほど遠い。
「だって……俺は暗殺者なのに……」
悟の慰めに下を向いて拳を握った唯は唇を噛み締める。生まれた時から親はなく、たった一人の家族は双子の弟のみ。日本のアングラ組織の経営する孤児院で育てられ、組織の役に立つためにと育てられたのに暗殺者としても役立たずな自分に嫌気が差す。暗殺者として失格な自分とは裏腹に暗殺技術に優れた双子の弟は組織の中でもかなり重宝されている。それに比べて自分の惨めな現状が悔しくて仕方なかった。
「ゼロ距離以外の暗殺が不得意だなんて暗殺者として終わってるじゃないですか!」
そう叫んで唯は顔を覆う。昨夜の仕事も本来なら臨時スナイパーとして仕事に参加した自分に対して冷たい目を向けてもいいはずの支社の面々は仕事が終わってライフル片手に青ざめて現れた自分を見るなり、納得した表情を向けてきたのだ。
“あ、やっぱり唯君だったんだ!”
そう言って“掃除班”として現場にアシがつくようなものが残ってないかを調べる役割の少女がヒラヒラと手を振った時に唯の心は見事にぼっきりと音を立てて折れた。昨夜の心が折れた瞬間に思いを馳せながら唯は遠い目をして言葉を紡いでいく。
「普通なら、間違って味方に向かって狙撃したら殺されても文句言えないですよね」
「ああ……まぁな……」
悟も唯が失敗する度に起こる騒ぎを知る浪脇も苦笑する。周りは唯本人のキャラクターもあり、唯が現場に出れば起きる騒ぎを熟知しているので失敗を問題視していないがどうも本人は違うらしい。
「なのに、なのになんで“あ、やっぱり唯~”とか、“あはは、流石唯ちゃん。撃てば外すってサイコー”とか……」
本人は本気で憤っているらしいが内容は本人でなければ“ネタ”でしかない。今もチワワのように可愛い顔をした少年がプルプルと震えながら拳を握るこの支社のマスコットキャラクターは絶叫する。
「“ゼロ距離暗殺者”とか意味ないから~‼」
歩けば何もない所で転び、銃を撃てば必ず外す、ゼロ距離でしか対象を暗殺出来ない暗殺者古坂唯は自分につけられた2つ名に涙した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです