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10.所長と同じ顔の座敷わらし

「はぁぁぁ……」


目の前の信号待ちに気がついて足を止めた三河安城支社で第三席を勤める丸山祐二は心の奥底からため息を吐く。自宅から支社までは徒歩15分。前までは原チャリを使っていたが、健康のためにと一年前から通勤を徒歩に切り替えたのだ。ここ数年は異動もなく、平凡な三河安城支社を騒動が襲ったのは2週間前。元々、年配だった前所長が“そろそろ引退しようかなぁ”と冗談混じりに口にして数年。そののんびりとした気性があったのか祐二もめきめきと実力を発揮し、つい2年前に事務方の第三席に出世した。子供が高校生になり、進学費もかかる頃に得られたその地位を有り難く拝命した。


“なのに……この2週間の悪夢は何なんだ……”


思わず、そう思うほどの問題がこの2週間で三河安城支社を襲っていた。先代の所長が正式に引退を決めて半年後、新しい所長を迎えたばかり。そこまで考えた祐二は信号が変わったのに気がついて再び歩き出す。


「俺がこの支社の新しい所長だ」


引退する所長による挨拶にそう口にしたのはまだ17歳の少年。何故かその姿に自分のことではないのに誇らしげな男が背後に立つ。


「優秀だと聞いているから、みんなよろしくね」


『はい』


昔は凄腕のスナイパーとして働きていた所長の言葉に新しい上司を支えて行くんだと誇らしくも思っていた時期が祐二にもあった。


「……はぁぁぁぁぁ……」


そう回顧した祐二の口からはまたため息が零れる。所長としての業務を習うためか、別支社からくる第2席よりも2週間早く着任した新上司には事務能力が皆無だったのがまたその悪夢に拍車をかけた。


「なんでこんな事も出来ないんだ?」


この仕事は一人では難しいのではと仕事にあたっての資料からそう進言すれば不思議そうにそう言うのだ。その言葉に“ヤバい”と危険信号が点滅した。現場での仕事ができるがゆえに実績は積み上がり、上の覚えがよくなり出世するやつがこの組織には時たまいるのだが……。お察しの通り、色々とヤバい。彼の金魚のふんのようにつきまとっている男に助けを求めるも……。


「そんなことで“神”の手を煩わせないで下さい」


17歳の少年を“神”と呼ぶ男の存在に三河安城支社は支社の行く末に暗雲が垂れ籠めるのを感じた。


“しかも……朝から来ては頂けない……”


朝が極めつけに弱いのか新しい上司がやってくるのは昼過ぎ。朝からの仕事でトラブルが起きても電話も繋がらない。


“どうしたものか…………”


このままでは支社の行く末は暗い。そう悩むものの……打開策は見つけられないままに先代の所長は去ってゆき……。自分の身が危なくなる前に退職したいのはやまやまだが、家族は自分の仕事が暗殺組織の事務員だとは知らない。


“この年では再就職は難しいだろうしな”


まだ自分が後、10歳は若ければ再就職も考えたがこの年で一般企業への転職は厳しい。前にも後ろにも退路が見えない状況に部下の事務員達の不安は酷い。祐二自身も日に日に増していく頭痛、吐き気に組織に所属して初めて感じる倦怠感に悩まされている。出社拒否したいが、それも出来ない。重い体を引きずりながら職場のビルにたどり着けば…………。


「おはようございます」


「おはよう………」


自分と同じように疲れた顔を晒す第7席の三上楝がエレベーターホールでエレベーターを待っているのに出くわす。昨日の騒ぎの疲れが抜けないままに階数表示を見守っていると“そう言えば……”と隣の三上が口を開く。


「結局、昨日の“座敷わらし事件”は解決したんですか?」


その問いかけに祐二はため息を吐く。


「まだわからん」


「ですよね……」


昨日、トラブルの収集に予想よりも時間がかかり、通常の仕事に戻れたのは夜の20時も近づいた頃。通常業務が何も進んでいないことに頭痛を感じつつも席に戻った祐二を待っていたのは通常業務が全て決済が終わった机。バタバタによって散乱した資料もきちんとまとめて机の上に置いてあった。一体、誰がと思う自分をよそに更に予想外の事態は“通常業務”を三河安城支社の事務員はしていないのに決済を待つ人が事務所にいなかったのだ。“誰がしたんだ?”と混乱に陥る事務員を他所に大学に通いながらこの事務所でアルバイトをする紺野が事務決済の履歴を確かめた。


ー古坂唯ー


どの決済にも同じ名前が刻まれた画面を食いいるように眺めても三河安城支社の事務員にそんな名前の者は誰もいなかった。


“一体、誰なんだ……”


「はぁ………」


すでに新しい所長だけで持て余しているのにこれ以上のトラブルが起きたら過労死する。


「丸山さん」


「ああ……」


ようやくおんぼろエレベーターが降りてきたのに気がついていなかった祐二が昨年新しい事務員として入った三上に促されてエレベーターに乗って30秒後に事件は起きた。


“チン”と音が鳴って、目的地についた祐二はエレベーターから降りようとして足を止める。


「丸山さん!立ち止まらないで下さい」


足を止めると思わなかった相手にぶつかった楝が非難の声をあげるも目の前の壁は動かない。その行動にいぶかしげに楝が横手から顔をエレベーターホールに出して上司と同じように固まる。そこには“昼過ぎにしか出勤してこない所長”として有名な少年が箒とチリチリを片手にエレベーターホールを掃除している姿が視界に入ったのだ。こちらの騒ぎに気づいたのか喫煙所と化して汚かった玄関を吐いていた少年がこちらを向いてゆっくりと微笑んだ。


「おはようございます!皆さん!」


普段、陰気な顔をした少年とは思えないほどの快活な人好きする笑顔を浮かべた少年に祐二と楝は言葉なく、立ち尽くす。


『………………………………』


その奇妙な無言はこちらが言葉を返さないのに驚いたのか不思議そうな少年が小首を傾げ、楝の上司である祐二が扉の閉まりかけたエレベーターに挟まれるまで続いた。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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