ナナの置き手紙
カケル、君の名前。そして、私の名前でもある。
なぜ同じ名前をつけたのかわかるかい?
見つけてもらうためだ。
誰って?ショウカンビトに決まっているだろう?
あいつは絶対にお前を見つけてくれるよ。
そのために同じ名前をつけたんだ。
だからもう泣かないで。カケル。
人生を変えてくれるショウカンビトは必ず君を見つけてくれる。
だからもう大丈夫。もう大丈夫だから。
カケルは懐かしいおじいちゃんの声を聞いたような気がした。
起き上がって自分の頬に触れると指先に涙がつたっていった。
カケルはそこで自分が泣いていることに気がついた。
(じいちゃんの夢、久しぶりに見た)
自分の名前の由来などカケルはすっかり忘れていた。
(じいちゃんはいつも俺のことを心配してくれてたんだよな)
カケルのおじいちゃんはカケルがいじめられていた頃、よく慰めてくれたのだ。
ショウカンビトが見つけてくれる。
私と同じ名前をつけたから。
あいつは絶対見つけてくれる、と。
カケルは結局のところ、おじいちゃんが出会ったショウカンビトには出会えていなかった。
(いつか会えるのかな。いや、でもその必要はないか。俺はナナに出会えた。それだけで十分)
そこでカケルは我に返った。
「ナナ?」
部屋をきょろきょろと見回した。
ナナがベッドにしているソファーにも、お気に入りの椅子にもいない。
それどころか部屋は静まり返っていた。
「またあいつ朝からどっか出かけてるのか?」
カケルは、大きなあくびをするとベッドから起き上がり、キッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けると、冷たい冷気がカケルの顔に吹き付けた。
カケルは顔をしかめて、冷蔵庫のすぐ横にあるテーブルを見つめた。
「ナナのやつまた出しっ放しじゃねえか」
そう呟くと冷蔵庫の中にあった牛乳パックだけ手に取って扉を閉め、食器棚からカップを取り出した。
テーブルの上に置いてあった瓶をカップの上で振ると茶色い粉がさらさらとカップの中に落ちていった。
ポットに入っていたお湯をカップに注ぐとコーヒーの香りが部屋に広がっていく。
カケルはそこに牛乳を少し入れるとかき混ぜた。
湯気が立ち込めたカップを持って、カケルはテーブルにある椅子に座った。
そこでやっと気がついた。
ナナからの置き手紙があることを。
そこにはこう書かれていた。
この2日間少し留守にします。
いい機会だからひとりでのびのび過ごしたら?
ナナ
「あいつ、いつのまに」
カケルは、驚いてその置き手紙をじばらくじっと見つめていたが、ふんと鼻で笑った。
「ひとりでのびのびか。あいつ母さんみたいに口うるさかったからな」
カケルはそう言ってコーヒーを口に運んだ。