1日のはじまり②
そう言って鍵を閉めてエレベーターに乗ると先客がいた。
グレーのコートに身をつつんだ背の低いおばさんだ。
「おはようございます」
(あ、いつものくせで言ってしまった)
カケルは自分の住んでいるマンションの住人とあいさつなどしたこともなかった。
しても、どうせ無視されるそう思っていた。
なぜなら、ここの住人はみんな愛想のなさそうな人間ばかりだったから。
(リリィのアパートの人はみんな愛想がよかったからなあ)
「おはよう。カケル君よね?」
カケルは、驚いた。
無視されるものだと思っていたものだし、まさか自分の名前を知っているなんて。
「僕の名前知っているんですか?」
おばさんの顔がぱあっと明るくなった。
(あ、この感じリリィのアパートの人と一緒だ)
「もちろん!小さい頃よくうちの息子と遊んでいたのよ?」
「え、本当ですか!?」
「あら?覚えてない?まあ、まだ赤ちゃんぐらいの時だったからねえ。マンションでよく見かけてたけど、本当、大きくなったわねえ」
そこでエレベーターは1階に到着し、扉が開いた。
「それじゃあお先に。お勉強頑張ってね」
「あ、はい!それじゃあ」
おばさんの後ろ姿を見送りながらカケルはまだ驚いていた。
(このマンションに母さん以外で自分のことを知っている人間がいたなんて)
その時、ナナの言葉をカケルは思い出した。
”カケルってティオクでとんでもなく無愛想な顔していたわよ。そんな人に愛想のいい言葉をかける人なんて誰もいないわ”
(そうか。無視していたのは、愛想が悪かったのは自分だったんだ)
カケルは変わってきていた。
そしてカケルもそれがわかっていた。