リリィのいない現実
ナナは、ダミアンを見つめ返す。
「ここが変わってないから」
「変わってない?」
「ずっとあの時のままだから、時間が止まっているみたいだから。でも、現実は時間が動いている。それをここに来るとひどく実感しそうだったから」
「それは遠まわしにリリィのことを言っているだろ?」
ナナは、ダミアンから視線をそらした。
「私ね、あの日からずっと思い出していたの。リリィのこと。でも、それは思い出すっていう感覚とは違って、まるで夢のようだった。決してありえるはずのない夢を見ているような。だってリリィはもういないんだもの」
ダミアンは黙ってナナの話を聞いてくれた。
「ここに来るとその夢を見ることができなくなる気がして。でも、でもね、今、やっと思い出としてリリィを思い出せることができた気がする」
「ナナ、君は」
「私、会いたい。リリィに会いたい」
ナナの頬に一筋の涙がつたっていった。
ダミアンは、微笑んだ。
「僕もだよ。ナナ。リリィに、ここにかつてランチを食べに来ていた人たちに、会いたいね」
ナナは、涙を拭うと目の前にあったサンドにかぶりついた。
そうするとまた涙が溢れてきた。
「美味しい。相変わらず美味しすぎるわよ。ダミアン」
ダミアンは笑った。
その顔を見て、ナナは微笑んだ。
「なんで、ダミアンまで泣いてるの?」
ダミアンは笑いながら泣いていた。
「なんでだろうな。ナナが美味しそうに食べてくれるからかな?」
ふたりは笑った。
泣きながら。
ナナはやっと現実と向かい合った。
今までリリィのいない現実から目を背けていたのだ。
それはダミアンも一緒だったのだろう。
だからふたりしてやっと涙を流すことができた。
「泣きたい時に泣かなくてどうする?」
カケルにまんま返された自分の言葉がナナの耳に残っていた。




