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9話  孤独のギフテッドガール

「どうぞ」


 恋路部に訪問する客人よりも先に弥彦は冷静に言葉を告げた。

 本当ならノックしてから教室に入って欲しいものだが恋愛や人間関係にも不器用な学生が確かに居るので、仕方なく本日の依頼人の様子を伺うことにする。


「あ、はーい。お邪魔しまーす……」


 弥彦に呼ばれて素直に教室に入る客人。

 その姿というのは薄い亜麻色でセミロングの髪型をした少女だった。両サイドに小さな黒リボンの髪飾りと紫色に透き通る瞳。容姿が整った童顔と微かに着崩れた制服を見て、彼女は無邪気な性格の持ち主であると容易に想像ができた。


 様子を伺う限り、あまり勉強が得意そうではない雰囲気があるが……。


「……え、あれ? どうして転校生くんが此処に……」

「彦くんは恋路部の部長さんなんだよ」


 代わりに答えたのは客人の契。

 順応の良さが際立つ彼女の対応によって、部室に訪問してきた少女はきごちなく現実を理解する。後ろめたい目付きは何処かしら自信がない。


 不意に目線が重ねると少女は逃げるように避けるが、対して弥彦は無問題。

 あくまでも依頼人の問題を解決の糸口を探るためには。

 こちらから話す方が断然早い。


「とりあえず空いている椅子に座ってくれ。それから要件を聞こう」

「……わ、分かったわ」


 言われた通りに従うセミロングの少女はスカートを整えながら椅子に腰掛ける。

 背筋を伸ばした姿勢は相談について真剣に向き合おうとしていた。


 弥彦の方から会話を含ませれば自然と言葉が返ってくる。たとえ内気な学生でも人の話を聞いている以上、暗黙の了解として答えないといけなくなる。けれど会話を交わす方法としては、常識人が扱えば別に何も問題はない。


 ただし、クラス全体を君臨する絶対女王が扱うとさらに質が悪くなる。

 というかそれが常套手段だ。


「茅月理世ちゃん、だったよね?」

「相澤さん……」


 やはり依頼人である彼女の名前を知らなかった弥彦は手を顎に触れて思案を巡らせる中で、それをフォローする形で契が丁寧に会話を弾ませていた。


 流石は人気者。

 学生の名前を覚えているのがスペックが高い。

 

 契に名前を呼ばれた少女、茅月(かやつき)理世(りせ)は彼女が身近に存在し謎のボランティア活動に居候している事に多少の驚きを見せている。余程珍しい光景なのか。


「相澤さんこそ、ここの部員なの?」

「違うよ。私は放課後が終わるまで部室にいるの。だから部員じゃないよ」

「その割にはゆっくり繕いで見えるわよ……」


 契の存在があまりにも眩しくて直視できなかった理世は謙虚に目線を逸らす。

 どこか否定的な視線は弥彦の方へ向けられた。

 当然のように目が合う。


「じゃあ、貴方があの転校生の新藤弥彦くんで間違いない?」

「ああ。別に構わないが、俺の名前を知ってるんだな。同じクラスの学生なのか」

「え、それは、その、2年A組だけど……」


 妙に名前を知られていた事に弥彦は思わず怪訝そうになる。

 机の向こう側で座る理世について何も知らない。なのに、どこか焦る彼女は完璧にこちらの姿を認知していた。


 唐突に湧き出した見覚えのない疑問点。

 違和感の連続に苛まれる弥彦に、隣の席に座る契が救いの手を差し伸ばす。


「彦くんは転校生だから校内では有名な方だと思うよ。昼休みの時間帯には彦くんを見るために教室に寄って来るの。だけど昼休み彦くん見掛けないから、尚更知りたい人は沢山いるかもしれないね」

「俺は珍獣の何かよ……」


 予想外の展開に弥彦は幻滅。頭痛がして思わずこめかみを押さえた。

 転校生というジョーカーは恐ろしい存在である。


 結局は見た目と印象で決められる不自由な人生。誰かに振り回されるのは御免だ。転校初日で失敗して弥彦にとっては好都合と思っていたのに。逆手を取られて知名度が上がっているではないか。


「本当にやめてくれ。そういうの全然面白くないから……」

「実際にはどうなんだろうね?」


 知り合ってからは有名人レベルに達していた契はお構い無しの様子。

 みんなが全員同じというワケがないのだ。


「……噂を聞く貴方の印象が大分違うみたいだけど、もしかして嘘なの?」

「勝手に広まった偽装だ。好きに判断しても構わない」

「ふぅん、本人がそう言うのであれば、私は貴方のことを肯定するわ」


 無駄に達観している理世の発言に咄嗟に弥彦は固まる。


 異性から何かを理解されることに弱い男子。それは勘違いに通ずる。けれど弥彦にとってそれは悪寒にしか変換しない。背筋を凍てつく危機感が人間本来の感覚を発揮させようとして。


 青春を折る転校生でも、ボランティア活動部の部長でもない。

 ただの新藤弥彦は目の色を変えて理世に問う。


「……何処かで、会った事があるのか?」

「いいえ。興味本位で覚えている程度よ。本当に貴方の姿なんて、ほんの少し見掛けただけだし。実際に見て捻くれた転校生じゃないって、直ぐに分かったわ」


 首を左右に振って否定する理世。

 どうやら目の前にいる彼女は相当の着眼点を心得ており、知識についても劣らない。見た目に反してかなりの秀才。ギャップ萌えに転じた何かがあった。


 いいや、違う。

 戸を開くのを見掛けた時に感じた、気の抜ける素質が本当の姿だったとしたら。

 茅月理世の場合なら集団行動について疎い気がした。


「まさかお前、友達……」

「いるわよっ!」


 キッと睨まれた。

 それを涼しそうに避ける弥彦。彼女の抵抗は空しく躱されてしまうが、まだ諦めた様子ではなく、顔を真っ赤に染めながら何か言いたげな視線が続いていた。


 言葉に反応している彼女は黒当然だが、あえて刺激させないようにする。

 試練と与える悪役と弱者を貶す悪者は全くの別物なのだ。

 一言で構わない。


「言っておくが俺には友達なんて存在しない。お前とは違うからな」


 明らかな嘘。嘘を付いてごめんなさい。


「そ、それは当然で、……え?」


 拍子抜ける間抜けな声が彼女の口から溢れる。

 何を言われるか警戒していた理世。しかし予想外の返ってきた言葉で呆気に取られた表情は自信がなさそうに困惑していた。


(親友関係の相談ではないし、恋色沙汰でもないな。どういうことだ?)


 ちょっと幼さを垣間見える彼女の珍しい一面。

 メガネを掛け直す部長の弥彦はそれを今回の相談へ繋げてみせた。


「話を戻そう。茅月の要件は一体何なんだ?」

「……」


 人前で話す内容ではないことを予め承知している。だからこそ解決へ導く弥彦は恥じらう理世の答えを待ち続ける。


 確かに恥ずかしい瞬間だろう。

 好きでもない学生の前で本音を吐くことは女子のプライドとして許せない。信用に値しない人達に口を噤むのは当然。けれど彼女は恋路部へ頼ってきた。自分では解決できないから、誰かの手を借りなければいけないと、本当の心の中ではとうに理解しているとしたら。


 本音を伝えないとやがて来る夢も希望も未来さえ何も始まらない。

 ならば、選択は既に決まっている。

 

 欲しいと思える彼女の願いを手に入れるために。

 真剣に向き合う弥彦の強い眼差しに向けて、決意を抱いた理世は言葉を告げた。


「……私、好きな人が、いるの」


 内側から秘められた本音を声にするのに、どれほどの覚悟を必要なのか。

 それは彼女自身にしか分からないものだろう。


 けれど、その想いは正真正銘の本物だ。

 理世の言葉を聞いて、弥彦は冷静沈着の眼差しで然りと頷く。柔らかい微笑みを浮かべる契は理世の幸せに感心する。幸福を共に分かち合う契の言葉にしない謙虚な思い遣りは優しさに満ちていた。


 そんな対等の立場で静観する二人に、理世は言葉を続ける。


「でも問題はそこじゃないの。付き合うのにも、色々と心の整理が必要だから。それで私がお願いしたいものは、デートとかその、みんなが想像するカップルらしいことを先に予習しておきたいの」


「カップルらしいこと?」

「要は、デートについての実践を考慮したシミュレーションか」


 もし誰かと付き合うとしたら。

 これまでの学校生活はガラリと変わるものだ。見える景色も鮮やかに。言うなれば青春の勝ち組に昇華するものだが、理世については違う。


 心に強く惹かれる人に思い寄せた気持ちを弥彦と契にきちんと示してみせた。

 もし本気でないとしたら、態々この部室に来る理由が無い。


「そ、そう。好きな人と付き合えた時に困らないように。べ、別にこれは私じゃなくて彼氏になる人のためなんだから!」


 顔を真っ赤にして高らかに宣言する理世。

 対して他人行儀の弥彦は変に気遣うことはせず、純粋に質問を投げる。


「よくもまあ安く他人に恥じらうことが出きるな。一体何のツンデレなの?」

「し、仕方ないでしょ! この部室には転校生くんしか頼める人いないもんっ!」

「え?」


 ちょっと何言ってるか分からない。

 素で答えてしまうほど、彼女の言葉に理解が出来ないでいる。同じ日本語を話しているのにだ。勝手に恥じらう依頼人に、困惑するのはこちらだと率直に反論したかった。


「いや、待て。一体どういう意味を含んで会話をしてるんだ……?」

「……もしかして、まだ、分からないの?」


 机に肘を付いて悶絶する弥彦は頭を抱えてしまう。

 怪訝そうに見詰めている理世の方は幻滅していた。頭痛がして押さえている。


 行き違いというか擦れているだけなのか、双方の意見が異なるばかり。反応も方向性でさえ全くの別で、請負人と依頼人の立場が危ういものに。理世は気付いているようだが、弥彦だけは取り残されていた。


「まさか、俺が模擬彼氏をしろってことですか……」

「それしか方法はないでしょ」


 女性は雰囲気で話すというが、正しくこの事を言うのだろう。


 ―――全然分かるか!


「大体、茅月の依頼はデートの実践だろ。レクチャーすればいいのに……」


 脱水症状を引き起こす勢いで体の震えが止まらない弥彦。どう考えても答えは虚礼虚文のよう。そもそもこのやり取りに依頼人の恋愛に関わるものなのか、そう思案を別の可能性に巡らせていた時に。


 隣の席に座るトップカーストの契は安心と信頼の微笑みでこう言った。


 これ以外、選択肢はないように。


「部室に男の子は彦くんしか居ないからね、代わりとしてお手本にならないと!」

「……本気で言ってるのか?」

「うん? 私は本気だよ。恋愛にも、依頼にも、何事にも真剣にならないとね!」

「やるのは俺なんですけど」


 無駄な反論をしても彼女の前ではタブーである。

 というか恋路部の部員ではないのに契が加担していることに遺憾を募らせるが、この際だから手を借りることにする。ワケの分からない部活に居候しているトップカーストの身分だ。


 哀れな転校生と残念ツンデレの醜態をとくと見るがいい。


「茅月、やっぱりお前友達いないだろ」

「いるわよっ!」

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