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11話 恋愛攻略作戦

 唐突に日付は金曜日に遡る。

 今回の依頼人である茅月理世の恋愛相談を受託した二日後の話のことだった。


(やはり、これしか、方法はないのかもしれない)


 完全アウェイの教室にて、自分の席で考え込む孤高の転校生、新藤弥彦は腕を組んでいた。微動だにせず昼休みの真っ只中を無駄にして、ひたすら彼女の依頼を効率化しようと技術を振るう。


 理世が描く恋愛シミュレーションを抜かりなく成功させるためには。

 こちらも真剣に取り組む必要があった。


 見知らぬ転校生に本音を晒け出した少女の願いは届かない所にある。それは誰かに授ける気持ちが本物だから、向けられる感情が異なると理解出来てしまう。興味本位のいい加減な言葉の羅列よりも耳を傾ける意味がある。


 キャンキャンと子犬のように喚くクラスメイトのJKよりも十分にまとも。

 まさしく雲泥万里のレベルの差だ。


(……というか、喧しいわ!)


 絶対に振り返りたくはない。

 危険な選択を選ぶ根性が無かったりする。席替えの時期がやって来るまでは、彼らの日常を認知したくはないと心掛けたい。


 メガネを掛けた地味な転校生を演じるために。

 リア充よろしくの彼らの目線から逃げないと馬鹿馬鹿しくて死ぬから。


「今日予定ある? もし暇ならカラオケしに行かない?」

「はい賛成~」


 話を進行させる真面目な女子高生と気怠そうにするJKの声が聴こえる。しかし区別が全く付かない。一体誰なのか知る由もない弥彦にとって、彼女達の平凡な会話には加担しないので当然無視するだけ。


 こちらが席を外してしまえば彼女達は転校生には気付かない。

 ただし、結局は椅子を取られてしまうのだが。


「……どうせ除け者ですよ。俺は」


 新学期早々の転校だ。

 教室で声を掛けられたことが一度も無いのだから幽霊扱いなのは当たり前か。

 という訳で弥彦は名残惜しむことなく教室を出る。


 擦れ違う学生には気配を消して人気のない場所を目指す。しかしその岐路は恋路部のある別棟ではなく、購買部のある一階へ向かう。


 今回はコロッケパンとサンドイッチで昼食を取ることにした。

 弁当を作るにも時間とコストが掛かる。安くて手頃な美味しいものを食べよう。あとは飲み物をコーヒー牛乳かお茶にするか賢明に考えるとあっという間に購買部に辿り着く。


「えっと、500円のお返しになりますね」

「どうもありがとう」

「……!? あ、ありがとうございました……っ!」


 単にお礼を告げただけなのに購買部の担当を務めていた黒髪の少女は、弥彦の顔を見て緊張した様子で会釈を返してきたではないか。


 黒髪の少女との面識はない。

 しかし購買部へ寄れば彼女は人の印象を覚えているのだろう。至って大人しめの黒髪の少女は一回り背丈が低い気がする。こちらに恐縮する反応を見るに後輩の可能性が非常に高い。


 新品当然の綺麗な制服と袖の長さが華奢な手を隠れていたら分かる。

 間違いない、少女は新入生だ。


(……この様子だと、彼女は噂を耳にしてないな)


 流石に曖昧な態度でやり取りを過ごせば、相手に迷惑を掛けてしまうので。

 ここは礼儀を重んじて会釈をしてみせる事に。


 すると黒髪の少女は大層嬉しそうでにぱっと微笑んだ。まるで利口な犬みたい。

 先程の尻尾振りのアホとは大違いだった。


 後は自動販売機に寄ってコーヒー牛乳を購入。恋路部へ寄らず人気のない校舎の裏側を巡ってみる。ある確認を終えた弥彦は靴を履き替えては昇降口を出ていく。たまには外出して昼食を済ませることも新鮮味があって退屈にはならない。


 鮮やかに咲く桜の木々を眺めながら場所を決めようと探す。

 不意に何かを思い出し、目の色を変える弥彦は自然と言葉をぽつりと呟いた。


「……もしかして」


 確か転校から二日目が過ぎた頃だ。校舎を散策していた所に満開に咲き誇る桜を望む景色を拝見していると記憶に残っている。


 とても綺麗なものだったから、写真を取りながら空中廊下から眺めていた。

 あそこなら彼女はいるかもしれない。


 速やかにある場所へ向かう弥彦は静かに考える。

 誰でも興味を持つほどの絶景の下で昼食を済ますのは理想だろう。だから普通に考えると位置取りの絶えない激戦区となる。景色に埋める女子高生達が占拠して、団欒とした空気を吸って過ごしているのだ。


 けれど、共通する者同士が集まっただけの繋がりに過ぎない。

 そこに居ることも叶わない学生は、遠慮と空気を読みながら遠くで眺めている。


 決して人に迷惑を掛けないような光が差さない陰の場所で。


「本当に友達が居なさそうな過ごし方をしているよな、アンタは」

「し、新藤くん!?」


 突然と声を掛けられて振り向くと見知った人物が目の前にいることに薄い亜麻色でセミロングの髪をした少女、茅月理世は毛を逆立つネコみたいな反応する。


 ベンチに座る彼女はどうやら弁当を持参をしていたようで、偏りのない栄養に込められた食材を使っている。蝶々の形をした人参とかタコさんウィンナーとか、手作り感のある弁当には素直に美味しそうと思えた。


 ついでに、どうでもいいことだがリボンの髪止めが桜色だった。


「なんで貴方が此処に……」

「転校してきたばかりだからな。道草食っていたら珍しく茅月が見えた」

「余程暇だったのね」


 最初驚いていた理世は弥彦の動機を聞いて呆れたのかため息を吐いて変わる。

 それでも微笑む姿は崩さない。


「ホントの目的は何かしら? 集団と孤立する一匹狼ような転校生くんが、こんな真似をするとは思わないけど」

「なんだ自分でもよく理解しているじゃないか。同族嫌悪でも思い出したのか」

「ふふ、最初から仲間なんていなかったわ。……あ」


 自分が言っている事を把握する理世は途端に転校生に振り向くが、対して弥彦は肩を竦めるだけ。別のベンチで食事を始めたため、なんとなく反論出来ないでいる彼女は訝しくむっとした表情で睨む。


 しかし下らない物事だと気付いて、勝手にほとぼりが冷めた。


「もしかして、私の依頼について私を探してきたっていうの?」

「さあ。どうだろうな」


 肩を竦めるが対して理世は気にしていない様子を伺う。


「ふぅん、正直に言えばいいのに。素直じゃないのね」


 お互いに遠い目をして、青春を謳歌する学生が集う桜の大木の方へ眺めている。

 木陰に潜む集団から切り離した者の景色は何も届かない。


「ああ、思い出した。依頼の件について相澤は除外すると決めたから」

「え? 相澤さんは同行しないの?」

「同行しても意味がないぞ」


 ある意味ではこの事態を今の彼女に話すべき論点であると、弥彦はそう思う。

 何より客人の彼女は圧倒的に次元が違い過ぎるからだ。

 全てにおいて離れている。


「確かに相澤に関しては恋愛の知識は豊富にあるかもしれない」

「別に問題な部分は見られないわね。それで?」

「ただ、相澤契は正真正銘のトップカーストの人間であると誰もが認識している。その彼女が街中を歩いてみろ。忽ちパパラッチに監視される事を」

「そういえば見覚えがあった気が……」


 目立ち過ぎる契の存在感の怖さを知っている。あれは学生のする所業ではない。

 誰に対しても分厚い慈悲と受け入れる優しさを与える天使だ。

 しかし天使は現実を履き違えている。


「魔法を掛けているのか勘違いした男共を操る景色は、物凄く不思議だった……」

「あれは幻覚だったのよ。そうに違いないわ」


 自分に言い聞かせる二人。

 知りたくない現実がそこにはあって。

 険しい表情をしてサンドイッチを食べるのを止める弥彦。その瞳の輝きは冷たさを増しており刃物のように鋭い。不快を覚えた感覚は治らない。


 共感する理世の方も現実逃避をするほどまでに、そっぽを向いていた。

 意図も簡単に両者の利害が一致した瞬間だった。


「相澤の存在だけで依頼は解決しなくなる。むしろ歯止めが効かなくなるほどに。何故調子が狂うのかそれは単純な答えだ。生きる世界が違う」

「つまり、独りぼっちの敵ね」


 その通り。相澤契という少女は孤独を知らないヒロインである。

 孤独を愛する学生達の天敵。


 この世界に生まれた瞬間から。

 不自由のない生活を送ってきた天才的なクラスメイト。

 周りの人達から大切に守り続けてきた少女は高貴さを人のために尽くし、笑顔で手を差し伸ばす美徳の持ち主は数少ない聖人と同じように。


 他人事にも解決しようとする姿勢は、正しくお手本のような人間だ。

 だからこそ、こちら側の人間は厳しくなる。


「……これは茅月本人が必死に相談した依頼だ。他人であり部員でもない相澤には手を借りるつもりは無い。部長の俺が完璧に果たさないと」


 ストローでコーヒー牛乳を飲む弥彦は理世の方へ振り向かない。

 ひたすら、彼女の願いを込めた依頼を全力でやり遂げることを一貫している。


 青春を送う人のために尽くす弥彦は静かに言葉を告げた。


「俺は別に孤立しても構わない。だけどアンタは独りになっては駄目だ」

「……ふふ、そうね。独りにはなりたくないわよ」


 理世は勝手に微笑む。

 恋愛という願いに込められた意図は分からない。それでも青春に迷える学生に手を差し伸ばすための部活動を行う者として、どんな形であっても、彼女が納得が行く答えを探し出す。


 退屈で仕方がない学校生活に刺激を与える起爆剤は手段を選ばない。

 たとえ、それが汚れ役を演じても。


「新藤くんは依頼を解決したいんでしょう? だったら明日に決めない?」

「……土曜日、か。他に用事は無いのか」

「どうせ私達は暇を弄ぶ学生よ。……ほら、早い方が断然良いでしょ」


 プイッとそっぽを向く理世。ほのかな亜麻色のセミロングの髪が揺れるが、対して弥彦の方は紙パックに透明の袋を詰め込んでは折り畳むだけ。

 そして両手を合わせ合掌する。


「ご馳走さまでした。とりあえす午前渋谷のハチ公像の前で集合で」

「えぇ、もう食べ終わったの!?」

「コロッケパンとサンドイッチだけだし。それ以上に食べたら眠くなるからな」

「私的にはもうちょっと話すべきことがあると思うんだけど……」

「だったら現地に寄ればいいだろ。じゃあまた明日」

「……また明日ね」


 何か言いたそうにして不機嫌にいる彼女を置いて弥彦は校舎へ戻っていく。途中で厳かに佇む桜の巨木のある中庭に横切る。


 そこで例のトップカーストの客人が女子達と昼食を取っているのを見掛けるが。

 自然と通過する弥彦はそのまま昇降口へ向かってしまう。


 優雅に花見をする学生達も同じく知らないようで。

 多くの人達の中に、弥彦と同じ2年D組のクラスメイトが多く紛れていた事実を、まだ誰にも知らされていない真実は全てを物語る。


 しかし、掟破りの均衡を破るのは、時間の問題だった。

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