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犬臭い!

作者: イヌノカオ

「犬はどこだ!どっかでハアハア、とか言って隠れてるやろ!」

ケイコの瞳孔は開ききっている。交感神経がバカみたいに働いて、ハチキレそうになっている。

獲物を探す態勢だ。いきおい良く、布団をめくる。もう6月なのに、毛布も、厚手の布団も出しっぱなしだ。湿気を吸って重たい布団を軽々と跳ね上げる。普段はカップめんのフタを開けるのさえ「もう無理!」とか言って断念するクセに、今日は違う回路のスイッチが入っている。

「犬くさい!犬の臭いがする」

「布団を干してないから…だと思うよ」

マナブは非難する調子にならないよう話したつもりだった。

ケイコは幻の犬を探している。彼女が、布団をめくったり、パイプベッドを揺すったりするたびに、テーブルの上のネスカフェゴールドブレンドの空ビンも揺れる。その中には、この前彼女が風呂に行った帰りにアパートの階段のところで捕まえてきたトカゲ(正確にはカナヘビというらしい)が生息している。それはじっと止まって周りの様子をうかがっているか、しっぽをクネらせて壁面を超高速で移動するかで、その中間というものがない。

「飼ってんのはトカゲで、犬なんか飼ってないやろ。いるわけないやん」

「そんな、甘っちょろいこと言ってるから、大学に落ちるんよ!」

「大学は関係ないやろ!」

すぐに隣の部屋の住人がどん!と壁を叩く音がした。壁が薄いのと「窓を閉めると電波がクリアに入ってこないから」というケイコの希望で、今日みたいな雨の日でも窓は全開なので、会話がまる聞こえになってしまう。マナブはそっと窓を閉めようとした。

「どうして閉めるん!」

それには答えず、マナブは人差し指を口に当てた。

「犬がどこにいるか、電波が入ってきよるのに、どうして邪魔するん!そんないらんことばっかりするから、大学落ちるんよ!」

「だから、大学は関係ないやろ!」

また、どん!。さっきより本気っぽい音だ。

「電波と犬はつながってるから…さっきよりずっと強くなってたのに」

どうしてどういうふうにつながってるのか、強くなってたのが「電波」なのか「臭い」なのか、気になってしまう時点で、マナブはケイコの思考に取り込まれている。だいたいどうして、いつもこんな脳がイタイ会話をしなければならないのか、そもそもどうして、自分がこんな怪電波を受信するアンテナ女とつき合っているのか全然分からない。無茶な男女の組み合わせをトライする宇宙人の交配実験かもしれない。自分たちに普通につき合うようなきっかけがあったという説明よりも、よほどそのほうが説得力がある。

「隠したやろ!アンタが好きそうな太った犬!ハアハア言って喘息で死ぬで!」

「太った犬なんて好きじゃない!それに、喘息で死んだりせん!」

「知らんの?犬って喘息で死ぬんよ」

さっきよりもさらに大きな音で、どんどん! 限界が近い。隣の“ヤツ”が来る。

「やっぱり、ものを知らんな。この2次元オタク!」

「4次元に住んでるヤツに言われたくない! お前の近くに行くと次元がゆがむの! 脳味噌がゆがんで“なんだか変だニャ~”とか言いたくなるの!」

「それいいわ! わたしがアレンジしてあげる! バルタン星人のまねするときみたいに胸のとこトントンして言ってみ! “な~ん~だ~か~へ~ん~だ~にや~” ほら! ずっとリアル!」

 どんどん!どんかどんかドンドンドンドン! 隣で壁が連打される。日本海をバックに聴けば、ハマりそうな荒ぶる魂を感じる乱れ打ち。“ヤツ”の降臨がもうすぐのしるしだ。

「オイ!行くぞ!今すぐ!」「な~んだ~か~…」「そんなことやってる場合じゃない!そうだ!ゴハン食べにいこう!な、頼むから!」「何いってんの? アタシお腹すいてないし、お腹すかしてるのは、犬のほう」「それなら…犬のエサ買いに行こう。ほら、ペディグリー・チャム!まっしぐらのやつ!」「あれ、脂っこいのよね」「どうせ、もう太ってんだろ? とにかく行こう!」

なんとかケイコを連れて脱出した。あのまま残しておけば、過去の名勝負に匹敵する血なまぐさいイベントが発生することが確実だったから仕方ないとしても、なんで必要もない犬のエサを買いにいかなければならないのだろう。これから自分たちは、存在しない犬のために、エサを買いに行く。マナブは一応訊いておかなければならないと思って、質問をした。

「ペディグリー・チャム、やっぱりダイエットタイプがええかな?」


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