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ふらりと成田参道

作者: アザとー

 JR成田の駅舎を出ると、春の風が薄くなった頭をそよりと撫で通った。

 抜けた毛の数だけ齢を重ねた最近の私は、休日の時間をもてあますようになっていた。というのも、かつては休日になれば外出をせがんでいた子供たちも大きくなって手元を離れ、妻とは休日のタイミングが会わない。

 定年間際の男の休日とは、無為な時間だけは有り余っているものなのだ。

 だから暇をつぶそうかと成田まで足を伸ばした。ほんの数駅の距離なのだから、初詣には来るのだが、こうした平日の成田を歩いたことはない。

 ロータリー脇のタバコ屋を曲がれば、そこがすでに参道だ。日本でも指折りの参詣者数を誇る初詣の日には、ここは肩も動かせないほどの人で埋もれる。

 そんな状況なのだから、街の風情を楽しむ余裕などあるわけがない。ただ人の流れから外れないように、新勝寺の境内を目指すだけで精一杯だ。

 だが今日は人もまばらで町の風景がよく見える。

 この成田参道、景観に気を使ってなのか商店はどこも漆喰壁をイメージした白い壁に黒い屋根を乗せた古屋敷風に作られており、それが沿道に軒ひしめき合って立ち並ぶさまはそれだけで非日常的である。赤と緑のイメージカラーでおなじみのあのコンビニも、ここでは茶色の濃淡でロゴを描いた看板を掲げているのだから、非日常感はますます高まる。

 それでもここが完全な異界ではない証拠に生活している人の息吹というものが確かにあって、それは参道から横にそれる道をふと覗いたときに見える色合いさえ乱雑な古い民家や、その軒先に無造作に置かれた乗りこなれた自転車などから鮮烈に立ち上る。

 まるで円熟した美人が化粧したようだと思う。表一枚を白粉で固めて見目麗しく取り繕ってはいても、ほんの少し――路地一本分を踏み込めば、油断して日常の気さくさをポロリと見せてしまう、懐の大きな熟女のような街……

 さて、そんな日常を見せてもらうのはまた今度にしようかと、表参道をたどる。

 いかにも参道らしく右に左にカーブを描き、途中に大きな坂のあるここは、散歩コースとしては中級者向けである。足元の装備は歩きなれた運動靴がよかろう。

 歩道は大きくとられているが車道は狭くて一方通行、成田駅から新勝寺を目指すときは背後に注意されたし。

 それでも道の両側にみやげ物やうなぎの店、漬物店などが立ち並ぶのだから、これを冷やかしながらの道行きはさほど辛いものではない。むしろ私のように暇をつぶすための散策にはちょうどよい運動量だ。

 参道の真ん中もすぎて、薬師堂あたりからは街の雰囲気ががらりと変わる。白壁、黒屋根を模した建物ではなく、本物の古家が軒を連ねているのだ。

 その真ん中にそびえる望楼つきの大きな建物が元大野屋旅館であり、これは有形文化財として登録もされているのだという。

 大きいといっても都会育ちが想像するようなビルではない。ただ民家を重ね置いたような二階建ての上にちょこんと楼をおいた佇まい、二階にはぐるりと手すりの低い木造の露台になっており、およそ私たちが想像し得る『古い旅館』の条件を全て満たしている。

 大きな坂の途中で足を休ませて辺りを見る。この辺りの建物は、どれもが古い。

 二階に手が届きそうな低い造り、そこに乗り出すように張り付いた木製の露台。うなぎの『川豊』などはその露台の手すりさえ渋で洗ったような濃い茶色に変色しているのが赴き深い。

 何気なく作られた佃煮屋も、この町並みの中にあってはモダンに見えるかもしれない。しかし、壁のほどよいすすけ具合と造りの野暮ったさは、昭和の町並みの中によく在ったものだ。

 そんな景色の中、大野屋の楼が見えればゴールは近い。ここはすでに旅館としては機能していないが、一階部分は料理屋になっているので、興味があるなら見学月コースなども楽しいかもしれない。

 気が向いたら、大野屋の数件手前にある梅屋旅館の軒下をひょいと覗いてみるのもいいかもしれない。

 こちらも現在は料理屋としての営業のみであるが、入り口周りの雰囲気はそのままに保存されている。ここをさして私は『ホテルではなくて旅館と呼ぶにふさわしい』という言葉を使いたいのだが、この感覚は実際に大観しないとわかってはもらえないだろう。

 さて、大野屋から土産物屋を何軒かすぎれば新勝寺の山門前にたどり着くが、今回はそこまでの道程を楽しむことが目的であったので、参詣の様子は割愛させていただこう。

 成田空港という空の玄関からも近く、ここが日本であるという再認識をさせられる参道を擁する街――それが成田。

 この街の魅力は散歩気分で出かけないと見つけられないだろう。せかせかと早足ですぎる時間の流れから抜け出して、ゆっくりと時間を浪費するだけの優雅な休日を、ここで過ごしてみてはいかがだろうか。


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