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Young Lovers

初恋の思い出は、時間が経っても結構鮮明に覚えていたりする。

幼いなりに、頑張ってたあの頃。

何もかもが輝いて見えたのは、純粋に楽しんでいたからなのかも。

夏って季節は、その純粋な気持ちを再燃させてくれるとっておきの時間。

きっと僕たちは、あの頃と何も変わってないんだ。


人物

  結城 真央 (ユウキ マオ)

  折口 亘 (オリグチ ワタル)

  及川 悟 (オイカワ サトシ)

  水森 さくら (ミズモリ サクラ)



「よっしゃあ!授業終わった!」

 結城真央の耳にでっかい声が飛び込んでくる。声のする方に視線を移すと及川悟が跳ねていた。

「悟、はしゃぎすぎ」

 そう静めようとしたのは水森さくらだ。

「全く、そんなに喜ぶことないだろう」

六時間目の教材である国語の教科書をランドセルにしまいながら言ったのは折口亘。

「今日は早く遊びたい気分なんだよ。ほら、お父さんに買ってきてくれた新しいゲームソフト。あれがすっげー面白くてさ」

「それはよかったね」

 真央は半分投げ槍の意味も込めて言った。

 真央たちは瀬戸内海に浮かぶとある島で暮らしている。人口は少なく百人程度。真央たちは小学五年生だが、同級生どころか、この島に住む「子ども」は四人だけだった。島にひとつだけある小学校。その教室で現在六時間目を終えた四人である。だから、昔から仲が良かった。何でも許せる友達同士で、昔から楽しい毎日を四人で過ごせる幼馴染だ。

 帰り路、いつものように四人楽しく歩いていた。この島は傾斜が急で、階段や坂がそこらじゅうにある。四人は島でも一、二を争う角度のある坂をある手法で上っていた。

「グーリーコ!」と四人。

「また負けたよ」と亘。

「私の勝ち」とさくら。

「さくら、強すぎ~」と真央。

「運良すぎんだよ」と悟。

 見れば、真央のいる位置から二十メートルくらい先にさくらがいた。叫んで声が届く距離だった。上から順に、さくら、悟、真央、亘・・・。平等なじゃんけんなはずなのに、いつもだいたいこの並びの確率が高かった。

 少しも経たないうちに、さくらは坂を上りきっていた。みんな、遅いねー、とからかってくる。

「あ!ちょっと、みんな来て」

 さくらが呼んでいる。「グリコ」を一時中断し、真央たちも少々時間をかけて上りきとうと遅い足を必死で動かす。真央の横を亘が通り過ぎる。

「あー、ちょっと待ってよ」

「あ?早く来いよ。ほら」

 亘が右手を提示する。真央は一度軽く笑ってから、差し伸べてくれた手を握る。握った瞬間、亘は引っ張ってくれた。

「少しは自分でなんとかしろよな」

「だって・・・」

「だって、何だよ」

「・・・別に」

 真央はブスっとした。亘は訳のわからない顔をしている。二人とも黙ってしまったが、真央は坂の上の悟とさくらの姿を認め、亘を催促する。

「ほら、さくらたち待ってるから、いこ」

「分ってるよ」どこかつまらなそうな亘の声。

「もういいよ。歩くことくらい一人でできるから」

 そう言って、真央は手を無理矢理放す。若干険悪な雰囲気の空気が二人の間に流れる。そのまま頂上に着く。さくらがその様子を察したのか、どうしたの、と訊いてくる。曖昧な返事でその場を濁す。

「それより、どうしたの?」と話題を転換させる真央。

「ああ、見てこれ」と道端の掲示板の一紙を指差しながらさくら。

「これって、毎年やってる花火大会だろ」とその張り紙を眺めながら悟。

「もう花火の季節か」と爺くさいことを言う亘。

 花火が打ち上がるといっても、瀬戸内海の向うでのことだ。この島の打ち上げ地点に一番近い場所で鑑賞しようとしても、スケールにややかけるものになってしまう。では、四人はどこで観ているか。答えは簡単で、知り合いのおじさんに小型の船を出してもらい、海の向こうへと渡るのだ。それから、花火が良く見えるとっておきの特等席へと移動しているのだ。

「今年も行こうね、四人で」とさくら。

「当たり前だろ」と悟。

「楽しみだね」と真央。

「ちょうど一週間後か」と亘。

「浴衣着れるかな。去年少しきつかったんだよな」と心配になる真央。

「着れなかったら太ったってことだな」と嘲笑うかのように亘。

「成長してるって言ってよね」と負けじと言い返す真央。

「私も着れるかな」とつられて心配になるさくら。

「まあ、いつかは着れなくなるときが来るだろ」と悲観的なことを悟。

「まあ、そうだね」とさくら。

「なあ、早く帰ろうぜ。早くゲームしてえよ!」と変わらずゲーム愛を伝える悟。

「よくグリコ引き受けたな」と亘。

「だって、みんなに悪いし。帰り路、四人じゃないとつまんないから」と悟。

「そうだよね。四人だと楽しいもんね」と屈託のない笑顔で真央。

 その後、それぞれの家へと向かうため離別する。真央は両側が石垣の道を一人歩く。ここを抜ければ、自分の家だ。

 家に着くと、昼にやっているドラマを観ていたお母さんが真央の帰宅に気付くと、おかえりと一言。真央は二階の自分の部屋へ向かった。


 その日の夕方。

 真央はさくらと会っていた。何もない空き地の置き石に腰かけ、二人は西日に背を向けていた。

「どうしたの?真央」

「ずっと言わなかったんだけど・・・」

「うん」

「気付いているかもしれないけど・・・」

「うん」

「私、亘のこと好き」

「そっか」

「驚かないの?」

「それって、一人の男の子として、ってこと?」

「まあ、そうだけど」

 二人は黙りこくる。

静かな空気のなか、蝉の鳴き声が轟く。その声が急遽途切れる。どこかに飛んでいったのだろう。真央はさくらの口が開くのを待った。

「・・・実を言うと、私も好きだった」

「え?」

 真央の心に衝撃が走る。さくらも、亘のことが好きだった。その事実は想定外のことだった。もちろん初耳だったし、そんなこと微塵も思ったことはなかった。

「でも、亘は多分真央のことが好きだよ」

「え?そんなことないよ」

「そうだよ。絶対」

「絶対違う。だって、私と話すときだけ何か変な空気に変えちゃうしさ。何か、冷たいんだもん」

「それは、好きだからそうなっちゃうんじゃないの?好きな人にいじわるしちゃうってよくいうでしょ。あれと同じようなものじゃないかな」

「そうかなあ・・・」

 四人の中ではお姉さん的存在のさくらが言うと、説得力が湧く。少しは自身づけられたが、不安の方が打ち勝っていた。それに、さくらが亘のこと好きだったなんて・・・真央の心は酷く揺れていた。

「そうだ!今度の花火大会で告白しちゃえば」

「え!や、やめてよ。告白だなんて」

「いいじゃん。ロマンチックじゃん。想いをしっかり伝えないと」

「でも、さくらだって・・・」

「私のことはいいの」と遮るさくら。立ちあがって、さくらは二、三歩歩く。真央は夕陽でオレンジ色のさくらの背中を見つめていた。

「私は確かに亘のこと好きだった。でも、真央も好きなら、私は自分より真央を優先させる。多分、亘は私のことなんか気にもしてないだろうし。今まで仲良く遊んできた幼馴染の一人・・・だから、真央が幸せになってくれれば、私は大丈夫だから」

「さくら・・・」

 どうしてこんなに大人なんだろう。さくらの今の言葉を聞いて、真央は泣きそうになるくらい心を動かされた。自分のことより真央のことを考えてくれた。それだけでさくらが自分と同じ歳とは思えなくなってしまう。

 ここまでさくらが言ってくれるのなら・・・。

「さくら、ありがとう。ホントにありがとう・・・私、頑張る」

 


       *


 その日の夕方。

 亘は悟と会っていた。近くの小さな公園のベンチに腰かけ、二人は西日に背を向けていた。

「なあ、悟」

「ん?」

ゲーム機をいじりながら、聞いているのか聞いていないのか区別つかない反応をする。察するに、亘の話を真剣に聞こうとしていない。構わず亘は続ける。

「俺さあ」

「うん」

「ずっと言わなかったんだけどさあ・・・」

「うん」

「気付いているかもしれないんだけどさあ・・・」

「うん」

「俺、真央のことが好き」

「うん」

(聞いているのか・・・?)

「でも、あいつさ」

「うん」

「なんか、俺が優しくしようとするとさ、何か訳の分らねえこと言ったり、雰囲気悪くなるんだよ」

「うん」

 ピコピコ・・・ゲーム機の音が亘の説きを妨げる。内心腹が立ちながらも、亘は続ける。

「どうしてだろ?」

「真央も亘のこと好きなんじゃね?」

「え?」

 突然の悟の言葉に驚きの色を示す。

「亘の優しさと、真央の望みが上手く噛み合ってないんだよ。亘は中途半端な優しさで接する。真央は真央で自分の望みがあって、それに気付いてくれない亘にちょっと気が落ちる。だから、雰囲気がちょっと悪くなるんじゃね?」

(そうかもしれない――)

 依然としてうるさい機械音の出るゲーム機を両手にも持ち没頭している。その悟の口から、ゲームに熱中して何も聞いてないだろうち思っていた悟の口から、的当たりっぽいことを力説する言葉が出るとは・・・。

人は見かけによらぬもの、だっけ。いつかの国語の授業で習った。外見だけで判断しないこと、先生に釘打たれたことを思い出す。

「そうだ!今度の花火大会でコクっちゃえば?」

「はあ?や、やめろよ。そんなことできるわけ・・・」

「いや、良いと思うけどなあ。ロマンチックだし」

「でも・・・」

 真央が自分のことをどう思っているのか、それを考えると、どうも自信が湧いてこなかった。

「好きなら好きって言っちゃえよ、男なんだからさ」と切り札の如く名言めいた台詞。

 悟の言葉に亘は決心した。好きだ、って伝えることを。

「ありがとう、悟・・・俺、頑張る」

二人の影が地面に映る。どこからか飛んできた蝉の鳴き声と無造作に鳴る機械音が汚く混じった。


一週間後。花火大会当日。

毎年のように小さな港に集合し、そこから船で水上を走る。

四人はそれぞれ浴衣を着てきた。黒で統一されている浴衣が亘。青地に白玉模様が施されている浴衣が悟。一方、対照的に派手な花がらが並べられている浴衣は真央。さくらも同じようなタイプだった。どうやら二人とも浴衣は着れたらしい。

四人は乗船し、目的地へと向かう。いつものように操縦桿を握る知り合いのおじさんは元気そのものだった。真央の浴衣姿は愛らしかった。無意識のうちに眼が行ってしまいがちだった。

三十分も過ぎたころ、陸地が見え始め、まもなくして船を降りる。ふと空を見上げると、群青色が濃くなっていた。


既に催しは始まっていた。縁日も盛大な盛り上がりをみせている。焼そば、たこ焼き、かき氷、じゃがバターにチョコバナナ。至る所から美味そうな匂いがしていた。

しばらくそこで食べたり飲んだりを繰り返していた。

「そろそろ行く?」悟が誘う。

 もちろん、四人だけの秘密の場所へ行こうと誘っているのだろう。そこは大きな花火が奇麗に、そして美しく鑑賞できる絶景スポットだった。その場所とは、鉄塔である。そこそこ距離はあるが、その労力以上の価値あるものが鉄塔の上で眺めることができるのだ。

 懐中電灯で足元を照らし、草木に覆われた道を四人は進んでいく。

「あ、見えた」

さくらが空へ高く伸びる建物を指差す。それこそ目的地の鉄塔だった。

鉄塔の真下まで来ると、「展望台」へ通じる階段を一段ずつゆっくりと上っていく。早くしないと、第一発が観れなくなってしまう。地形的に「展望台」からちょうど奇麗に観えるから、四人は急いでいた。

「よし、着いた」と真央。

「そろそろだな」と悟。

 予想通り、すぐに一発目が夜空に打ち上げられた。

――ドッカーン。

 次々に打ち上がる。大きな花火が打ち上がるごとに、火花がパチパチと瞬き、それは一瞬にして消えていく。

 「展望台」にいる四人は、眼を輝かせていた。見惚れていた、そう言った方が正解かもしれない。

「奇麗だね」と思わず言う亘。

「ほんとに、奇麗・・・感動する」と素直に喜ぶ真央。

 真央の微笑む表情にも、亘は見入ってしまった。やがてそれに気付いた真央と眼が合ってしまい、ドキリとした。

「な、何?」

「いや、幸せそうだなって思って」

「当たり前じゃん。こうやって四人で花火を観られ・・・」途中で言葉が詰まる真央。

「あれ」と首を回す亘。

「さくらと、悟は?」と亘。

「どこ行ったんだろう」と真央。

 さくらと悟の姿が見えなかった。さっきまで一緒だったはずなのに。どこへ行って・・・まさか、亘は思った。

(もしかしたら、これは悟の配慮かもしれない。二人きりにさせて、機会を作ってくれたのかな・・・)

 真実がどうであれ、これは絶好のチャンス。

「あのさ」

「あのさ」

 見事にかぶった。それに動揺する二人。

「さ、先言っていいよ」と薦める亘。

「いいよ、亘から」と押し戻す真央。

「じゃあ、じゃんけんな。負けた方から言うことにしよう」

 そして、見事に負けた。

「はい、亘の負け~。さ、言ってよ、早く」

 亘は今勇気ある決断をしようとしていた。思わず下を向いてしまう。

――でも、好きなら好きって!

 亘は大声で叫んだ。

「俺、真央のことが好きだ!」

「え?」

「昔っから、ずっと一緒で、いつからか分らないけど、真央のこと好きになってた」

 亘は真央の顔を見ることができなかった。一度でも眼を合わせれば、そのまま気を失いそうになると思う。

「じゃあ、私も言うね・・・私も好き」

「え?」

 早すぎる返事につい甲高い声になってしまった。

「私も亘のこと大好き」

 その言葉を聞くと、安心して、自然と笑みが零れる。

「ねえ、こういうときって、その・・・き、いや、その・・・」

 亘の呂律が回っていない、というより言葉が出ていない。そんな亘の様子を見て、真央は首をかしげる。

「どしたの?」

「だから・・・こういうときって、その、き、キスとかするのかな」

 精一杯の言葉を亘は繋げる。「キス」なんて言葉、初めて使ったし、こんなにも恥ずかしい気持ちになるなんて、亘はほっぺが赤く変色するのを自ら悟る。

 亘の言葉を聞くと、真央は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みが戻ってくる。一度俯き、眼をつぶると、真央の口が動く。

「知ってる?花火が打ち上がったときにキスすると、その恋人たちは幸せになれるって」

「そうなんだ」

 二人の眼がお互いを通じさせる。


 花火が打ち上がる。

 大きな音と共に大きな光が夜空を照らす。

 幼い恋人たちの初めてのキスは、夏の風物詩に彩られた。

                                   END




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