Love Letter
1 金森深雪の恋文
突然、驚いたことだろうと思います。でも、言っておきたいことがあるんです。
私、金森深雪はあなたのことが大好きです。
私とあなたは、特に珍しくもない普通な出会いをしました。中学生になって、二年目にして、同じクラスになって・・・っていう感じでした。あなたの最初の印象は、男子中学生らしい男子中学生だな、ってくらいです。サッカーが得意みたいで、サッカー部に入りましたよね。今でもグラウンドで頑張っている姿を時々見させてもらってます。
あなたのことが気になり始めたのは、中二の夏休み明けくらいのときからです。風邪ひいて欠席したあなたに「ノートを写させて」って頼まれて、見せてあげましたよね。返してくれたときに、「字、綺麗じゃん。読みやすかった」って言ってくれたのを、今でも鮮明に覚えています。私は、それがとても心に響きました。確かに、私は人より字が綺麗だという自信があります。でも、人から褒められることはそうありませんでした。そこに気付いてくれたのは、私にとっては嬉しいことでした。でも、何よりも、「ありがとう、金森」と微笑みながら言ってくれたことが、何より心に残りました。
その頃から、私はふとしたときにあなたの姿を目で追ってしまうようになったんです。もう九月も半ばを過ぎましたね。つまり、およそ一年間、ずっと想いを寄せていました。でも、今の今まで何もできませんでした。
同級生の安曇琥珀って子、知ってますか?私、その子と同じ美術部なんです。それで、琥珀とは仲が良くて、恋の悩みを相談し合える間柄でした。
琥珀にも好きな人がいました。同じ美術部の赤岩颯って男子です。知っているかもしれませんが、琥珀と赤岩君は今でも絶えず続いているカップルの一つです。微笑ましく思いつつ、正直憧れていました。私だって、今月末には十五です。恋愛をしてみたいって気持ちも十分あります。その相手があなただったらな・・・、私も琥珀たちみたいに一緒に帰って、一緒に笑えたらな・・・なんて、勝手に妄想してました。自分とあなたを重ねたりもしました。
そんなとき、琥珀に「いい加減、告っちゃいなよ」と背中を押されたんです。片想いもいいけど、やっぱり付き合った方が楽しいよ、と。でも、私はそんなの無理だって諦めていました。だけど、こうしてお手紙を書いているのは、ふっきりたかったからです。
あなたにとっては、私なんて一人の同級生としか・・・いや、もしかしたら、気にも留めてくれないのかもしれません。でも、私はずっと前から好きでした。
付き合って下さい、とは言いません。私の気持ちを知ってくれれば、いいんです。
長々とごめんなさい。
金森 深雪
*
やっと書けた。
時計を見れば・・・二時。
自室に籠って、手紙を書き始めてから、四時間・・・。
初めて書くものだから、かなりの時間を要した。書くことがまとまらなくて、何度も書き直し、清書し、ついに今、完成したのだ。
でも、何故だろう。瞼が重いわけではなかった。ついに完成できたラブレターに興奮しているのかもしれない。その証拠に、自然と笑みが零れる。
「はあ・・・寝なきゃ」
精神は安定しているようだが、いざ動き出してみると、身体は疲れている。ベッドまで行き着くと、倒れるように眠り始めた。
「良い夢が見れますよう・・・」
2 小多喜恵の日記
今日も諒と一緒に帰れた。よかった。帰り道、諒が言ってた。
「今、書いている小説が、大作の予感なんだよね」と。
早く読みたいな。諒が書く小説は、どれも心に響くもので、とても読み応えのあるものばかり。毎回毎回、楽しんで読み進められる。やっぱり諒はすごいと思う。私はよく分らないけど、ある文学賞にも受賞したらしいし。すごいなぁ・・・。私なんて、読破した本の量くらいしか自慢できないし。
そういえば、今日はなぜか、深雪が遅刻してきた。どうしてだろ。いつもなら朝学の三十分前には席について、予習だったり、読書だったりしているらしいのに。まあ、誰にでも、そういうことはあるかぁ。
それにしても、熱い。もう九月なのに、暑さが残ってる。しんどいなあ。でも、明日も諒と会えるし。それだけで、私は十分だから、頑張れそう。
・・・なんか、毎日こんなこと書いてる気がする。そんなことないか。
*
日記をつけるのは、小学校からずっと継続していることだった。一日を振り返って、自分を見つめ直す。それって良いことだと、恵は素直に思っていた。
現在、自分の机で明日までの課題をこなしている最中だった。気休めに、日記を書いていたのだ。やっぱり集中力は途切れてしまう。
ふと視線が引き出しに注がれる。ゆっくり引いて、束になった紙を取り出す。諒の書いた小説だ。表紙に「ムーンライト・ラブ」と記されている。これは、恵と諒を結びつけた作品だ。同時に、恵が一番最初に読んだ彼の小説だった。
思わず、一枚目をめくり始めた。すいすいと読み進めていく。短編なので、すぐに読み終えられる。
「・・・やっぱ、すごいよね」
どうしてだろ――恵の瞳は訳もなく潤んでいた。
3 藤崎衛の手紙
美嬉、元気か?
俺は、元気だ。
今日は、山田のやつが、また担任に怒られていたよ。あいつも、懲りねえな。美嬉も前から知ってるだろ。美嬉が逝ってから、そろそろ半年になるけど、何も変わんねえよ。山田だけじゃなく、クラスの皆も、学校の雰囲気も、街の景色も。
変わったのは、俺くらいだよ。俺だけが変わった気がする。美嬉を失った俺だけが、変わってる気がする。
これを衛が読んでいると言うことは、衛は私を守れなかったということです。
罰として、一つお願いがあります。
将来、できるだけ多くの人を救ってください。
将来、衛が医者になって、多くの患者を救っている姿をいつでも見ています。
あ、それと。
今までありがとう。
私のことを愛してくれてありがとう。
美嬉
美嬉の遺した、この言葉。ふとした瞬間に取り出しては、読み返してる。そして、その度に、自分を責めてる。美嬉を守れなかった自分のことを、ずっと・・・。
いくつかの涙も落とした。
もちろん、美嬉が旅立ってからのこと。でも、美嬉のせいじゃない。俺のせい。全ては、美嬉を守れなかった俺が悪いんだ。だから、自業自得、だよ・・・。
まだ美嬉のことが、好きなんだ。
・・・。
好き、といえば、最近小耳に挟んだんだけど、大輝、覚えてるか? 神林大輝。その大輝が金森深雪って女子のこと、好きらしいぜ。ま、俺らには関係ないけど。
何か、何か・・・そういうの、俺、辛いんだよね。今でも、続いてるやつらとかさ、ほら、赤岩のとことか、まあまあいるんだよね。幸せそうなやつらが、何か・・・。
俺も、ずっと美嬉の隣にいたかった。
俺も、ただずっと・・・。
*
これ以上、筆が進まない。
衛は、今はもう雲の先の存在である美嬉に、不定期に手紙を書いている。決して届くことない手紙を。ただ、自分の後悔と責任と哀れみを拭うために、筆を持つのだ。
でも、その度に膨れ上がる寂寞の想いが涙へと変わり、ペンを持つ手が震える。
「・・・美嬉」
返事する相手はもういない。声とも呼べない掠れた声が、どこかの空気へと吸い込まれていく。
静寂を切り裂くように、携帯の着信音が鳴り響いた。
4 神林大輝の電話
――夜晩く、ごめん。なあ、時間ある。
――何だよ。
――俺さ、金森深雪に手紙で告られたんだけど・・・。
――あっそ。だから?
――どうすりゃいいと思う?
――自分で考えろよ。何、訊いてきてんだよ。
――そう言わずにさ。これって、手紙で返した方がいいのかな。それとも、やっぱり対話で?そういうの、分んねえんだよ。
――だから、自分で考えろって。でも、手紙をくれたのなら、そこに想いが詰まっているってことだろ。だったら、そっから紐解けばいいだろ。俺に言えることはそれくらいだ。俺も、今、自暴自棄になってんだよ。大輝には分らねえだろうけど。じゃあな。
――お、おう。なんか、ごめんな。
――なあ、大輝。
――ん?
――大切な人、大切にしろよ。
*
「手紙・・・」
藤崎に言われた通り、手紙に手掛かりを探す。何度も読み返した。もう時間は十二時を回っている。それでも、探した。だって、好きな人から告白されたのだから、ちゃんと自分の想いもしっかりと伝えたい。そのための術を、大輝は探している。
「あ・・・そうか。そうすれば・・・」
長い洞窟に差しこむ微光のように、大輝の眼には希望の光が映った気がした。
5 二人の結末
手紙を渡してから、もう二週間が経とうとしている。
深雪は毎日が緊張の波に飲まれていた。いつ、返事をもらえるのだろう。渡したときに、大輝君はこう言っていた。
「少し、待ってもらっていい?」
うん、と深雪は肯いた。でも、今になってあの返答は拒否の意味があるのではないか、と疑い始めていた。かれこれ二週間。同じクラスだから、時折目が合うと、お互い逸らしてしまう。そんなシチュエーションが多々あった。
今は昼の休憩時間で、深雪はただ自席でぼーっとしていた。何を考えるでもなく、いや、大輝君のことを一途に考えているといった方がいい。グラウンドではしゃいでいる生徒たちの声で現実に引き戻される度、ため息をつく。
「なあ、金森」
ふと、声がした。振り向くと、白ワイシャツ姿の大輝君が立っていた。突然のことで、背筋が一気にピン、と張った。
「ど、どうしたの?」
「放課後、空いてる?」
「え・・・うん」
「じゃあ、二講に来てくれる?」
二講、とは第二講義室のことだ。
「・・・わ、分った」
それを聞くと、大輝君は背を向けて、教室を出ていった。
心拍数が異常な数値を出すだろうと思えるほど、深雪の胸は高鳴っていた。
(返事を、くれる――?)
五、六時間目の授業はほとんど、何も聞けなかった。深雪の席は前から四番目、大輝君の席は前から二番目で、時々、いや、大半の時間、彼の背中を見ていた。ただ凝視していた。
ホームルームが終わる。
生憎、今週は教室の掃除当番だ。急いでも、どうにもならないことは分っていたが、いつもよりも、机を運ぶ速度が若干上がった。
机が整頓され、掃除が終わると、深雪はすぐさま駆け出す。そう、第二講義室で待つ、彼の元へ。
(着いた・・・)
白い扉を前に、深雪は息を整える。一度、大きく深呼吸をすると、意を決し、扉を開けた。
(あれ・・・)
そこには彼――大輝君はいなかった。ただ無人の教室に、木漏れ日が降り注いでいるだけだ。
(そんな・・・)
中へ入り、ゆっくりと歩む。
「あ・・・」
深雪は気づいた。彼女の瞳に移されたのは、深緑色の黒板に、チョークで大きく書かれた「HAPPY BIRTHDAY!!」の文字。
「嘘・・・」
どうして、とあまり状況が飲みこめずにいる深雪に、誰かが声をかけた。
「金森」
大輝君だ。
「あ、大輝君」
「ハッピーバースデイ。お誕生日、おめでとう」
「どうして、私の誕生日なんか・・・」
「手紙に書いてあったでしょ。『私だって、今月末には十五です』って。ってことは、九月末に誕生日が来るってことでしょ。だから、内緒で訊いて回ったんだ。そしたら、今日ってことを知って」
「そう、なんだ・・・嬉しい」
そういえば、そんなことを書いた記憶もある。そんなことより、とにかく嬉しかった。
「ちょっと、待たせすぎちゃったかな。二週間くらい過ぎちゃったもんね」
「いや、その、全然、大丈夫だったんだけど・・・」
ホントは、全然大丈夫じゃない、と言いたいところだけど・・・深雪は唾をごくりと飲む。
「金森・・・いや、深雪。俺と付き合ってくれないか。俺も、ずっと好きだったんだ」
「え・・・うん。こんな私でよければ、よろしくお願いします」
深雪は、嬉しさと感謝と愛情と、全ての想いを胸に頭を深々と下げた。
西陽が眩しい帰り道、二人は太陽の光だけじゃない、大きな、そして深い温もりを抱きながら肩を並べていた。
「青春っていいね」
大輝君が別れ際呟いた台詞が、深雪には印象深く心に響いた。
あたりまえじゃん、大輝君と一緒に過ごせる日々が幸せです――と、言葉にして伝えられるのはいつになるだろう。それも、青春のいいとこなのかもしれない。深雪は柔らかく微笑んで、彼の背中が見えなくなるまでずっと佇んでいた。
「HAPPY BIRTHDAY!!」の黒板の文字の横には、小さく書かれた言葉が残っていた。
『私にとって、一生忘れられない誕生日になりました』
END