通学
信号が青になった瞬間、スロットルをまわした。エンジン音が高まり上島が運転している白いバイクがいっきに交差点を通りすぎていった。
(速いなー。もうここまできた)
10月になり暑さがだんだんと和らいできた。免許を取りバイクで通学している上島は大学に行く時のあの苦痛と疲労から解放された。その顔は自然と笑顔だった。
あの日以来上島は電車通学をやめた。朝のラッシュ時に乗車するとまた動揺や憂鬱が襲いかかってくるかもしれないと恐れた。バイクの中型免許を修得しようと決めた上島は家と大学の中間にあたる自動車教習所に通うことにした。ここなら学校帰りに寄れると考えた。必然的に自転車で通学するのがベストだと思った。大学までは自転車で50分ぐらいかかった。意外と電車と時間は変わらなかった。ただ肉体の疲労は数段に増えた。早く解放されたいのなら、早く免許をとるという気持ちで望んだ。結果、夏休み中に免許を修得できた。そしてやっとバイク購入にたどり着いた。
免許修得の費用は自分で捻出できた。しかしバイクに関してはお金がたりず親に相談するはめとなった。両親は盗撮犯と間違えられた息子をかわいそうに思っていた。女性に対しての憤りはあるがぶつけようがなかった。上島は自分の有り金を全部出すと親に告げた。それでも足りない分は親がだすという事になった。身勝手ながら久しぶりに心から両親に感謝した上島だった。
どこのバイク店が良いかなど分からない。両親と近くにある店に行った。どれを買うか迷うのは当たり前である。親の意見も受け入れつつ、125ccのスクターを買うことにした。もし冤罪がなかったら、まだ電車に乗って変わらない大学生活を送っていたはずだ。苦労して免許を取り、そして今バイクに乗って通学できる喜びが上島の心に溢れた。あの女を赦したわけではないが、あの女のせいで新たな人生がスタートしたようだった。
自転車の半分ぐらいの時間で大学に到着した。ヘルメットをしまい施錠した。しかしここからはいつもと変わらない。上島の目がすこしきびしくなった。数ヶ月前の自分とでは少なからず気持ちに変化があった。しかしながら校内では今日も孤独だ。同じ演習科目を受講してよく顔をあわせる学生もいるが、なかなか声をかける事ができない。
(今さら…、一人でもいいわ)という妙なプライドが上島を余計に孤独にした。すれ違う学生には一目もふれず、講義室に向かった。まだ始まる10分前だった。上島はいつもの席に座り筆記用具キャンパスノートをリュックサックからだした。時間がたつにつれ学生が入室し周囲の音が騒がしくなってきた。上島は静かに座って待っていた。
誰とも話す事がなかった。喜ぶことも笑うことも、そして人に対して憎しみを持つこともなかった。ただ寡黙に勉強に励んだ。
(今日バイトは休みだ。)
帰り道で上島は途中から家とは逆方向に進路を変えた。
(滑走路はどこかな…)
八尾空港付近に到着した。空港周辺に立ち並ぶ民家の私道をゆっくりバイクで走った。するとフェンス越しに滑走路が広がった。
(あったー)
上島はバイクを止めて、フェンスの前に立った。地図で見た空港の形を思い出しながら、ここから見える滑走路とターミナルがその場所なんだと目的地についた喜びを噛みしめた。
(飛行機降りてこないかなー)
上島は滑走路の両端の空を眺めた。東側は緑の山が広がっている。
(山の上からなら地図上のように空港全体が見えるかもしれない)
ひらけた西側は太陽がまだ眩しかった。カメラをリュックから取り出して首にかけた。ポケットに手を入れて若干前屈みになりながら空港を見ていた。不思議と待つ時間は気にはならなかった。何も時間に追われることはない。まだかまだかと焦る気持ちも起こらなかった。数十分待っただろうか、結局セスナ機が離発着することはなかった。
(まあ、しょうがない)
ヘルメットをかぶりエンジンをかけた。バイク音とともに上島の運転するバイクはみるみると空港から離れて行った。その頭上を離陸したセスナ機が通りすぎていった。