溝 3
「おはよう。」
福寺は一階に降りてきた。朝食の準備がすでにできていた。父親は福寺より会社に行く時間が早いので、すでに食事をすませスーツに着替えているところだった。
「何か飲む?」
母親が福寺にたずねた。
「お茶か水でいいよ。」
「了君今日から中国?」
「うん。朝の飛行機で出発するって言ってた。」
「もう空港かな?」
「そうだと思うよ。」
母親と会話している最中に着替えた父親が福寺の後ろを通りすぎた。
「あっそうや、栄子」
立ち止まった父親が思い出したように話しかけた。
「昨日の夕方、あの子が家に来たこと言ったかな?」
「誰?」
「了君やったかな。」
「えっ、了君!!」
福寺の声が大きくなった。
「了君、家にきたの?いつ!」
「17時ぐらいかな。」
「何ですぐに言ってくれないの!!何か言ってた?」
「栄子いてるかどうか聞いてきたから、出かけてるって言ったら帰っていったよ。」
そう言うと父親はリビングから出ていった。数秒後に玄関を明け閉めする音がリビング内まで聞こえた。(了君家に来たんだ…。)
上島には仕事で提出する書類の準備と言って断った。会社の水田に仕事の事を聞く為に出かけたのは事実だった。
(了君に嘘をついて外出したと思われていたらどうしよう)
福寺の中で上島が誤解したかもしれないと思った。出勤日の朝はゆっくりメールをうつ余裕などなかった。携帯をとり上島に電話をかけた。コール音が福寺の耳に響いた。
(とにかく昨日の事を説明しよう。)
鳴り続いている間は上島が昨日どう思ったのかが気になった。
(でない)
上島は電話にでなかった。一瞬怒って出てくれないかもしれないと思った。とにかく電話をかけたので、上島からかけ直してくれる事を待つことにした。福寺は朝食を食べ、行く準備をした。家を出発する時間になっても上島から連絡はなかった。
(気づかなかったのかな…)
家を出た福寺はもう一度上島に電話した。しかしコール音が響くだけで上島の声は聞こえなかった。
(どうしてでないの?)
電話ができないわけではないと福寺は思った。ちょうど上島と初めてすれ違った場所を通った。その時の予感が的中したとは確信していない。しかし上島との交際は自分にとって大きな喜びだった。今、上島との間に急に深い溝ができたような気がした。今までの事を思うと悲しくなってきた。その溝を一刻も早く埋めるため、上島と連絡をとりたかった。電車に乗った福寺はメールをうった。
「昨日家に来てくれたんだね。仕事で失敗してしまい、始末書の書き方を先輩に聞いての。来てくれたのにごめんなさい。今日、会社に始末書を提出できそうです。旅行前に会えなくなってごめんなさい。今週末は会おうね。中国気をつけて楽しんできてね。写真楽しみにしてるよ。」
福寺はメールを送った。謝りと重要性をこめて始末書という言葉を使った。電車は各駅に止まり降りる駅まで一つ一つ近づいていった。いつもの優しい上島からの返信を期待した。しかし会社に着いても着信音が鳴ることはなかった。不安を抱えたままの始業となった。さっそく対策書を上司に提出した。後で確認するということで何か言われることはなかった。持ち場についた福寺は今日の作業内容を確認した。先週ミスをしたので、気を引き締めて作業にあたる決心が自然とでてきた。しかし心の奥底では上島の事が気になっていた。福寺は壁にかかってている時計をみた。
(8時55分)
上島が飛行機に乗る予定の時間は過ぎていた。福寺は飛行機の中で座っている上島の姿を想像した。
(飛行機にのったのかな…)
上島の現在の状況がつかめなかった。手を動かし作業に入った。他の従業員も会話などすることはなく、自分のするべきことに取り組んでいた。福寺は一つ目の梱包作業を終えた。
2つ目に取りかかろうとした時、社内の業務連絡がなった。福寺は取引先との接点はないので、放送で名前を呼ばれる事はなかった。何も気にすることなく続きをしようとしたら、自分の名前が呼ばれた。
(えっ、わたし?)
放送の内容を聞くと、家族から電話がかかっているという内容だった。
(どうしたんだろう!!)
会社に電話をかけてくるぐらいだから、相当な理由があると想像できた。
「栄子!!」
急いで電話にでると母親からだった。
「どうしたの!!」
その声はかなり焦っていた。母親の話す言葉を聞いているうちに 福寺は固まった。




