嵐山 2
「暑いなー。」
上島はまたハンカチで汗を拭った。
「走ってくるからだよ。」
つないだ上島の手が温かく濡れているのが分かった。二人は阪急電車に向かった。
「降りそこねたの?」
「うん。ごめん、ごめん。焦ったわ。」
上島は嘘はついてないが、答えを濁した。福寺は勘違いで降りそこねたぐらいしか思いつかなかった。上島が否定しなかったので納得してこれ以上は聞かなかった。
地元の駅とは違い大阪駅は人通りが激しかった。上島はさっきの出来事が頭にあった。久しぶりに乗った電車でまさか会うとは思わなかった。福寺が会社の事を話しているがあまり耳に入ってこなかった。二人はエスカレーターの列に並んだ。いつものように上島は福寺の後ろに乗った。嫌な思い出が滲みでてくる思いだった。長いエスカレーターだったので福寺は振り返り上島を見た。その見たことのない暗い顔にどうしたのかなっと率直に思った。自分といることが楽しくないのだろうかと福寺は感じるほどだった。
「大丈夫?」
「あっ、うん。」
上島は不意に聞かれてびっくりした。福寺はその後も上島の顔色が気になった。話せば普通にかえしてくれるのだが、どことなく違和感があった。切符を買いホームに並んだ。京都方面行きの電車が到着した。特急電車のような座席の並びだったので二人掛けの席に並んで座った。後から人がどんどん入ってきて車内には立つ人が増えてきた。
「人が多いいね。」
「みんな京都に行くんかなー」
「そうかもしれないね。」
電車は動きだした。到着するまでゆったりとした時間がスタートとした。窓側に福寺が座り上島は通路側に座った。上島はあの女性に会い再び電車に乗るのが嫌になりそうな思いだった。
「栄子さん。遅れた理由やけど…」
上島は過去の事を話そうと決めた。そしてまわりには聞こえない程度に小声で話し出した。
自分が盗撮犯にされ駅長室に連れていかれ警察を呼ばれたこと。被害女性が消えてしまったこと。そして今日再びその女性と出会ってしまった事を話した。上島は上手く話せたかどうか分からないが福寺には伝わったと思った。福寺は上島にそんな過去があったことに驚いた。上島に対する違和感の原因がそこにあったのだと分かった。
今まで全く気づくことはなかった。希望の大学に通い幸せな人生を歩んでいるものだと思っていた。上島のそういう一面を知れた事は福寺にとって大きかった。
駅に着くたびに人の乗り降りが多くなり車内はざわついた。そんなざわつきは気にせず二人は話し続けた。
「だからいつもバイクで来てたんだ。」
「うん。」
「今日も断ってくれてもよかったのに」
「まーそういう訳にはいかへんやん。」
上島は苦笑いしながら答えた。
「今は大丈夫なの?」
「大丈夫。あの女性にはもう会いたくないけど。」
「ストーカーみたいなもんだよね。」
「嵐山にいないことをねがってるわ」
「ほんとだね。無理な時は遠慮なく言ってね」
上島は自分の重荷が外れたきがした。いつか福寺に話さなければいけないと思っていたので気分が晴れた。
福寺も上島の苦悩を理解した。乗り換えて嵐山に着くころ電車内はさらに混雑していた。上島と福寺は立ちながら到着を待った。上島はまわりの人を見た。電車に乗ることは大丈夫だと分かった。しかし、警戒心と心の傷はなかなか癒えるものではなかった。
嵐山に到着した二人は渡月橋に向かった。
「外国人の観光客が多いいね」
「ほんとやね。人気のある観光地なんやなー」
福寺は上島がいつの間にかカメラをとりだして何か撮ろうとしていることに気づいた。福寺はいつもの姿を見てすこし安心した。桂川の川沿いを歩いていると遠くに渡月橋が見えてきた。
「あれが渡月橋かー」
「綺麗な景色だね。」
「うん。」
「嵐山、初めて?」
「学校で来たことあるけど、その時はあまり興味なかった。」
「私も高校の時にきたけど、友達とお店でおしゃべりして終わった気がする。」
「あの時はこんなとこにきて何が楽しんやろって思ってたけどなー。」
上島は立ち止まってファインダーを覗いた。河原、穏やかに流れる河川、そして渡月橋と山並みがおさまった。歩いていくとだんだん渡月橋が近づいてきた。
「あそこ渡るねんなー」
「うん。渡ってすこし歩いたら竹林の道があるみたい」
渡月橋と書かれた看板の前に着いた。
「この看板ツイッターで見たことあるわ」
上島は福寺をその前に立たせた。その福寺の穏やかな顔に上島はうっとりした。並んで渡月橋を歩いた。橋から見る景色もまた美しく思えた。渡りきるといたるところにお店が並び賑わっていた。上島はこの町並みを見て、見たことがあるようなないような曖昧な記憶が出てきた。上島たちはまず先に竹林の道に向かった。お客を乗せた人力車が二人の横を抜かしていった。
「乗ってみたい?」
「いいよ。」
福寺は首を横に振った。
「まあそういうと思ってたよ。」
二人は人力車が走っていても不思議だと思わないことに気づかなかった。それぐらい嵐山では人力車が溶け込んでいた。竹林の道の入口に着いた。
「綺麗だね」
無造作に生い茂った竹やぶとはちがい、道も柵も丁寧に整備された竹林には魅了された。
「ここもよくネットにアップされてるなー」
上島は自分もツイッターにアップしようと即座に思った。どういう角度の写真がいいかファインダーを覗いた。
「ここは初めてやわ」
「学校ではこなかったの?」
「現地集合、即自由行動やから来てない。」
「そんな学校だったんだー」
ここも観光客が多く、人が途切れる事はなかった。上島は色々な角度で竹林の写真を何枚も撮った。福寺は一眼レフでファインダーを覗いている上島の写真を撮った。福寺は画像を確認した。背面に竹林の緑が広がり真剣にファインダーを覗いてる姿がほほえましかった。
(私のことはほったらかし?)
福寺は冗談で内心思った。
「ごめんね。写真ばっか撮って」
「楽しそうだからいいよ。」
上島はカメラの電源を一時消した。そして竹林の道を歩いた。上島は朝の嫌な出来事は忘れていた。福寺も同じだった。楽しい時間はそういうマイナスを忘れさせる力があった。二人は竹林の道を通り過ぎた。




