動物園
年が明け新しい一年が始まった。福寺は5日から会社に出勤する日常が始まった。そして会社が休みの日曜日、二人は会うことになった。
上島はバイクで福寺の家の近くまで行った。そしてメールで「こないだのとこについたよ」と送った。上島は福寺が被るヘルメットを座席下から取り出した。しばらくすると福寺が歩いてきた。
(ついにきた…)
上島は福寺を後ろに乗せることを待ちわびていた。
「おはよー」
いつもと変わらない福寺の声だった。
「これヘルメット。」
「こないだのヘルメットだね。」
「いいかな?」
「何でもいいよ。」
福寺はヘルメットに関してこだわりなどなかった。ヘルメットをかぶり、上島の後ろに乗った。
「栄子さんちってどこ?」
「家?あの家。」
上島は福寺の指差す方を見た。
「ちょっと前通っていい?」
「別に行かなくていいよ。」
福寺はすこし嫌なそぶりをしたが、上島は家の前をバイクで走り抜けた。古くもなく新しくもないような一軒家を上島は見た。通り過ぎるさいにモニター付きのインターフォンと「福寺」と書かれた表札を確認した。
「あんな家に住んでるんやー」
「了君のうちは?マンション?」
「うち?普通の一軒家。栄子さんちとそんなに変わらへん。」
上島は中央大通りにでて天王寺を目指した。やはりいつもより慎重に運転した。
天王寺駅前の駐輪場にバイクを停めた。
「前、ここが空いてなかって苦労してん。」
上島は初めて福寺と会う日のことを思い出した。二人はてんしばを通り天王寺動物園に向かった。
「寒い日にごめんね」
上島は福寺に謝った。
「いいよ。」
福寺は上島の手をぐっと握った。
「了君、何つけてるの?」
福寺は上島の左腕につけている数珠を見つけた。
「これ?」
上島は袖をまくり福寺に数珠を見せた。その数珠は透明の丸い玉だった。
「まあアクセサリーかな」
「何か願い事とかあるやつだね」
「そうやったかなー」
「何の願い事の数珠つけてるの?」
「忘れた。透明でいいかなって思って買ったから。」
「しらないうちに願いが叶ってたりしてね」
「彼女はできたけどね」
上島は笑いながら答えた。
「これをつけるだけで願いが叶ったら楽だね」
福寺は大学受験の悔しさを思い出した。
「うん。そう簡単には思い通りにならないよなー。」
福寺はうなずいた。
芝生のうえはアスファルトの道路と違い歩きやすかった。チケットを買い二人は天王寺動物園に入った。
「天保山も久しぶりだったけど、動物園も久しぶりかなー。」
「僕も同じ。1人やったらこられへんからなー」
上島はボディーバッグから一眼レフを取り出し首にかけた。二人は案内マップを見ながら白熊の方に向かった。
「あっ、ここ外から見たところや」
上島はマレーグマの前を通った時に思い出した。二人はマレーグマの柵の前に立った。
「かわいいね」
同じとこをくるくると周回するマレーグマを見ながら福寺が言った。上島は動物園の外を見た。そこからはこっちを見ながら道路を歩いている人が数人見えた。上島はマレーグマの写真を撮った。
「カメラ持ってから動物園で写真撮ってみたかってん」
「良かったね」
「うん、1人ではちょっと無理やからなー。」
動物を見ながら移動した。白熊、アシカの前に立った。ここは二人が子供の時に来たときとほぼ変わっていなかった。今日は休日だったので親子連れが多かった。自分たちも子供の時に親と来たことが懐かしかった。リニューアルしたサバンナゾーンを二人は歩いた。
「こんなんになってたんやー」
上島は初めて知った。
「動物園も変わっていくものだね。」
福寺も上島に負けじと携帯で写真を撮った。
「結構歩いたね。」
「うん。久しぶりにきたから面白いわー。」
テーブルと座席がある場所を見つけたので二人は座った。動物園に入る前にコンビニで買ったおにぎりとサンドイッチを上島は取り出した。
「はい。」
上島は福寺にサンドイッチを渡した。二人はそれぞれ選んだ物を食べた。座っている間に体が冷えてきた。
「今日は寒いね。」
「温かいもんでも飲もっかー」
座席の近くに自動販売機が数台置いてあった。二人はそこで買うことにした。同い年ぐらいの男女が自動販売機で飲み物を買っていた。上島と福寺に気付き、すぐ横にどいてくれた。
(恋人同士なのかな…)
福寺は二人を見て思った。
「コーヒーブラック飲むんだ。」
「俺?俺いつもブラックやで。」
「そうなんだー。」
自分たちの横で男は缶コーヒーの蓋をあけ一口飲んだ。その顔を福寺は見ていた。若干顔が歪み、見栄を張っているよに思えた。女の方は今どんな気持ちなんだろうと推察した。女と目があった福寺はすぐに上島のほうに視線を変えた。上島は横の二人には興味を示さず何にしようか飲み物を選んでいた。
「決めたー?」
「私?ミルクティーにする。」
福寺はペットボトルのロイヤルミルクティーを選んだ。そして上島もお金を入れてボタンを押そうとした。福寺は何を選ぶのか気になった。押したボタンはペットボトルのカフェオレだった。
(カフェオレ…)
甘いのが好きなんだと福寺は思った。上島はカフェオレを取り出し蓋を開けて一口飲んだ。その時の顔を福寺は見ていた。みるからにおいしそうに飲む姿がとなりの男性とは対照的だった。福寺はへんな見栄を張らない上島の行動が嬉しかった。
ペットボトルを鞄になおして再び動物を見てまわった。
「あー久しぶりにきたから楽しかった。」
「いっぱい写真撮ってたね。」
将来自分の子供と来る日があるのだろうかと福寺は想像した。就職した福寺は結婚が次のターニングポイントだと考えていた。上島と交際が続けばその道も開かれるかもしれないと思った。そんな時、上島を初めて見た時の予感を思い出した。しかしその時の予感はもう忘れてしまっている自分に気づいた。あの予感は二人が出会うきっかけ、ただそれだけでもう充分だった。
天王寺動物園のゲートをでた。二人は再び芝生の上を歩き天王寺駅のほうに向かった。まだ二人で過ごす時間はあった。しかし夕暮れが近づいてくるにつれ、福寺は明日から仕事なんだと思うようになった。気が重たくなるのを紛らわすために空を見上げた。鱗雲が空一面に広がっていた。
「空がきれい」
福寺は上島に教えた。
「ほんとだ」
上島は立ち止まりカメラを空にむけた。
「雲って不思議やなー」
福寺も携帯で写真を撮った。
「私ね。空の写真撮るの好きなんだ。」
「たまには空を見なあかんなー」
「いつも下ばっかり見て歩いてるんじゃないの」
「うん。そうかもしれへん。」
「私も同じだけどね。疲れているのかなー」
上島は苦笑いをした。上島はカメラをボディーバッグになおした。西側の空がだんだん燃えるように赤くなってきた。二人は手をつなぎ歩きだした。付き合いだしてから意見のぶつかり合いなどはなかった。お互い我慢しているわけじゃないけど折り合いがよかった。冷静で落ち着いた二人は性格や考え方も似ていた。そんな二人の頭上の空はまだ青かった。




