天王寺
土曜日は大学には行く事はない。鏡の前で髪を整えた。目元にかかるぐらいの髪の長さ。整髪料はつけることはない。人からの印象は真面目そうの一言だ。濃いジーパンに薄手の黒のジャケットを着た上島は一眼レフカメラをボディーバッグに入れ自転車で駅に向かった。
電車に乗り、席に座ると同時にカメラを取り出した。電源を入れて以前に撮った画像を順番に見ていった。まだ買ってまもないカメラなので画像の枚数は少なかった。
(さあ、天王寺で何を撮ろう)
上島は今からこのカメラを使える事に嬉しさがあった。そして定期券の範囲内の天王寺で降りた。阿倍野歩道橋から阿倍野ハルカスを眺めた。ここから見上げたのは初めてだ。カメラのストラップを首にかけファインダー越しにハルカスを覗きシャッターをきった。高層ビルなのでおもうようには撮れなかった。観光客が多く、同じようにハルカスを撮影している人を見かけた。自分も観光客と間違われるかも知れないが、そういう他人からの目を気にするということは頭にはなかった。撮る被写体はみんな同じなんだなと、ただただそれだけを思っていた。
歩道橋を下り線路沿いの道を新今宮駅の方向に歩いた。ガタッガタッと電車が通りすぎていった。とっさに上島は首からかけているカメラをしっかりと握った。
去年、電車の写真を撮ろうと自転車で家から近鉄電車の線路沿いへ向かった。インターネットに鉄道写真をのせている人に倣い、自分も初めての試みだった。
(どこで撮ろっかなー)
線路沿いに到着した上島は家族で使っていたコンパクトタイプのデジカメをポケットから取り出した。前から金網越しに音をたてて電車が通りすぎた時、
(カメラを壊してしまうかも)と悪い予感がした。まさか、そんな事はないと気にしなかった。もう少し先にいけば踏切があるかなと思い、デジカメを持ったまま自転車をこいだ。今度は後ろから電車が勢いよく通過していった。
(あっアーバンライナーや)と電車に目がいった。
とっさにカメラの電源を入れ撮ろうとしたが、焦ってしまいカメラを落としてしまった。すぐに自転車から降りてカメラを拾いにいった。本体からバッテリーが飛び出していた。まあ大丈夫だろうと、バッテリーを本体に入れた。しかし本体バッテリーの蓋が衝撃で破損していた。手で押さえれば電源が入るのだが、手を離すと蓋が開いてしまいどうすることもできなかった。
(まさか本当に壊すとは)
上島は壊してしまったという罪悪感とともに嫌な予感が当たった事に驚いた。
結局、その日はスマホで何枚か電車を撮ったが、気分はすぐれなかった。父親は新しいのをまた買うよっと言っただけで、責められる事はなかった。怒られてしまうと思っていただけに、何もなく終わりほっとした。
後日お金を銀行からおろし、一人で電気量販店に行った。様々なカメラが並ぶなか、一眼レフに目がいった。自分の新しい趣味が見つかった思いもあった。せっかくならおもいきって買ってやろうと、気に入った黒色の一眼レフカメラを選んだ。自分で買ったカメラ。壊れたカメラとは性能も違い余計に愛着がわいた。
上島は新世界を歩いた。ここも人が多いい。派手な看板や大きいビリケンさんを設置した串カツ屋が並んでいる。昼からビールを飲む姿を見かける。うちの家族には縁のないような場所だと思った。大きいフグの看板がある交差点に差しかかった時、上島は立ち止まった。道路両サイドに店が立ち並び、その一直線上中央に通天閣が見えた。上島はその場から写真を撮った。
(うん、大阪っていう感じだ)
撮った写真の画像を確かめて思った。通天閣に向かうも、一人ではなあと思い登らなかった。その場にいるカップルを見ると悔しさがわいた。一人での歩きは続いた。将棋の王将のオブジェや残念石とかかれた石などを見つける。
(こんなんもあるんやー)
ここ界隈は動物園にしか行った事がなかった。カメラを買ったからこそ、ここに来たのだと思う。そして大阪の一面を見た。
再び同じ道で天王寺駅に向かった。途中で動物園の中の様子が見えた。立ち止まり外から園内を眺めた。柵の向こうで小柄な熊が行ききするのが見えた。
(ここからすこし見れるんや)
その柵の前に子供たちや大人が数人いた。
(動物園かー、小学生以来いってないなー。)
上島には行った記憶も曖昧だった。他人目を気にするところと、気にしないところが自分にはある。動物園も通天閣と同じように一人では入る勇気が持てなかった。首からかけているカメラがむなしかった。動物を撮ってみたい思いは強い。何とかできないかなあとうつむき、考えながら天王寺駅へと向かった。