表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
8/31

第2章 反省(Ⅲ)

「死にたい……」


 ベランダで夜風を浴びながら、私はそう呟いた。


 大都会とまではいわないが、ビルの明かりがちらほら見える。草木も眠る丑三つ時とは言うものの、そよ風でなびく様子から、眠りなど必要ないと主張しているようだった。

 私はコップに注いできた、牛乳を飲む。


「って、もう死んでるか……」


 自嘲する。


 ……かなめちゃんは、もう眠っている。こんな時間に起きている人なんて、この施設では私しかいないだろう。睡眠を必要としない。かなめちゃんの肉体を操って活動しているが……なに、睡眠で大事なのは脳の休息であるらしい。それが保たれている以上、かなめちゃんの睡眠を妨害しているといったことはまったくない。


「けど、なぁ……」


 睡眠妨害なんか比べ物にならないくらい――かなめちゃんの人生を妨害してしまった。


「…………」


 友くんに詰問されて、ああいう風に答えてしまったが……結局、良かったのだろうか? もちろんあんなのはその場しのぎだ。本心でもなんでもなく、ただ既成事実を作ろうとしているだけ。

 かなめちゃんには、本当に悪いことをしたと思っている。


 でも……不思議なことが、ないとは言わない。


「どうして……この子が、発言を撤回しないのか」


 やわらかい頬を撫でつつ、私は言う。


 自分の意にそぐわない発言だとしたら、取り消しても何の問題もないのに。一貫性のないと言われようとも、トートロ――あの化け物を倒そうというのだ。戦闘の必要はないと言っても、積極的に参加しようという話じゃない。とくにこの子は、まったくと言っていいほど発言をしない子だったはずだ。


 ……撤回の発言もできないほど、小心者ということだろうか?


「……積極的、なわけないしね」


 あの子は、何かに積極的になれるような子じゃない。これまでそんなことをしてきた記憶はなかった。感情は読み取れないが、そんなことくらいは察することができる。


「……はぁ」


 牛乳を飲み干し、私はため息を吐く。

 夜風はいつもの通り吹いている。暗さが肌を撫でる。冬と言うわけではないので吐息が白くなることはないけれど。


「……どうして」


 どうして、あんなことを言ったのだろう。

 かなめちゃんがそれを撤回するかどうか、というのはまたともかくとして――どうして、どうして私は、あそこで手を挙げてしまったのだろう。


 化け物を倒したいだなんて、言ってしまったのだろう。


 ……私は、変化することが嫌いだ。


 ただの日常が、ただの平穏がゆがんでしまうこと、それが心の底から許せない。普通に、普通に生きていたい。それだけが、私の願いなのだ。


 ……あいつも、あいつも、こいつも……私に変化することばかり求めてきやがって。あいつらのために頑張ってやったのに、頑張って変化したのに、それすら足りないと、まだまだ変われと言うのだから、始末に負えない。これ以上変わったところで何になる? 生きている間変わり続けなければいけないなんて、本当に腹が立つ。だから、だから……自殺をしたのに。


 自殺なんて最悪だ。そのことくらいわかっている。


 でも、そうでもしなきゃ……逃げることなんてできない。


 でも、逃げた先にも。


「……変わりたく、ないなぁ」


 変わる。

 もう、うんざりだ。


 私は目をつむる。


 眠らなくていいというものの、眠気のような、だるさのようなものが体を支配する。


 もう一度、ため息を吐く。


 ……いや、違うな。


 私は、空を仰ぎ、目を開ける。


 これは、最後なのだ。

 私の人生の、最後の変化。


 変わることを認めたくない――そんな私に与えられた、最後の試練。

 絶対に変わらずに、すべてを変える。


 あの化け物を倒す――否、殺す。

 あの化け物を殺して、私も殺す。


 月を睨みつける。


 それで、いいんだろう。


「やだなぁ……もう。こんなの」


 ……ああ、もう嫌だ。意気込んだはいいものの、まったくもって力が湧かない。


 終わりにしてくれ。うんざりだ。

 気が抜けたせいか、コップを滑り落としそうになる。


「……まあ」


 私自身がどうこうしようというわけではない。かなめちゃんに押し付けただけの責任は取るつもりだけれど、それ以外はどうでもいい。私自身が変わる必要はないのだから。

 私はただ……歯車を押してやるだけ。詰まってしまった歯車に、ちょっとした衝撃を与えるだけでいい。


 そのためだけに、私は行こう。


「…………」


 ただ、少し、思うことがないわけではない。

 かなめちゃんのことでもなく、私のことでもなく――友くんのこと。


 彼に使命感を与えてしまったのは、私の望んでいたことではない。かなめちゃんの兄として、自分も化け物退治に参加しなければならない。そのことくらい考えておくべきだった。

 変わることは嫌いだ。誰かに変化を強いるのも、嫌いだ。


 ……どうして、やっぱり、どうして。

 どうして私は、あそこで手を挙げたのだろう。


 ……さっきから、同じ話ばかり繰り返している。


 まったく同じだ。


 私のプライドが、私のやったことに矛盾する。さっきからこの矛盾が解決できない。


 矛盾のまま。解決できない。


 ああ……面倒だ。


「……さっさとしろよ、ヨシミツサトリ……」


 夜空に背を向け、部屋に戻る。


 寝よう。

 どうせ、なにもしなくても……時間が解決する問題なのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ