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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
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第2章 反省(Ⅱ)

「……かなめ」


 入浴後、友くんが私に――ではなかった。かなめちゃんに話しかけてきた。友くんも入浴後ということだろうか。パジャマを着て、タオルを首に巻いている。


「……?」


 かなめちゃんはいつものように、無言で疑問符を発しながら友くんのほうを向く。『何?』とか『どうしたの?』とか、言葉をとにかく発さない。


 友くんはかなめちゃんの横に座る。ちなみにかなめちゃんはテレビを見ていた。別段面白くもないが見ていて飽きることのない、そんな番組だ。だから切り上げろと言われればすぐに切り上げられる。

 私も友くんの次の言葉に傾注する。


「どうして、化け物を倒すなんて……手を挙げたの?」


 心配そうな、こちらの心中を探るような目で、友くんはそう言った。


 ……どうして、か。

 そんなもの、かなめちゃんに聞いても意味ないだろう。だって、あの時手を挙げたのはかなめちゃんであってかなめちゃんではない。私だ。神岸かずみが、神岸かずみとして、花坂かなめとして手を挙げたのだ。


 無意味な質問。

 しかし、それを答えなければならないのはかなめちゃんだ。


 ――私の意志だから、答えようのないことなのだけれど。


「…………」


 案の定、かなめちゃんは何も答えなかった。

 答えられないから、答えない。

 ……当然のことだ。


「…………」


 友くんも沈黙する。その顔からは、心配の色がはっきりと表れている。


 兄だから、実の兄だから――妹を危険な目に遭わせるわけにはいかない。そんな純粋な、兄妹間の愛情。

 ……それに水を差すような真似をしたのは、ほかならぬ私か。


 かなめちゃんと友くんの関係は、私が何もしなければ――あそこで返事なんてしなければ、まったく変わることはなかった。このままこの施設で過ごし、そうして、普通に暮らしていけただろう。


 その普通を、私は奪ってしまった。


 ……え?


 私が?


 この、私が?


 かなめちゃんは、友くんから目をそらす。私は私で、あのときの行いを思い起こす。


 どうして――私はあそこで手を挙げたんだ?


 いや、私が化け物を倒そうと、かなめちゃんの肉体を操って手を上げさせたのは間違いない。


 しかし、もしもかなめちゃんが、私だったら――いや、そんな頭の混乱するような過程は必要ない。

 どうして、私は、普通な生き方を蹴ってしまったんだ?


 ……自殺するため。それが私の、死後の行動原理だったはずだ。

 でも、それで生前の行動原理を変えるなんておかしいじゃないか。


「…………」


 私は、普通を望んでいたのに。


 普通であれ。

 恒常であれ。


 諸行、変わらないでくれ。


 それが私の行動原理だったのに。


「……かなめ」


 友くんが口を開く。

 何と言うのだろう。


 もしも化け物退治をあきらめるように説得され、その説得にかなめちゃんが応じれば――もう、この話はおしまいだ。


 あとは、化け物が倒されるのを待つだけ。


 いずれにしても(、、、、、、、)化け物は倒される(、、、、、、、、)のだから(、、、、)


 私が手を挙げる必要も、私が手を貸す必要も、ましてやかなめちゃんが手を貸す必要もない。


「……わたしも、なんか……わかんない」


 と、かなめちゃんは口を開く。拳をきゅっと握り、友くんに体を寄せる。

 分からない。それはそうか……だって、私がやったことなのだから。


「わかんないけど……手、あげなきゃって……思ったの」


 それは、私が動かしたから。

 操ったから。


 そこに、かなめちゃんの意志など存在しない。


「……まだ、考え直すことはできる。……かなめが『やらない』って言っても、お兄ちゃんは何にも言わない」


「…………」


 優しい声で、決して感情を昂らせることなく、友くんは言う。

 友くんの立場からすれば――かなめちゃんの兄という立場からすれば、妹を戦いに場に出すなんてことはしたくないはずだ。起こってでも、なんでも、どうしてでも、妹にやめるよう説得してもおかしくないはずだ。


 それでも、あくまで優しく言う。


「…………」


 でも、その瞳の向こう側に、どんな思いがあるのか、ちゃんと分かっている。絶対に、行かせたくない。実の妹であるかなめちゃんを、戦場に行かせたくない。


 妹を――失いたくない。


「……だって、ここにいる、みんなって」


 私は、かなめちゃんの口で言う。かなめちゃんが言わないだろうことを、かなめちゃんが言うように、言う。


「あの……化け物に。……お父さんも、お母さんも……」


 呟くように、囁くように、友くんにかろうじて聞こえる程度の音量で声を出す。

 自分はなんて最悪なことをしているのだろう。


 この児童養護施設――端的に言えば孤児院――は、主に化け物の被害者家族の子供を預かっている。名前は忘れたが、そういう秘密の組織が立てたのだという。だから設備が真新しいのであるが……ここにいる子供たちは、十数人程度。


 皆、親を失った。


 ……なんなら、身体の一部を失った子もいる。

 悲しみが消えることはない。たとえ薄れても――無念は、ずっと、残り続ける。


「だから……やっつけないと……なにも変わらない……」


 その無念を果たしてやらないと、亡くなった彼らの両親も浮かばれない。


 ――だなんて、なんて偽善。

 なんて滑稽なんだろう。


 他人のため、他人のためと偽る。ただ単に自分がやりたいだけだというのに。

 自分のわがままを通すために、誰かを救うためだとか、適当な理由をでっちあげている。本心ではどうでもいいと思っているくせに、いざ口を開けてみれば、きれいごとばかり出てくる。


 最悪で、最低だ。


 そしてさらに最低なのは――それを、他人にやらせているということだ。

 神岸かずみ本人ではなく――花坂かなめという、いたいけな少女に言わせているのだ。


「……そこまで、無理をする必要はないんだぞ、かなめ」


 友くんはかなめちゃんの肩を抱き寄せる。風呂上がりのシャンプーの香りが、鼻をくすぐる。

 無理をするな――なんて言われても、そんなの無理な相談だ。少なくとも、かなめちゃんに言ったところでどうにもならない。


 かなめちゃんの意志ではなく、私の意志。


 無理などしていない。私はただ、自分の自殺を完遂したいだけだ。トートロを倒して、私の魂を、あるべき場所へ還す。


 それだけだ。それだけのこと――だから、危険なはずがない。いずれ倒されるのは確定している――だから、私はそれを応援しようとしているだけだ。


 無理なんてしていない。


 ただ……いつまでたっても死ねないというのが、耐えようもなく辛いから。


 いつまでもかなめちゃんのうしろに引っ付いて、こそこそと、まるでドブネズミのように生きるくらいなら――死んだほうがマシだ。


 何度も言うが、さっさと死にたい。


 私の行動原理はそれだけで、無理なんて、まったくしていない。


「だいじょうぶだよ……お兄ちゃん。……お兄ちゃんも、私のちから、知ってるでしょ……?」


 かなめちゃんの異能力――情景移植(プラントビジョン)。心象風景の共有。戦闘にはまったく役に立たない能力だ。だから、ただ後ろでぼうっとしているだけだろう。戦闘時に何もしないのは役に立たないどころか迷惑だ――というなら、反論はさせていただきたい。あの化け物を倒すのに、戦闘なんて必要ないんだ――と。


 友くんは頭をなでる。暖かい手だ。


「……あの化け物と、戦っちゃだめだよ。かなめ……あれは、とっても危険なんだ」


 危険。そんなことは分かっている。でも、そんなこと関係ない。トートロを倒すには、たった一人だけ犠牲になってくれれば、それでいいのだから。


 だから、この友くんの引き留め方は――意味がない。


「やらなきゃ……何も始まらないよ。誰もやらないなら……やるしか、ない」


 と、私はかなめちゃんに言わせてみる。


(はっ)


 と、心の中で自嘲する。

 ここまで事実と違うことを言うと、面白くなってくる。


「……わかったよ、かなめ。……僕も、化け物を倒すのに協力しよう」


 私は顔を上げる――友くんの顔を見る。まさか、そう来るか――いや、友くんがこれを言うのは当然なのか。実の妹を、すぐ近くで保護するために。いつでもそばで見てあげられるように。


 ……そして、戦闘になった際に、友くんの能力はとても有用だろう。ええと、確か……時間喪失(ロスタイムロス)。指定した空間の時間スピードを十分の一にする――これを使えば、トートロの動きを封じることもできるだろう。


「……ありがと……お兄ちゃん」


 私は、友くんに寄り掛かった。


 ……なんて罪深いことをしているのだろうか、私は。


 利用できるものは、何でも利用してやれ。


 身近な人間がどれほど危険に曝されようとも。その結果、死が訪れようとも。


 自分を殺すのが、ここまで大変だとは思わなかった。

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