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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第一部 手を挙げる日まで
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第1章 神岸かずみ(Ⅱ)

「かなめ、朝だよ」


 男の子の声が聞こえて、私は目を覚ます……いや、正確には私は眠っているようなものだけれど、かなめちゃんの主人格が目を覚ます。私の人格も、それにつられて気付くというだけだ。


 だから私の意志ではなく、かなめちゃんの意志で、かなめちゃんの瞼は開く――そして、視覚情報は私も感じることができる。


 奇妙な感覚だが、もう慣れた。


 男の子――名前は友。珍しい名前もあるものだと思っていたが、それはかなめちゃんも変わらないので納得した。


 それよりもっと重要なのは、私――じゃなくて、かなめちゃんとこの友くんは、実の兄妹であるということだ。


 実の兄妹。

 この子は両親が離別し、兄とも離れ離れになっていたが――ところがどっこい、化け物に襲われ、同じ児童養護施設に入っているというわけだ。


 あの化け物はあの時だけでなく、この男の子にも危害を加えていたということだ――なんとも、迷惑な話だ。


 化け物。


 かなめちゃんを襲った時――意識朦朧の中――私は化け物の本能を理解することができていた。何を目的としているかはさておき、本能で動いている、その欲求を理解していた。


 おそらく、化け物はその本能を保ちながら――死ぬことなく、人を片っ端から襲っているのだろう。

 かなめちゃんのような、純粋な人間を。


 そういう本能だ。

 その本能に基づいて、彼、友くんも襲われたのだろう。襲われ――『犯され』、ここにいるのだろう。


 友くんの親も、化け物に殺されたらしい。


 それで同じ児童養護施設にいるというのは――単なる奇跡だ。

 偶然だ。

 誰が何かを祈ったわけでもない。ただの幸運。


 しかし、その中の不幸と言えば……かなめちゃんは、友くんのことを実の兄だと認識していないのだ。いや、これは脳の障害がとかそういうのではない。化け物に対する強烈な思い出が脳を圧迫しているというのも、説としては上出来だが――単に、忘れているだけだ。


 本当に小さい頃の思い出。

 思い出せと言うのがどだい無理な話だ。


 友くんのほうは、ちゃんと覚えているようだった。年齢の差だ。はじめ彼も自分が兄であることを理解されず、悲しんでいたが……それは仕方のないことだと割り切ることはできたらしい。


 ちなみに私がどうしてそのことを知っているのかと言えば、なんてことはない。ただかなめちゃんの寝ているときに友くんが言っているのを『聞いて』いただけだ。そしてかなめちゃんの脳の奥――記憶の奥底にダイブして、それが確かなことだということは確認した。


 当人よりも、私のほうがかなめちゃんのことを知っている。そういう自負がある。

 ……なんて、こんな自負を持ったところで、何がどうなるというわけではない。私は何もできないし、何もするつもりはない。


 かなめちゃんが寝ている間、友くんに手紙でも書くか? そんなことをしても、トラブルに発展して、面倒なことが起こるだけだ。何もしない、今この歪な状態を保つほうが安全で平和なのだ。

 だから私がしなければいけないのはこの二人への干渉などではなく、自殺だ。


 かなめちゃんに、まったく気づかれず――誰にも、何にも気づかれず――ただ、私の人格だけを、殺す方法。


 それを探さなければならない。


「……ん、ん」


「おはよう、かなめ」


「お……はよ、おにい……ちゃん」


 だから、私は――不自然でない程度に、かなめちゃんを操らなければならない。

 かなめちゃんを操り、私の精神だけを殺す。その方法を探る。


 この兄妹の何気ない朝の挨拶は、私にとって戦いの始まりであった。


 情報収集。


 この時代、何よりも情報を手にできるのは、他でもない。インターネットだ。

 まずはそれを、私が――かなめちゃんが、使えるようにする。

 それが私にとって、当面の目標であった。


「ほらかなめ、起きて」


「う……うーん、っ……」


 瞼がどうしても開かないかなめちゃん。まだまだ眠いようだ。寝っ転がって寝返りを打っている。起きるのではなく、もう一度眠ろうとしているかのようだった。


「ほら、起きてって」


 友くんがせかす。確かに、そろそろ起きないと時間がない。朝食の時間、朝の身支度を考えるならば起きてなきゃいけない頃合いだ。とくにかなめちゃんは行動が遅いので、その分の時間も考えて。


 それでも、かなめちゃんにとって朝はすごく眠い時間帯であるようだ。

 こんなやりとりが、毎朝続いている。


「ほら、かなめ、おんぶしてあげるから」


「……おんぶー」


 と言いながらかなめちゃんは芋虫のようにもっそもっそと布団を這い、友くんの背中に張り付く。友くんはかなめちゃんを落とさないように手で支え、そのまま立ち上がる。


 これもまた、いつもの光景。


 ……平和だなあ、と思わずにはいられない。


 かなめちゃんの中に入ってから、この二人のことを、正直にうらやましく思う。今までの私は死ぬことしか頭になかった。どうやって死のうか。いつ死のうか。そんなことばかり考えていた。


 もちろん今も、死ぬことが最大目標ではある。ただ、それでも一歩距離を置いてみてみると……やはり、精神状態が不健康だったと言える。あの頃の自分はやはりおかしかったのだと思う。人間は死へ臨む存在らしいが、あの時の私は死を切望していた。

 死を望んでいた。


 もちろんそれは今も変わらないが……すくなくとも、今のほうが精神状態は穏やかだ。なんというのか、一歩、人間から距離を置いて、魂だけの存在になったからだというのだろうか。少しだけ達観したかのような考え方ができるようになった。


 友くんの少し汗で湿った背中に頬を当てる。

 友くんを握る腕に、少しだけ力を入れる。


 こうすると、なんだか気持ちがすっきりしてくる。

 気持ちが安らぐ。


 人肌のぬくもり……ということなのだろうか。かなめちゃんの感覚が、脳に快感を与えて、その快感が私にも伝わっているということなのだろうか。厳密に分析するならばそういうことになりそうだ。


 温もり。

 ……温もりだって?


 そんなもの……あるものか。


 だから、私は――


「……!」


 うっすら目を開けたところで、私はあるものを発見する。


 ガラス窓の向こう側に見える――新しいとはお世辞にも言えないが、れっきとしたパソコンがある。電源は切られているようで画面は真っ暗だったが、有線ケーブルが差し込まれている。


 よし。これでまずは第一歩だ。


 私が、死ぬための第一歩――インターネットの使用。


 この部屋の番号とだいたいの位置を覚える。もちろん、このパソコンは誰かの私物で、たまたま今日ここに置いてあるだけなのかもしれない。そしてここに置いてあると言って、私が自由に使えるとも限らない。


 インターネットを使うときは、注意しなければならない。


 私は神岸かずみではなく、花坂かなめとして行動しなければならないのだから――だから、一人で自信をもって行動してはいけない。堂々とパソコンを使ってはいけない。使うならば、隠れて、ひっそりと……夜間にするのが一番いいだろう。


 しかし夜間に使うと言っても、パスワードがかかっていたら厄介だ。別に、持ち主に頼み込むというのも手段の一つではあるが……そのときは私がパソコンを使う正当な理由をでっちあげないといけない。それはそれで面倒だ。


 面倒でも、その程度は覚悟しておけなければいけないだろう。


 ……インターネットに、私の死に方が書いてあるとも限らないのだし。


 魂だけになったことのある人間なんて、いるわけないだろう。だから……はっきり言って、望みは薄い。

 しかしそんなな望みくらいしか考えつかない。薄い望みに、賭けるしかない。


 ――自殺するために。


 友くんはそんな私の視線に気づくこともなく、私――ではなく、かなめちゃんを洗面所まで連れてった。

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