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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第3部 別れる時に出会う時
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第9章 花坂かなめ(Ⅲ)

 そこは、かなめちゃんの自室だった――事務所のほうではく、施設のほうの。私はかなめちゃんに向かい合って――かなめちゃんは、ベッドに腰掛けて。


「……そう、だね……どう言えば、いいのかな……」


 かなめちゃんは、迷う。それに合わせて、部屋の壁が、ぐにゃぐにゃと、ゆがむ。

 ……いろいろ、話さなきゃいけない。化け物に初めて会って……そして、この施設で何があったか。


「……初めて、化け物に出会った時。私は何もできなかった」


 情景は、倒壊した建物だった。……かなめちゃんの、実家だ。


「ただ、化け物に……全部、とられてしまった。お父さんも、おかあさんも。……そして、わたしの足も。……傷、つけられた」


 右足が、ずきん、と痛む。


「足のほうは……塞がったけれど……ほんとうに大変なのは、そこからだった」


 舞台は、施設の待合室に移る。


「ぼうっとしてたら……急に、怖くなってくる。なにもかんがえてないはずなのに……急に、襲ってくる」


 恐怖が。

 音が、臭いが――血が。


 そして、悲鳴が。


「…………」


 フラッシュバック……まあ、あって当然だろう。そこまで大きな恐怖感を抱いたのならば……当然だ。一朝一夕で、消えるようなものではない。


 ――なにせ、それから、かなめちゃんの人生は変わったのだから。


「人と手を握ると――頭に、その人が入り込んでくる。情景移植が……うまく使えなかった。だから……誰かと一緒に、いたく、なかった」


 自動的に発動してしまう、情景移植……制御不可能になったとき。かなめちゃんはおそらく、化け物とかよりも――そっちのほうが怖かったのかもしれない。


 悲鳴を上げて、涙と鼻水で顔面を汚して。それにもかまわず泣き喚いて。近づいてくる人たちを、軒並み拒絶していた。


 ……そのことは、私も知っている。


「……そっか。知って……たの」


「ごめんね……あんまり、思い出したくないことだろうけど。……でも、そうなっても仕方ないよ。かなめちゃんが悪いわけじゃない」


「……でも、お兄ちゃんが来て、ずっと隣にいてくれて……なんとか、情景移植を、自分で使えるように、なりました」


 それまでのように、誰彼かまわず――ではなく、制御できるようになって。かなめちゃんはようやくまともな精神状態を手に入れることができた。


 ……思えば、ここにこそ、かなめちゃんの原因があるのかもしれない。

 言葉をあまり使わない。それは……心を、外に出したくないという防衛だったのかもしれない。自分の心を探られないように、何も言わない。


「……かも、しれません」


 かなめちゃんは、私の仮説に、頷きを返した。


「……でも、それでも……耐えられなかったんです」


「……?」


 耐えられなかった、とは――何にであろう。

 もう、耐えるべき苦しみは終わったというのに。


「ううん……私は、もう、知ってしまったんです」


 知ってしまった。


 何を――知ってしまった?


 情景移植で。


「どれだけの人が、どれだけの思いで――化け物を、憎んでいるのか」


 それは、私の心に、ずん、と響いた――この空間の特性だろう。物理的に、私は一歩下がる。


 勝手に入り込んでくる、情景移植のための光景。いろんな人の死、そしていろんな人の――恐怖。そしてそれ以上の――憎しみ。


 怒り。

 殺意。


 それを――かなめちゃんは、ずっと浴びていた。


 ――ずっと。ずっと。


「…………そう、だったん、だ」


 と、私は言う。


 なんということだろう。


 かなめちゃんは――となると、一人で、ずっと、一人で。何人もの憎しみを、感じてきたというのだろうか。情景移植で、心に直接。


 ――すぐそばに、私はいたはずなのに。

 気づけなかった。


 情景移植に、私は入れなかった。


「だから……だから、化け物を殺そうと、手を挙げた……」


「…………」


 こくり、とかなめちゃんは頷く。


「私は……いろんな言葉を、直にききました。でも、みんな考えていることは同じでした――悪い奴は殺せ。ただ……それだけでした」


 勧善懲悪。

 化物退治――か。


 古今東西、どの物語にも存在する……人に不幸を与える存在を、英雄的存在が抹殺する。それが――正しいということ。それが、幸せだということ。


「もう。私も……だめになってたんだと、おもいます」


 と、かなめちゃんは言った。


「誰にも伝えられなくても、私の中では――化け物とは、すなわち悪。悪。悪いもの、悪いものはすべて殺してしまえ。そうすればみんなの憎しみはなくなるって……そう、思っていました」


 でも、それは……どう考えたって、頭がおかしい。


「みんなの辛さが分かる私だからこそ、やらなきゃいけないことがある。やらなきゃいけない。責任がある。なんて頭がおかしくなって……耐えきれなくて。だから……手を挙げたんです。化け物を殺すためなら、自分が死んだっていい。もう……そんな気分でした」


 ……あのとき、手を挙げたのは、私ではなかったのか。


 本当に――偶然だったというのか。偶然、二人とも――手を挙げた。だからこそ、お互いに気付かなかった。そして、お互いにずっとこう思っていた。悪いのはすべて、自分なのだ――と。


「そう気づけたのは、お兄ちゃんが死んじゃってから……だよ」


 かなめちゃんの、声のトーンが落ちる。


「……お兄ちゃんが死んで、はじめて……自分が間違ってるんだって、気付いた。こんなに悲しいなんて……思わなかったから」


 両親が死んだときよりも。

 はるかに。強く。


 辛く、悲しかったのだ。


 ……私にも、かなめちゃんの悲しみが直に伝わってくる。


 これまでの思い出、支えてくれた思い出。頭のおかしい自分の行動を、なんだかんだ律してくれた人。


 そうした人がいなくなって――初めて、自分が何をしてしまったのか、思い知る。


「……私が、何もできないんだなって、思い知ったの。だから……もう、諦めてた」


 生きてたって――というのは、私が言ったことだけれど……そういうことか。やけに、かなめちゃんが冷静だったのは。ただの――台風の目にいただけか。それ以外は――大荒れ。


 もう、自分は役に立たない。ならば、もう生きていても仕方がないと……。


「それは違うよ。かなめちゃん」


 私は、言ってやる。

 これだけは、言うことができる。


「簡単に死のうとか、言わないで。よく考えて。……あなたが死んで、それでそのメリットとデメリットは何? あなたはそれで満足する?」


 私が、生きている間に、ずっと思っていたことだ。


「死ぬのは――駄目だよ。でも、駄目と分かっているなら――それを超えるだけの、説得力と覚悟が必要。生きている人間に、イキテイレバキットイイコトガアルだなんて言われない、強靭な決意と正しさ。……その両方がないと、自殺はしちゃいけない。少なくとも、私はそう思っている」


 ずるずると、だらだらと、生きることが難しいから自殺する――なんてのは、悲しい。生きたいと思って生きられないのは、ただの悲劇だ。だからこそ、彼らに自殺は、許したくない。


 でも――それでも。強い信念のもとで行われる自殺なら――認めるしかない。


「かなめちゃん。……あなたは、生きて。生きて――納得のいく死に方をして。世界にはかなめちゃんの想像も及ばないような、理不尽がたくさん待ち構えてる。……死にたいと思うことだって、一度や二度じゃすまないよ。でも、だからこそ――納得がいかないなら、そこで死ぬべきじゃない」


 私は、結局説教してしまった。


 かなめちゃんに、どれだけ関心があったのだろう……当然か。だって、ずっと一緒にいたのだから。


 この世ならざるこの世そのものに、触れたときから今までずっと。


「……わかり、ました。いいえ、もう、そんなこと……思いません。でも――だから、こそ。納得がいかないからじゃなく――納得したから、私は……死にません」


 かなめちゃんは、私の言葉に、返す。


「だって、こんなに――生きててよかった、と思ったことは、ないです、から」

 生きていて――よかった。小学生の分際で、何分かったこと言っているんだ――と、思って、そして、そこでやめだ。


 私はまだまだ――かなめちゃんのことを、羨ましいと思っているようだ。


「……これで、全部。おわり……ですね」


「そうだね……全部。終わり。あとは吉光里利がやってくれて……終わり」


 私も消えるだろう。

 これでようやく――死ねるというものだ。


「……私は、ただの夢のような存在だよ。かなめちゃん」


 と、柄にもないことを、私は口にする。


「目覚めたときには、もういない。あと少し。化け物が殺されるまでの……ただの夢。夢が追われば――私はいなくなる。だから……そこからは、かなめちゃんの人生だ」


「…………」


 死なないでください――と、強く訴えたいという気持ちが、伝わってくる。


 でも、もう無理なんだよ。

 化け物は殺される。そして私が死ぬ。


 かなめちゃんも、みんな生き残って――そして、私のいないハッピーエンド。


「さよなら、かなめちゃん。……また、いつか」


「……はい。また……いつか」


 そして、情景移植(プラントビジョン)は終了した。


 私はまた、かなめちゃんの観測席に戻る。階段床のコンクリートは、かなめちゃんの涙で、濡れていた。


 月の影が、嗚咽を隠していた。

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