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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第3部 別れる時に出会う時
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第9章 花坂かなめ(Ⅱ)

 情景移植を使っているかなめちゃんはよく見たことはあるが、私には何もわからなかった。かなめちゃんから何が見えているのか、何が起きているのか、私にはまったくわからなかった。


 だから私にできたのはあくまでも想像だけで――実際、その情景についてはまったく思いをはせることはかなわなかった。


 私が――いや、私たちがいたのは、あの薄暗い路地だった。月の明かりが真上から輝いている。その両端には、マンションではなく――こっちに来る前にいた施設の壁面があった。


 その路地に、私たちは立っている。


 目の間には、かなめちゃんがいる。あのとき――友くんが死んだときと、同じ服だ。あの路地で友くんが死んだことから、それにふさわしいだけの服装が選び出されたということだろう。


 ……そして、わたしにみえるのが……あなたの姿。


 声が、した。


 もう、誰がどうとか関係のない世界――だれの考えか、なんて……かんけい、ない。長い髪がまっすぐととのえられた、きれいな人だ。いや、きれいな人というのはあまりにもかなめちゃんは美化しすぎだ。私はそんなに顔立ちは整っていない。そう、かな……そんなこと、ないと思うけど。


 さて、そんなことはともかく――私の姿は、自殺した時と同じ、リクルートスーツだった。これからまた新しい人生を始めるという皮肉の意味を込めたのだが……皮肉としては、これ以上なく効いた。主に私に。


 体調に関しては、この世界に引きずり込まれて、まったく感じなくなった。かなめちゃんの情景移植は、脳の神経回路を同一にして、お互いにまったく同じ場所で話しているようにすることができる。また、思ったことをそのまま姿に、映像にすることができる空間でもある。だから意志を通わせるためには十分すぎる――そんな能力。


 その能力を――かなめちゃんは、自分自身に使った。正確には、かなめちゃん自身に巣食っている――私に。


「……いつから、気付いてたの?」


 私は、かなめちゃんに質問する。


 今気づいた――わけじゃないだろう。さっき私が出てきたときに、すでに気付いていたはずだ――そうでなければ、こんなに落ち着いてはいない。この子は、慌てるときはとことん慌てる子だ。……友くんの時、そうであったように。


 でも今は――すごく、落ち着いている。脳の揺れは、ただの生理的反応だったのか――かなめちゃん自身に、何の問題もないようだ。


 ……ん……それは……ちょっとだけ……違うかも。


 ……と、言うと?


「なんとなく……わかってた、の……。誰かが、私の中にいるって」


 ――鋭い。


 ……するどく、ないよ。


「ひとりごと……怖くて。たまに口から洩れてくるひとりごとが、やけに怖くて……自分が言おうともしていないことが……口から洩れてくる」


 それが、怖くて。


 ……それは、恐怖だ。自分の意志なんてなく、勝手に体が動いてしまっているなんて。


 そうか……気付かれないだなんて、やっぱり不可能だったんじゃないか。


 というか、私自ら――気付かせていたんじゃないか。


「……それでも、それは……ただ『気がする』ってだけで……本当にいるとは、思ってなかったよ」


 だから……あなたがいたことに、驚いた。


 ……本当に、驚いたんだよ? 心も、身体も、ということか。……うん。


 ひゅう、と風が吹く。私たちの見知った、奇妙な風景に、風が吹く。


 この空間は、人の身にはなし得ない――人と人を、結ぶ能力。分かり合えない人間同士を、分かり合わせる空間。だから、気持ち悪さも、居心地の悪さも感じない。


 それでも――かなめちゃんを、正視することが、私にはできなかった。


「……ごめんね、かなめちゃん」


 私は謝った。これまで勝手に体を動かしてきたこと。


 そして――かなめちゃんを、危険な目に遭わせてしまったこと。


 友くんを殺してしまったこと。


 そして――吉光里利に、干渉しすぎてしてしまったこと。


 どれも……かなめちゃんの人間関係を変えてしまう、危険なものだ。私の行動のせいで、かなめちゃんが危険な目に遭ってしまう。


 ……本当に、申し訳なく思っている。


「本当に……ごめんなさい」


 私は、頭を下げた。


 え、えっ……頭を、下げることなんて、ないのに。


 あなたは、何の悪いことも、していないのに。……頭なんて、下げなくていいのに。


「……えっ?」


 かなめちゃんの思考が聞こえる。


 私が……悪くないだって?

 そんなわけ……ないのに。


「……いや、その……えっと。えっと……名前……なんて言うん、ですか?」


「……神岸、かずみ。どうしようもなくひねくれた大人だよ」


「えっと……かずみ、さん。えっと……勘違い、してるんじゃ……ないですか?」


 ――勘違い?


 私は何を――差し違えたというのか?


「……化け物を、倒す。そのときに……私は、手を、あげましたよ?」


 ――と、かなめちゃんが言った。


「私は……私が、したいと思って……手を挙げました……。しなきゃと思って……手を、挙げたんです」


「――いや、そんなわけない。かなめちゃんの体を無理やり操って、私が勝手に――」


 それが、勘違いだというのか。


 だとすれば、納得もいってしまう。


 かなめちゃんが、状況に流されやすい、ただのいたいけな少女であるという仮定を、取り払うというのなら――すべてが、納得できる。


「――かなめちゃん、あなたが――志願したの? 化け物と――トートロと、戦うことを」


「……はい」


 かなめちゃんは、うなずいた。


 ……それが、()の決意だから。


「だから……私のほうこそ、ごめんなさい」


 かなめちゃんは頭を下げる。……どういう意図なのか、私にはもう、さっぱりわからない。仮定は覆され、すべては白紙に戻る。意識は改革を要される。――変化。


「どうして……謝るの?」


「……私のせいで、あなたに……かずみさんに……いっぱい、迷惑かけたから」


 迷惑――。


 その言葉を反論しようとして、とっさに言葉が出なくなる。


 この子に――迷惑だなと、思ったことがないというのか? さっきまで、この子ごと殺してしまえばと思っていたのは、どこの誰だ? どの口がいえるものか……迷惑なんかじゃなかったと、そんな大人の建前を、言えるわけがない。


「……そして、ありがとうございました。……リリお姉ちゃんに、言ってくれて」


「あれは……ただ、やけになっただけ、だよ」


 どうしようもなくなって、もう全部が嫌になって……すべて覆してやった。

 ……でも、それが、リリお姉ちゃんには必要だった。……私はそう思います。


 リリお姉ちゃんが化け物にとらわれている限り……自分というものに目を向けない限り……化け物は、いなくならない。……そんな風に、私も、思ってたんです。


「……かなめちゃん」


 かなめちゃんも、考えていたのだ。


 化け物のことを――吉光里利のことを。


 エゴにまみれていたのは――私のほうだった。いや……分かり切っていたことだ。でも、私は、かなめちゃんのことを、何もできない、何もしない、何も考えていないと――決めつけていた。


 でも違う。


 彼女はきちんと手を挙げたし、実際に兄も巻き込んで戦いにも参加した。化け物の倒し方を、ちゃんと考えていた――ただ、それを表現するには、口数が少なすぎたわけで。


 だから、私も気づかなかった。


「……ごめんなさい。……しゃべるの、苦手で」


 そんなこと――関係ないよ。かなめちゃん。かなめちゃんは、何にも悪くない。悪いのは――


「悪いのは、私です……ぜんぶ」


 かなめちゃんは、涙を流す。……現実みたいにわんわん泣いたりしない。心の中の涙は――純化されている。


「お兄ちゃんが死んじゃったのも……リリお姉ちゃんにつらいことをさせたのも……ぜんぶ。私が悪いんです」


 と、かなめちゃんは言った。


 ……そうじゃない。そうじゃないだろう。


 どうして私は、こんな子に、責任を感じさせているんだ。

 悪者は私だけで十分だっただろう。


 でも――でも。


「それは……エゴだよ」


 循環論法だ。


 かなめちゃんの罪は、かなめちゃんには量れない。……同時に、私の罪も、私には量れないのか。


「……どっちも悪いって、ことです、かっ」


「そうだね……どっちも悪い。私は勝手に、かなめちゃんを利用した。……かなめちゃんは、勇気を出した。褒められるべきことだけど……結果的に、友くんを殺してしまった。……もちろんその責任は、かなめちゃんを守るべき私にも、ある」


 ――かなめちゃんを、守るべき。


 ああそうか……私は、そんな風に考えていたのか。だから、いつまでたっても、自殺できなかった。かなめちゃんのことを、どうでもいいとは、思えなかった。


 ……思えなくなったのか。


 かなめちゃんと一緒にいて……情が湧いたのか。


 ……なんて。


「……お人よし?」


「そう、その通り」


 私は、自嘲気味に、笑う。


「ねえ、かなめちゃん。聞かせて」


「……はい」


 この空間では、言葉はいらない。この情景は、すべてを語っている。


 それでも、聞かなきゃ、始まらない。


「どうして化け物を倒そうと――化け物を、殺そうと、思ったの?」


 それが最初の、そして、最後の答え合わせだ。

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