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吉光里利の化け物殺し 番外編  作者: 由条仁史
第3部 別れる時に出会う時
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第8章 深入り(Ⅲ)

 結局、日が沈むまで話し合って、答えが出ることはなかった。それっぽい案はいくつか出たけれど、どれも決定打に欠けるもので、そして肝心の『吉光里利がどんな個性をもつべきか』という部分は、ついに一つの解決策も出ることがなかった。


 ルートが解散を宣言する、その数十分前にかなめちゃんは眠ってしまったし、議論も何も進まなかった。退屈な時間だった。


 ……しかし、その退屈な時間は、無駄ではなかったのだと――思う。


 ずっと、考えていた。

 私は、ずっと……考えていたのだ。


 かなめちゃんの、内側で。


 ……私は、自殺をしようとビルから飛び降りた。それを、トートロに邪魔された。あのときから、私の殺意は、私自身から、トートロに変わっていたのだろう。


 だから、ずっと考えていたのだ。どうすれば、トートロは殺せるのか。


 トートロの内側にいたときの情報から――私は、いろんな方法を考えていたのだ。


 特に、死というものに対しては。ここにいる誰よりも知っている自信がある。どうすれば人間は死ぬのか。地道に知識を積み上げて行って……結局、飛び降り自殺を選んだ。


 ネチネチと死ぬなんて面倒で。

 努力して死ぬなんて馬鹿らしくて。


 そして何を言っても、迷惑にしかならない。地面に肉と血と骨と液をまき散らし、すべてを残された人間に任せる。誰かからもらった恩はすべて返し、最後に不特定多数の人に迷惑を振りまく。


 決断した後は、すごく早かった。


 エレベーターで屋上へと向かっている間は、ああ、私はこうして、死ぬための高さを得ているのだなと感じていた。そしておそらく、このエレベーターが、次の人の指令で1階に行くよりも先に、私は地面にたどり着くのだろうなと考えていた。 


「ねぇ……リリお姉ちゃん」


 地面を見て、高さは十分と踏んだらもう後は早い。ふ、わ。と足を外し、そして地面へと向かった。


 私は、本能的な恐怖心とともに、人生のすべてがつまった快感を感じていた。そして地面にぶつかった――と感じる前に、化け物が私を飲み込んだ。


 そして、意識は薄れた。


「ん。ああ、起きてたんだ」


 だから、私がかなめちゃんの体で目覚めたときは……どうしようもなく、悲しかった。ただ、ただ悲しかった。


 ……これは今までの人生の、つけなんだと。今まで、うまくやってこれなかったつけなんだと。神様とやらが与えやがった、もう一度生きるチャンスなのだと。


 そんなチャンス――いらない。と、本気で思った。


「うん……あのね、お姉ちゃん……」


 そして、私に目標ができた。かなめちゃんの中に居ながら、化け物を――トートロを、殺す。そんな離れ業をやってみたいと――思ってしまった。トートロのことを誰よりも知っている私だからできるのだと――自信を持ってしまった。


「どうしたの?」


 だから、考えていた。

 ずっと、考えていた。


 果たして、個性とは――何だろうか、と。


 私は、人格のようなものだと思っている。人の根幹をなす、意識――しかし、それだけで個性と言えるだろうか。


 個性。キャラクター。


 キャラクターといえるだけのものが、果たして多くの人間に備わっているのか。その日その日を、なあなあに生きてはいないだろうか。私は誰かと違うのだと、はっきり胸を張って答えられるだろうか。


「……化け物、殺せそう?」


 お前の心の『無個性(トートロジー)』という化け物に――お前とは違うんだ。と決別できるだろうか。


 私はずっと考えて来たのだ。


 果たして――吉光里利は、どうなのだろうか、と。


「……どうだろ」


 彼女に個性がないことは、もう十分わかっている。しかし――それは、勘違いなのではないだろうか。一面からの見方であって――別の面から見れば、答えは違ってくるのではないか?


 己の中の化け物なんて――ただの錯覚なのではないか?


 誰かと違うことを証明したいのならば――ほかの誰かを連れてくればいい。そうすることで初めて、循環論法(トートロジー)から抜け出すことができる。……結論は単純なことなのだ。


 一つの命題だけで、『異なること』を語ることはできない。二つ以上の命題を持って初めて――同値か、同値でないか、判断することができる。


 そして、同値な個性なんて存在しないことは――はじめから分か(トリビ)っていること(アル)だ。


「殺すこと自体は、できるんだと思う。でも……殺したあとが、いろいろありそうなんだよね」


 違うこと。そして――変わること。それは、とてつもないほどに、辛いことなのだ。循環論法(トートロジー)の胎内で、ぬくぬくとい続けることは、それはとても心地良いだろう……でも、それはできない。


 現実は違うのだ。人がいる。関係がある。問題がある。感情がある。


 それだけで、問題は複雑化する。一つの命題に固執することなど……どだい、無理なことだったんだ。だから――人間は、生きている限り、考えなくてはいけない。循環論法(トートロジー)のない現実だからこそ。


「……でも、いつまでも考えててちゃ……だめだよね」


「……うん。分かってるよ、カノンちゃん」


 だからこそ――道は、二つに一つ。


 一つは、逃げる。循環論法を愛して、ただ一つの結末へ、進む。


 もう一つは――立ち向かう。循環論法を証明不成立として、異なる命題を使い、答えを導く。


 どちらが良いとか、悪いとかじゃない。前者は信念を貫くと美化できるし、後者は誤った結論を導きかねない。メリットも、デメリットもある。


「……私が決断すれば、簡単に物事は解決する……実際、そのほうがいいかもしれないけどね」


 どちらかを使い分けること。人間にできるのはそれだけだ――すなわち。


 変わるか。

 変わらないか。


「…………」


 私は――変わることを、恐れた。


 もうこれ以上、変化したくないと、恐れて――恒常の死へ、身を投じた。他のすべての命題を断ち切って、自分の中で、完結させた。私は――それは、間違ったことではないと思っている。要するに――この世界は、私には合わなかったのだ。


 ただ、それだけ。


 ……では、吉光里利は、どうだったのだろう。


「私が生み出した問題だもん。私自身が解決しないと……ほかの人を、巻き込むわけにはいかないからね。私が化け物に特攻して、そして殺されれば(、、、、、)……化け物は死ぬ」


 彼女は――化け物を、生み出した。自らの個性をなげうって、個性を渇望する、化け物を生み出した。それはどうしようもない、『変わりたい』という意識の表れだったのだろう。


 あの場所で、飛び降りたのは、化け物だった。


 ……そう。吉光里利は、やりとげたのだ。変わることと、変わらないこと。その両方を。トートロにすべての変化を押し付け、吉光里利は変化を退けた。


「……リリ、お姉ちゃん」


「ん?」


 でも、吉光里利は、甘かった。

 この問題は――内側からじゃ、解決しないのだ。


 だからこそ、私がいる。


 私が――(みんな違って)(みんな良い)というものを、教えてやる。


「お姉ちゃんは……自分に、個性が……ないんだって、思ってるの?」


 眠っているかなめちゃんを、無理やり動かして、私は言った。


 窓が開いている。夜風が私の髪を揺らす。月の光の影の向こうに、吉光里利の姿がある。


 彼女の一人称で語られていた物語を、私が、別の視点から書き直してやろう。


「……それ、どういうこと?」


 個性の器を失ったから、個性などない――という、一つの命題からじゃなく。


 他人と比較して違うなら、個性――という、もう一つの命題を重ねてやる。


 どちらが正しいのか、比較してみろ。矛盾したからと言って、どちらの命題も、消えてなくなるなんてことはない。


 矛盾のある世界は――完全なのだ。


 そんな 完全な(まったくもって)世界(荒唐無稽)を――生きるか、死ぬか。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんが、勝手に思っていること……ある意味、独りよがりだよ。誰も……そんなふうには、思っていない……よ」


「…………」


 吉光里利は、沈黙する。


 彼女も、分かっているのかもしれない――私が、花坂かなめではなく、別の誰かであることに。


 神岸かずみとして、私は話している。


「お姉ちゃんは、責任感がある。……簡単に他人に投げ出したり……しない。お姉ちゃんは、冷静な判断力がある。一時の感情を……爆発させることも、ない」


 それが普通だ。しかし――普通じゃないやつと比べたら、それはやっぱり異なっているのだ。だから――普通であることは、無個性であることを保証しない。


「……別に、そんなことはないよ。家出した時は、実際そういう気持ちだったし、あくまでも、消極的なモチベーションで動いてるだけだよ」


「……お姉ちゃんは、謙虚、だよ。自分のことを……こうだって決めつけない……いや、決めるのを……たぶん、怖がっている」


「…………」


 吉光里利は、沈黙する。


 無理もない。


 だってこれは――最終手段なのだから。


 物語の世界観(個性とは何か)を変える――という、最終手段。


「誤解しないで、リリお姉ちゃん。ただ、お姉ちゃんなら分かると思って言ってるの。化け物の殺し方」


 循環論法(トートロジー)からの、脱し方。


「……もし、それが本当だとしたら……確かに、この方法なら、誰にも被害を出さずに終わらせることができる……でも、それって」


 そう。それって、一つの世界を壊すことだから。


「自信を持って。リリお姉ちゃん」


 と、私は言う。

 あくまでも、かなめちゃんが言っているんだという風は崩さずに。


「お姉ちゃんがこれまで積み上げてきたものは、全部無駄じゃないんだよ。ぜんぶ、リリお姉ちゃんのもの。お姉ちゃんの個性に、全部入ってる」


「……何か、成し遂げたことなんてないけどね」


「結果がすべてじゃないよ。すべてが結果だよ。リリお姉ちゃんがこれまで頑張ってきたこと。いろんな努力。ぜんぶ大切なもの。だから……もっと、自信を持って」


 だってそれこそが。彼女を彼女たらしめる――立派な個性なのだから。

 だとすれば、あとは簡単に、結論付けることができる。


「……そうだね。ありがとう、カノンちゃん」


 その言葉を聞いて、私はようやく――後悔した。


 変わらないことを選択したはずなのに――すべてを、変えてしまった。感情も、基準も、そして物語も。


 でも、これで私は、死ぬだろう。


 そのことに、もう後悔はなかった。


「頼みます……お願いします。リリお姉ちゃん」


 私は、ぺこり、と頭を下げた。

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